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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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244、佐藤の気持ち。

 事務所のソファーで熟睡したミロクは、心地良い目覚めと共にゆっくりと身を起こす。軽く伸びをしていると何やら視線を感じる。呆れたような顔をしているヨイチとシジュだ。


「おい、いくらなんでもアレはねぇだろ」


「責任を持って、フミを家まで送り届けること」


「え? 何ですかいきなり」


「だ、大丈夫ですよ社長! 私は大丈夫ですから!」


 キリッとした顔で直立不動のフミだが、顔は真っ赤で涙目、さらには小刻みに震えている。これは緊急事態だとミロクは顔色を青くして問いかける。


「一体誰が……なぜこんなことに……」


「いや、お前だろが」


「ええ!?」


 あっさり答えるシジュに衝撃を受けるミロク。ヨイチは「もういいから2人とも帰りなさい」と手を振って追い出すような仕草をする。

 納得いかないような表情をしつつも、おとなしくフミをエスコートして事務所を出て行く二人を見送ると、ヨイチは深いため息を吐いた。


「やれやれ、ミロク君は無意識とはいえ、佐藤さんの存在を不安に思っているみたいだね」


「んだな。でも不思議なんだよな。あれは恋愛感情って風には見えねぇんだよ」


「佐藤さんがかい?」


「ああ。なんつーか、こう、遠巻きに見てるっつーか……目的が分からねぇんだ」


「珍しいね。そっち系の分析は得意なんじゃなかったの?」


「もう引退かもなー、そっち系」


 なるほど……と、ヨイチはシジュの言葉を受けて考え込む。そんな彼の様子を見てシジュは「過保護だな」と呟くと、この後飲みに行こうとヨイチを誘っていつものバーに向かう二人だった。







 フェロリスト(フェロモンで不意に攻撃されるテロリストの意)だったミロクの抱擁から回復したフミは、とりあえず駅まで送ってもらうことにする。

 さすがにマネージャーである自分がそこまで甘えるわけにはいかない。むしろ自分がタレントを送る側だろう。


「あ、フミちゃん、ちょっと寄りたいんだけど」


「いいですよ。どこに寄りますか?」


「CDショップに」


「え! 珍しいですね。書店かと思いました」


「ほら、『344』のコーナー作って大きく展開してくれてるって話だったから、覗いてみようかなって」


「広報担当のサイバーチームの方が言ってましたね」


「そうそう」


 少しの時間でも熟睡できたのと、フミを抱き枕(本人承諾なし)にしたせいか元気になったミロクは、数時間前にダダ漏らしていたフェロモンはなりを潜めている。ニット帽と黒縁メガネを身につけ、CDショップに入ることにした。


「あれ? 佐藤さんがいる」


「すごく真剣に見てますね。『344』のコーナー」


 店内に入るとすぐに展開されている『344』コーナーの前に、ガタイのいいスーツ姿の男性がものすごい眼力でCDを手に取り見ている。

 声をかけようとした二人だったが、あまりにも真剣な様子の佐藤に躊躇していると、こちらに気づいた彼は穏やかな雰囲気にがらりと変えて生真面目に一礼する。


「どうも、先程ぶりです。ミロクさんもお疲れだったようで、事務所ではお声がけしませんでしたが体調は大丈夫ですか?」


「おかげさまで……あ、もしかして俺が寝てた時に?」


「ええ、でもここでお会いできたので良かったです」


「え?」


 ツカツカとミロクの前まで歩いてきた佐藤は、その勢いのまま口を開く。


「ミクロットΩの舞台、素晴らしかったです」


「あ、ああ、はい、ありがとうございます」


「自分の通っている猫カフェアイドル『ぬこたんず』も良いものですが、ミロクさんの演じたあの空気……荒削りではありますが、自分の心には残るものがありました。いや、荒削りだからこそ自分は何かを感じたのかもしれません」


「佐藤さん……」


「たまたま舞台の練習されていたところに自分も仕事で通っていましたが、その時もすごく頑張ってらっしゃって……こう、なんというか、感動したんです」


 佐藤は生真面目な表情を崩すことはなかったが、心なしか目の周りが少し赤くなっていた。彼の内に秘めた熱い思いを感じ、ミロクは嬉しい気持ちになる。それと同時に、熱いものがせり上がってくるのを感じていた。

 自分の力不足を痛感する舞台だった。それでも、こんな未熟な自分を応援してくれる人がいる。

 完璧主義であるミロクは、完璧から程遠かった舞台の出来に落ち込んでいた。しかし、そんな自分でいいと佐藤は言ってくれている。なんと、なんと素晴らしいことだろう。


「佐藤さん……俺……」


「す、すみません、勝手にベラベラと……とにかく感動を伝えたくて。あとミロクさんたちのCDが欲しくなって……買うのが遅くてすみません」


「そんな、気にしないでください。ありがとうございます佐藤さん」


 嬉しさのあまり、頬を赤らめその色香を振りまくミロクに、佐藤も口元を少しだけ綻ばせる。フミは舞台終了後に号泣したミロクの姿を思い出し、涙をこらえつつ二人のやり取りを見守っていた。

 それと……と、佐藤は続けて言う。


「自分、ミロクさんとマネージャーさんが理想なんです。応援しています」


「へ? 私もですか?」


 ポワポワな頭を揺らし、フミは突然に話をふられて慌ててしまう。そんなフミの側にそっと立つミロク。二人の自然な姿に佐藤は目を細める。


「こんな風に、お互いを支え合って愛し合うことが出来たらと、憧れているんです」


「いやぁ、そんな。まぁ確かにそうなりたいとは思いますけどね」


「あ、ああああああ愛しあああああああああああう!?」


 照れるミロクの横で、「キーボードのAを押しっぱなしにした」ようになるフミが再起動するまでしばらく時間がかかった。その間に佐藤はめでたく『344』のCDを購入し、ミロクからサインをもらうのであった。










お読みいただき、ありがとうございます!


活動報告にも書きましたが、2巻刊行記念として小さなイベント開催中です。

感想欄に「オッサンアイドル」に出てくるキャラクターに質問すると、そのキャラクターが回答します。

期間を伸ばして、10月9日の20時まで受け付けていますので、よろしければぜひー(*´∀`*)

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