238、舞台『ミクロットΩ』ゲネプロ直前。
本来アニメでの『ミクロットΩ』では、主人公の女の子たちが敵と戦って成長していくものだった。
しかし、今回の舞台での彼女たちは敵役のオッサン『344(ミヨシ)』の三人に翻弄され、その誘惑にどう抗うのかという少し大人の雰囲気漂う内容となっていた。
直接的に触れ合うシーンはないものの、ミロクたちの演技でかなり際どく仕上がってしまった。
そこには監督と演出家がノリノリで作ってしまったというのもあるが、アドバイザーの高元の存在も大きい。
「今日の通し稽古にはマスコミも来る。インタビューもあるから質問内容を見ておくように」
「ゲネプロってやつだな。通し稽古っつっても本番と同じようにやるから気合入れとけよ」
「はい。でも主役は女の子たちなのに、俺たち目立ちすぎじゃないですかね」
「事前の情報だと女性客が多いらしいからね。主役はメロンはともかくイチゴとミカンはこれがデビューだから、僕たちがフォローしていかないとダメだと思うよ」
「俺らも舞台デビューなのにな」
「新人なんですけどね」
「年齢的に新人って言うのもどうかと思うよ」
舞台裏の控え室にいるオッサン三人に、フミがマスコミからの質問一覧を手渡していく。すると、慌てたように駆け込んできた数人のメイク担当が、ミロクたちそれぞれ顔にリキッドファンデーションを流れ作業で塗っていく。
地毛も使って髪型を整えるらしく、部分カツラを装着させられるとミロクは首を振ってみせた。メイク担当の一人がクスクス笑う。
「どれだけ動いても大丈夫ですよ。最悪、水かぶっても平気だって話ですから」
「それはすごいですね!」
素直に感心しているミロクを微笑ましげに見るヨイチとシジュ。
メイクが終わり、衣装を身につけているとジワジワと緊張してくるあの感覚がミロクを襲う。たまらず「トイレに行く」と言って控え室を出ると、フミが小走りで追いかけてきた。
「大丈夫ですか、ミロクさん!」
「フミちゃん……ごめん。ちょっとだけ、いい?」
「え? あ、はい」
いいですよと言おうとしたフミの体をミロクは優しく引き寄せる。通路の奥の死角になったその場所で、ちょうどミロクの胸元にぽすっと収まった小さなフミの体を彼は包み込むように抱きしめる。
彼から発する甘い香りを胸いっぱいに吸い込みつつ、舞台の稽古のせいか以前よりも胸板が厚くなったような気がする……と感じていたフミは、我に返ってその腕を抜け出そうとする。しかし慌てる彼女とはうらはらに、ミロクはますます抱きしめる腕を強めていった。
「もう少し。もう少しだけ、このままで……」
自分を抱き寄せるミロクの手は冷たく、少し震えていた。そんな彼の緊張が少しでも緩和できるのならばと、フミはそっと彼の背中に手を回して自分からも抱きしめる。
これは正直失敗だったと、ミロクは押しつけられた柔らかな感触に意識を向けないようにしつつ、自然と彼女から離れるように抱きしめる力を弱めた。
フミは頬を染めたまま、ミロクを見上げてニコリと微笑む。
「落ち着きました?」
「ん、ありがとう」
むしろ興奮したなどとは言えないミロクは、一生懸命なフミに対してうっかり劣情を抱いてしまい何だか申し訳ない気分になる。
「おーい、そろそろ囲み取材だってよー」
「ミロク君、行けそうー?」
シジュとヨイチの呼びかけにミロクは「今行きます!」と叫び返すと、少し前にかがんでフミのひたいに唇を押し当てた。
「俺だけを見てて!! 行ってきます!!」
爽やかな笑顔で去って行くミロクの後ろ姿をフミは呆然と見送っていたが、自分のひたいに残る感覚から一連の流れを思い出す。
かわいそうなフミは頭から湯気をたてたまま、へなへなとその場に崩れ落ちるのだった。
公演予定の劇場は、駅近くにある百貨店の最上階にある。
マスコミ関係者だけではなく、『344ファン倶楽部』でも抽選で観覧できるように席が確保されており、入り口近くにはすでに多くの人が集まっていた。
「先輩、やっぱりすごいですね! 大人気アニメなだけあってマスコミ関係が多いです!」
「落ち着いて後輩。私たちも一応マスコミ関係よ……ファッション誌の編集だけど」
ゲネプロ前の囲み取材のためにマスコミ関係者は先に案内されている。女性編集者二人も受付で名刺を渡し中に入っていくと、そこにはすでにカメラマンたちが機材を広げて撮影の準備に入っていた。
「ミロク君たち、緊張してないかしら」
「大丈夫だと思いますけどね。モデルの時はいつもほんわか空気が流れているし」
そんなやり取りをしていると、通路の奥にあるドアが開いてキャストたちが出てくる。
主役であるピンクの髪とオレンジの髪の少女二人は少し緊張したような表情で、その後ろから黄緑の髪の少女は抜群のプロポーションを見せつけるかのように胸を張って歩いている。
その後ろからは上着の前は開けた状態で、小麦色の肌と鍛えられた胸筋から腹筋のラインを存分に見せる赤を基調としたデザインの軍服を身にまとうシジュ。続いて青を基調とした軍服をしっかりと身につけ、うっすらと笑みを浮かべたヨイチはシジュと一緒に胸に手を当てドアの両脇にひかえる。
最後に出てきた真っ白な軍服のミロクは、ドアから一歩前に出ると立ち止まってマントを後ろに払う。どよめくギャラリーの中をヨイチとシジュを引き連れた彼は、堂々と歩く姿は絵に描いたような「王子」っぷりを見せていた。
「さすが我らの王子ね!」
「ブレないですね!」
ミロクは記者たちの質問にも笑顔で応え、主役の少女たちのフォローまでしてみせた。時折ヨイチもフォローに回り、シジュがつっこんだりもして場を盛り上げる。
最後にプロモーション動画用の撮影で、ミロクは何度か宣伝文句を噛んでいた。それが「面白い」という理由で採用されてしまったりで、バタバタしたものの無事に取材を終えたオッサン三人と少女三人。
いよいよ、舞台が始まる。
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