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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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286/353

246、司樹の実家に。

「いや、本当に大した家じゃないんだけどな」


「まぁ、そうは言っても継ぐものがある家っていうのは、何かしら揉めるものだよ」


「ダイゴロウにはいい迷惑ですよね」


「クゥーン」


 ミロクに撫でられうっとりしているダイゴロウは、迷惑どころか至福の時を過ごしているようで、なによりである。


「実家かぁ……二十年以上は帰ってねぇなぁ……」


「それなのにダイゴロウを知っているんですね」


「ハウスキーパーの清子きよこさんが、たまに俺に会いに来てたんだ。飼ってたダイゴロウの子供を見せたいとかってな。そう言われたら断れねぇだろ?」


「確かにそれは、嬉々としてモフりに行っちゃいますね」


「うーん、それなら家にはシジュの状況は伝わっているだろうね」


「だな。キヨコさんが親父に報告してるだろうし」


「ハウスキーパーさん、諜報部員みたいで格好いいですね!」


「無駄に広くてボロい家だから手入れが大変なんだ。母親もいいとこのお嬢さんで、家事を一切やらない人だったから、何かあればキヨコさんに頼ってた。弟妹たちは現在進行形で世話になってるだろうな」


「なるほどね」


 そう言ってヨイチは顎を撫でつつ頷く。そんな彼を不思議そうに見るミロクとフミ。


「叔父……社長、なるほどって何か分かったんですか?」


 まだ勤務時間中のため生真面目にヨイチのことを「社長」と呼ぶフミに、彼は微笑みながら説明する。


「シジュのお母さんがいいとこのお嬢さんってところだよ。大方その血をひいているシジュの方が後継ぎにふさわしいとか、そんなこと言ってるんじゃない? その分家の人」


「おう、よく分かるな。そうそう、そういうやつ」


「へぇ……なんか貴族みたいですね。シジュさん」


「やめれ、そんなん独身貴族で充分だ」


「例えが昭和だね。シジュ」


「うるせーよ」


 言い合うオッサンたちに、今度はフミが「なるほど」と呟く。冷えた紅茶を一気に飲むと、彼女は立ち上がる。


「それじゃあ、私たちが行かなきゃですね!」


「フミちゃん……勇ましくても可愛い……」


「ふふ、そうだねフミ。後顧の憂いを断ちに行かないとだからね」


「なんだぁ?」


 一人……だけではなくミロクもだが、話についていけないシジュは、同じくキョトンとした表情のダイゴロウと目を合わせて首を傾げた。







 昔ながらの日本家屋が多く立ち並ぶこの場所は、古くは主に上流階級と呼ばれる人間たちの別荘地であった。

 今では観光客が多く来るため、駅前から有名な神社に続く参道は一年中賑わっている。そこから海に向かって車を少し走らせた所にシジュの生まれた家がある。


「それにしても、ダイゴロウ預かってもらって良かったのか?」


「ニナは休みでしたから。それにああ見えて動物好きなんですよ」


「確かに、珍しく顔が緩んでいたよね」


「マジか。俺それ見てねぇんだけど」


「見なくていいです。シジュさんには毒ですから」


「皆さん、もうすぐ着きますよー」


 呆れたようにフミが言うと、後部座席にいるミロクは好奇心丸出しで窓に張り付く。平屋の日本家屋と緑の垣根が続くこの場所でシジュが育ったと思うと、ミロクは少し不思議な気持ちになった。


「これは、気合を入れないといけませんね」


「おい、変なこと言うのはやめろよ?」


「大丈夫だよシジュ。君の雇用主である如月事務所の社長として、僕が出向いたんだからね」


「私もマネージャーとしてシジュさんを守りますからね!」


 穏やかに話すヨイチと、運転しながら気合が入っているフミにシジュは苦笑する。


「なんか悪いな」


「シジュさんは俺たちの家族みたいなもんです。当然ですよ」


 横でミロクが微笑むと、うっかり真正面から受けてしまったシジュは目尻を赤くして慌てて目を逸らす。そんな二人にヨイチとフミは吹き出してしまう。

 狭い道を進み、『小野原』と書かれた表札の門を超えると広いスペースがあり、そこに車を止めて外に出る四人。

 普段パステルカラーの服が多いフミは、珍しくダーク系のスーツを着ている。その理由は美丈夫三人の格好にあった。


「ここが、シジュさんの実家ですか」


 ミロクは白のストライプが入ったダークグレーの三揃スーツに、黒のシャツを合わせ白いネクタイをしている。


「なかなか趣のある造りだね」


 ヨイチは青系のスーツにグレーのベスト、シャツに入った太いラインと紺色のネクタイが合わさったデザインは彼の光るセンスを感じさせている。


「気が重いぜ……」


 そうボヤきながら出てきたシジュは、光沢の出るグレーのスーツに黒のシャツと赤のネクタイだ。体にフィットした仕立てであるため、彼のボディラインがしっかりと出ているのは、プロデューサーである尾根江の趣味……チョイスであった。

 今回の一件は伏せた状態で、たまたま打ち合わせに来た尾根江にヨイチは「男の勝負服ってどういうものですか?」と質問した結果がこれである。


「なぁ、こんなにガッツリ衣装まで借りて何やるんだ?」


「大丈夫です。ヨイチさんに任せておきましょう」


「ミロク、お前も知らないのかよ」


「俺たちは何も悪いことをしていないんです。シジュさんも後ろめたい気持ちがあるかもしれませんが、夢に向かって走っていたんですから堂々といきましょう」


「夢に……痛って!!」


 表情を曇らせるシジュの背中を、バシンと強めに平手打ちするミロク。


「何をしてようが、今の俺たちはオッサンでも『アイドル』としてデビューしたんですよ。誇りをもってお仕事をしています。文句は言わせませんよ」


「ミロク……」


 あの時、迂闊にも涙ぐんだのは背中が痛いからだったと、後日になってシジュは言い張るのだった。




お読みいただき、ありがとうございます。


次回、シジュさんのご家族に挨拶?です。

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