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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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242、舞台公演終了と不足していたもの。

 まるで桜のような薄いピンクの髪をなびかせて、彼女は最後の敵へと立ち向かう。

 ずっと側にいて欲しいと、一緒に故郷にきて欲しいと言われたあの日、彼はとても澄んだ瞳をしていた。

 あれは恋だったのか。ひと時の熱病だったのか。

 それを問おうにも、彼は、彼らはもう居ない。

 大いなる闇の中へと、その命をかけて先陣をきって行ったのだから。


「平和が一番だよねー」


 イチゴは満開の桜の前で、それと同じ色の髪が風に弄ばれるのを両手で押さえ、空を見上げる。

 あの日、私の髪と同じ色の花があると彼に言ったら、一緒に見たいと微笑んでくれた。ほんの数ヶ月前のことなのに、何年も会っていない気持ちになる。

 そして、彼らとの連絡がとれなくなったあの日に、イチゴの涙は枯れ果ててしまった。

 桜の木から、ゆっくり歩き出す彼女。


「もう、平気だよ。あなたのくれた命を、私は繋いでみせる」


 振り返った彼女の輝きに満ちた笑顔。

 それでも客席からはすすり泣く声が、あちらこちらから聞こえてくる。なぜならば、イチゴの笑顔の裏にある悲しみは消えることがないからだ。

 その時、客席の後方から吹き抜ける風、ふわりと香る甘い匂いに思わず振り返る人達。


「ありがとう」


 イチゴを追いかけるように響くその声に、彼女が振り返ることはない。

 去っていく彼女の後ろ姿にスポットライトが当たる中、客席から徐々に上がっていく歓声。

 追いかけるような、もう一つの後ろ姿が舞台に上がったと同時に、会場の照明は落とされて終幕となった。







「終わったねー……」


「終わったなー……」


「終わりましたー……」


 千秋楽ということで、何度も舞台で礼を言い、客席からたくさんの拍手や花束をプレゼントされたミロクたち三人。初の舞台出演はトラブルもあったが、大成功と言えるだろう。

 しかし、一度撮影すれば終わりという仕事が多かったオッサンたちにとって毎回演じることになる舞台は、体力のみならず精神力までも奪っていくものだった。


「みなさん、舞台裏に挨拶に来ている方がいらっしゃいます」


 心なしか頬を赤くしたフミがミロクたちを呼びに来た。しかし、声をかけると同時に彼女は後ろを向いてしまう。

 控え室でくつろぐオッサンたちは、三人とも上半身裸の状態でダラけていたのだ。確かに舞台上は暑かっただろうが、フミが来るのは予想できたはずだ。終わって気が抜けているとはいえ、抜きすぎはよろしくない。

 舞台終了後、キャストの関係者や芸能関係者などが来ることがある。フミの呼びかけに、これはまずいと身なりを整える三人。


 控え室から出た三人は、サラリーマンが一人立っているのに気づく。ミロクは笑顔で駆け寄った。


「おね……ええと、お疲れ様です!!」


「お疲れ様、ミロクきゅん」


 体をくねらせるサラリーマンに、ヨイチとシジュが苦笑している。今日の尾根江は、金髪サングラスと上下オレンジスーツではなく、黒髪眼鏡にダークグレーのスーツで目立たない服装で来ていた。この服装だと世間で有名な『敏腕プロデューサー尾根江加茂』だと誰も気づかないのが面白い。


「僕らの舞台、観てくださったんですね」


「どうだったっすか?」


「ヨイチの怪我には驚いたけど、それを感じさせない作りに変更したのは素晴らしいわ。役者だけじゃなく、裏方も一丸となったからこそ成功したんでしょうね」


「……ありがとう、ございます」


 ヨイチは少し悔やむように俯き目を閉じた。しかしそれは一瞬で、彼は穏やかな笑みを浮かべる。


「本当に、周りのみんなには感謝しかありません」


「そういう繋がりを持てたのも、あなたの力ねヨイチ。そんな彼をフォローしつつも、観客に魅せるダンスが出来るシジュは流石ね。素晴らしかった」


 急に誉められたシジュは少し驚いたように目を見開くと、すぐにいつもの調子を取り戻しニヤリと笑って一礼した。


「それで、ミロクきゅん」


「はい」


「あなたは誉めてほしい?」


 不意に無表情になった尾根江は、鋭い目で真正面からミロクを見る。そんな彼の急な変化に驚くことなく、ミロクは落ち着いた様子で言葉を返した。


「俺は、今回の舞台で自分に足りない部分が見えました。練習では分からなかったのですが、本番で演じて初めて分かったことが多くあります。もっとああすれば、こうすればって……毎日、悔しくて……」


 そう言ったミロクの瞳が揺れたと同時に、透明の雫がポロポロと落ちていく。

 ヨイチとシジュは、こうなるだろうと分かっていたように頭にタオルをかぶせると、前後から二人掛かりでミロクを抱きしめる。

 舞台経験者であるヨイチとシジュにあって、ミロクには無いもの。それは一度でも「舞台に上がる」という経験であった。それが有る無しで天と地ほどの差が出てしまう。

 主役の少女たちよりもミロクは上手く演じてはいた。しかし、それではダメなのだ。


「俺……もっと……演れたんです……なのに……」


 嗚咽を漏らすミロクを、強く抱きしめるヨイチとシジュ。

 その少し離れた場所でもらい泣きしているフミに、尾根江はそっと近づいて囁く。


「あなたまで泣いてちゃダメよ。笑顔でミロクきゅんを癒してあげるの。あなたが側にいれば、それだけで彼の力になるのよ」


「は、はい!」


 慌てて涙を拭って、指で口角を横に引っ張り「にーっ」と無理やり笑顔を作るフミ。


「その調子よ。じゃ、アタシは帰るからヨロシクね」


「はい! ありがとうございます!」


 深々と頭を下げて尾根江を見送ったフミは、周りから時折漏れるくぐもった声に内心申し訳ないと思いつつも、しばらくの間オッサンたちをそっとしてあげるのだった。





お読みいただき、ありがとうございます!


相変わらずバタバタしてて、すみません……

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