239、舞台『ミクロットΩ』〜甘い恋と、儚き想い〜
オッサン頑張ってます……
そこは、ただ深い暗闇しかなかった。
そこに生まれる星々は、生まれ、輝き、そして消える。
後に残るは、深い深い暗闇。
何もない。そこには何もない……はずだった。
薄いカーテンの向こう側からライトが当てられ、三人の男性らしきシルエットが浮かび上がる。
「ああ、綺麗な色がありますね」
「向かわれますか。我らはどこまでも共に行きますれば」
「忠誠を誓った。だからどこまでも一緒だ」
「では向かいましょう……地球へ」
暗転、そして何か機械的なものが起動する音が徐々に大きくなる。
一瞬何かが強く光り、再び暗転した。
「今日のお昼は『ストロベリー大福サンドイッチ』だから、楽しみだなぁ」
「ちょっとイチゴ、そういうのやめなよ。もっと肉とか食べなよ」
「ミカンは野菜も食べなくては。出るとこ出ませんわよ」
「うるさいデカメロン!!」
「あはは、ミカンったらうまいこと言ってるね!」
「……うまくないですわ」
学校の教室らしき場所で、三人の少女たちは楽しそうに会話をしている。しかしそれはどこか空虚に感じられた。少女らしい明るさも笑顔も、無理して作ったかのようなものに見えるからだ。
少女たちの演技に、客席は温かく見守っているようだ。
特にマスコミ関係者たちは、メロン役の美海に早くも注目している。
様々な思惑を孕んだ最終通し稽古は、今の所順調に進んでいた。
舞台裏では、緊張感溢れるオッサン三人がモニターを見ている。ゲネプロとはいえ一般客も入っており、マスコミ関係者からの評価もされるからだ。
収容人数七百人ほどのホールの客席は満員ではない。それでも「まぁまぁ席が埋まっているぞ」とアドバイザーの高元は嬉しそうにしていた。
少女たちの演技は及第点といったところだろう。それでも見ていて危なっかしい箇所があり、それをメロン役の美海がカバーするという状況となっていた。
ヨイチは左手を背中にあてさすりながら、難しい顔をしている。
「これは、厳しいかもしれないね」
「監督たちがノリノリで俺らをメインにしてたけど、正解だったな」
「ということは、俺たちは失敗できませんね……」
先ほど、フミに癒され多少緊張が緩和したミロクではあったが、今は舞台の空気に当てられている。そんなミロクの背中をバシンと叩くシジュ。
「いった!! シジュさん痛いですよっ!!」
「なんだ、元気じゃねぇか王子サマ」
小声で抗議するミロクに向けて、シジュはニヤリと笑う。そうやって気持ちを立て直してくれる次兄に対し、ミロクは少しだけ悔しく感じる。早く追いつきたいと、そう彼は強く思った。
「よし、そろそろ出番だよ」
「おう」
「はい」
主人公たちに相対するために、彼らは出入り口に向かった。
舞台上はやや暗くなり、観客席は逆にぼんやりと明るくなる。
何が起こるのかと騒めく中に流れる音楽と共に男性の歌声が響き、客席の一部から歓声が上がったのは、誰が登場するのか分かっているからなのだろうか。
スポットライトは客席から右手側に当たる。
もう 苦しまなくていい
もう 傷つかなくていい
君だけを守るから
側にいて 離れないで
歌いながら登場したのは、青い軍服を着た和の雰囲気を持つ美形の男性だ。
アッシュグレーの髪は短めに整えられ、いかにも切れ者といった感じの彼は妖しげな光を瞳に宿している。若者にはない堂々としたその立ち姿に、マスコミ関係者も思わず唸った。
朗々とバリトンボイスを響かせ、最後は甘く囁くように歌うところで再び客席から黄色い声が上がる。
さぁ ここから連れ出そう
さぁ 迷わず手をとって
君だけに教えてあげる
この世界の 真実を
続いて登場したのは、客席から見て左からだ。
赤を基調とした軍服の胸元ははだけ、その小麦色の肌にスポットライトが当たって艶やかな色気を出している。
低く少し掠れたようなその歌声に同じく客席から歓声が上がると、その方向に向かって無精髭を撫でつつニヤリと笑ってみせる。余裕のある表情には、舞台へのプレッシャーは一切感じられない。いかにも「大人の男」といった感じだ
ずっと見てた 君のこと
他の誰よりも 愛しく思う
その瞳 その唇 その可愛い場所まで
全部染めたい 君の全てを
そして客席の真ん中に飛び出した白い軍服を見にまとう青年。いかにも王子といったその立ち姿にぴったりの、爽やかなテノールの声を響かせて歌う。
しかしその歌声はだんだん艶を帯びていく。女性の観客は皆、耳から侵食してくるその甘い蜜に溺れるような危機感をおぼえた。歌の最後にふわりと微笑む……その色香漂う彼の姿に、座っている状態でも腰くだけ状態になっている。
「だ、誰!?」
「こいつら一体……」
「何者ですの!?」
舞台にいる少女たちの戸惑う声に、客席にいる彼らは歌い終わるとそのまま舞台に近づいていく。
客席に段差があるにも関わらず、危なげなく彼らはステップを踏みダンスを踊る。時折何かを求めるように揺れるその腰つきは、女性だけではなく男性客までもが無意識に訳のわからない声を上げてしまうほどのものだった。
「王子、彼女らを如何いたしましょう」
「食っちまってもいいのか?」
「ふふふ、さぁ、始めますよ」
少女たちがゆっくりと倒れるところを、優しく受け止める三人の男性。
彼らは敵なのか味方なのか……少女たちを見つめるその瞳は優しく、そして冷たい。
「我らに捧げよ! 穢れなき魂を!」
「「魂を!」」
王子と呼ばれた彼が朗々と叫び、後に続く男性二人の声と共に舞台は暗転する。
観客の熱をも巻き込み舞台『ミクロットΩ』は、さらに盛り上がっていくのだった。
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『ゲームでNPCの中の人やってます!』です。
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