243、疲れた弥勒に新たな能力。
お疲れ様です。
「戻りましたー」
「おかえりミロク君。今日はどうだった?」
「舞台疲れが残っちゃってたんですけど、カメラマンにいつもと違う色気があるとか絶賛されちゃって……ちょっと複雑な気分です」
男性ファッション誌『メンズnanna』のモデル撮影を終え、事務所に戻ってきたミロクは疲れた表情を隠そうともしない。気怠げにヨイチのデスクの近くにある椅子を引っ張ってきて、背もたれを前にして座っている。
少し顔はやつれ、疲れた表情をするミロクから出る色香をさらに増量させているのは、プロのカメラマンでなくとも分かるだろう。悩ましげにため息を吐くその姿も、やはり「王子様」だった。
そんなミロクの様子を見て、ヨイチは苦笑しながら慰める。
「ミロク君のその疲れた感じがウケて、喜んでもらえたなら良かったと思うよ。ほら、こういう疲れとか悲哀とかって、オッサンの武器みたいなものじゃない?」
「そんな武器イヤなんですけど」
「ミロクは燃えつき症候群みたいなもんかもしれねぇけど、ヨイチのオッサンなんか可哀想なんだぞ。爽やかなミントの香りに包まれてんだぞ」
「アロマ効果のあるヨイチさんですね」
「シジュ、ボーナスなし」
「ええ!? ちょ、ミロクだって乗ってたじゃねぇか!!」
「可愛い末っ子は甘やかしてナンボだからね」
「ひどい!! 横暴!!」
なんだかんだ言い合う兄二人を前に、やはりミロクは元気がない。さすがに心配になったヨイチは額に手を置く。
「ふむ、熱はないようだけど……今日はもう帰るかい? 次の仕事の打ち合わせは明日に回してもいいし」
「そうだぞ、帰った方がいいかもな。……ん? マネージャーは?」
「フミは出てるよ。商店街のイベントに関することで、朝から役所の佐藤さんの所に行ってもらってる」
「え? そうなのか? いいのかミロク」
くったりと椅子の背もたれに顎のせているミロクを見るシジュ。疲れた表情は変わらないものの、少しだけ彼の周りの空気が張り詰めた感じになる。
舞台の練習の最中もフミと佐藤はよく会っていた。フミは彼を「ただの親切な人」と認識しているが、ヨイチとシジュはそうは思っていない。ひどい下心が無いにしても、多少何かしらの好意というか、恋愛感情のようなものを持っているのではないかと疑っている。
しかし、ミロクはのんびり構えたものだった。
いや、むしろ疲れとともに新たなるフェロモンが発生しているくらいだ。アイドルとしては色々な意味で絶好調であるといえよう。
「いいんですよ。フミちゃんの自由なんですから」
「お前、そうやって……それでマネージャーがどこの馬の骨とも分からん輩とくっついてもいいのかよ」
「いいんですよ。それがフミちゃんの幸せなら」
「お前……」
思わず声を荒げようとしたシジュを、ヨイチが肩を叩いて止める。ふにゃりと笑ったミロクは、そのままうつらうつらとして頭がカクンと落ちそうになるのをシジュが慌てて支える。
「……疲れてんだな」
「そうだね。舞台の稽古と他の仕事が重なって、かなりハードスケジュールだったからね」
シジュはミロクを支えたままキャスター付きの椅子をひいて、部屋の端にあるソファまで運んで寝るように促す。素直に言うことを聞いたミロクは、そのまま横になって寝てしまった。
その時、パタパタという足音と共に、茶色のポワポワ頭が事務所内に飛び込んでくる。
「戻りまし……はわっ……」
ヨイチとシジュが人差し指を唇に当てる「静かに」というジェスチャーに、フミは慌てて自分の口を押さえる。そしてソファに近づき、ぐっすり寝ているミロクを見てフミは鼻も押さえる。
少しやつれたミロクの白い肌に黒髪のコントラストが、彼の魅力を引き立てている。少し開いた唇が、いつもより彼を幼く見せていた。
「これは、また、よきものですね……」
「えっ……佐藤さんいつの間に!?」
「あ、すみません。佐藤さんが社長に用があるって言ってたので、来てもらってたんでした……」
静かに立っている佐藤に、すっかり忘れていたと何度も頭を下げて謝るフミ。ヨイチとシジュは気配を感じなかったと驚いていると「気配消すのはクセなんですよ」と生真面目な表情で佐藤は言った。
「それで、僕に用っていうのは?」
「はい、商店街のイベントの件と、この間の舞台が素晴らしかったのでその気持ちを伝えられたらと思ったのですが、ミロクさんはお疲れのようですね」
「観に来てくれてたんだ。そりゃありがたいな。ミロクも喜ぶと思うぜ」
「はい、タイミングが悪かったみたいですね。また来ます。あとイベントの概要をまとめたものを置いていくので、目を通していただけたらと思います」
「ご丁寧にどうも」
律儀に一礼した佐藤は、やはり生真面目な表情を崩すことなく事務所を出て行った。その後ろ姿を見送るフミは、ヨイチからの視線を受けて首を傾げる。
「なんですか?」
「いや、フミは佐藤さんをどう思ってるのかなって」
「佐藤さんですか? 真面目な人ですよ」
「いや、そうじゃなくて……」
「まぁいいじゃねぇか。マネージャーがそう言うんなら」
そう言ってシジュは持っている毛布をフミに渡す。
「疲れてる王子に添い寝してやるよーに!」
「し、し、しません!!」
そう言いながらも、ミロクに毛布をかけてあげようとフミがソファーに近づくと、野性の何かが発動したフェロリストにそのまま抱き込まれ、小一時間後に意識朦朧の状態で救出されるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます!
やっと落ち着いてきました……
イベントは活動報告にて詳細をあげます。
よろしくですー。
『ゲームでNPCの中の人やってます!』も、よろしくお願いします!




