237、不思議な存在。
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最初に気づいたのはシジュだった。
ひたすら舞台の練習に専念するミロクと、それをフォローするマネージャーのフミ。いつもの光景に少しだけ、周りの風景に追加された存在があった。
窓から暗くなった外を眺めているシジュは、ポワポワ茶色の頭が大きな荷物を持って歩いているのを目で追いかけていたが、大柄の男性が側に来て荷物を持ってやっている光景に眉をしかめる。
「んー、アレはどういうつもりなんだ?」
「タクシー乗り場までとか、駐車場までとか、送るだけみたいだぞ」
「なんでそんなん知ってるんだ。ツンデレワンコは」
「誰がツンデレワンコだ!! つーか、あの二人放っといていいのかよ」
「放っといてる訳じゃねぇよ。当人が何も言わねぇんだから」
「いいのかよ」
「だから、いいも悪いもねぇよ。それよりお前こそしょっちゅうここにいるのは何なんだよ。仕事はどうした」
「オフん時に来てるっつーの」
「お前、オフ多くねぇか?」
「失礼だな!! 『TENKA』は超人気のアイドルユニットだぞ!!
窓から離れ、練習場の隅でだらしなくパイプ椅子の背もたれに身を任せるシジュの横にガラ悪くしゃがみ込む若手アイドルのKIRA。その珍しい組み合わせは周りの視線を集めている。
そんな周囲の様子を気にすることなく、シジュは気だるげに立ち上がると柔軟運動を始める。
「アイツは知ってるのか?」
「アイツ? ……ああ、ミロクのことか? 知ってんだろ」
「心配じゃないのか? 自分の恋人をとられるかもしれねーのに」
「こらこらKIRA君、そういうことは言わないように」
心地良いバリトンボイスとともに二人を割って入ってきたのは、練習に一区切りついたらしいヨイチだった。その綺麗な立ち姿と程よく付いた筋肉にKIRAは思わず見惚れる。
よくシジュから「これ以上筋肉を付けるな!」と怒られるヨイチだが、彼の体型に憧れる男性は多くいる。ダンサーとしてはしぼったほうが良いらしいが、まだ体が出来上がっていない若者にとってヨイチは憧れの存在だったりする。
「ん? どうしたのKIRA君。僕に見惚れちゃう?」
「べ、別にそういうんじゃねーし!!」
「すげぇ、絵に描いたようなツンデレっぷり」
「うるせーよ!!」
キャンキャン騒ぐワンコなKIRAのリアクションにヨイチは笑みを浮かべていたが、ふと窓の外を見て目を眇める。
「ああ、なるほどね」
「最近多いよな」
オッサン二人の静かな迫力を感じたKIRAは、騒ぐのをやめて急に大人しくなる。子犬の危機察知能力は高いのだ。
「とりあえず、KIRA君は余計なことを言わないように」
「お、おう。わかった、です」
「ミロクを心配すんのは分かるけど、変に口出すとこじれるからな。ガマンしろよ」
「べ、別に心配してねーし!!」
またしても発動するKIRAのツンデレに、オッサン二人は今度こそ噴き出してしまうのだった。
無表情のまま佐藤はフミの持っていた荷物を持つと、そのままスタスタと駐車場まで歩いていく。
「ちょっと待ってください佐藤さん! あの! 大丈夫ですから!」
「いや、お気になさらず。通り道ですから」
「そうじゃなくてー」
ポワポワと茶色の髪を揺らして追いかけるフミだが、体格が良く足の長い佐藤になかなか追いつけない。しまいには息を切らしたヘトヘトな状態で駐車場にたどり着く。
その様子を無表情で見ている佐藤だが、その目は優しい。
「大丈夫じゃなさそうですね」
「それは、佐藤、さんが、早い、から」
懸命に呼吸を整えようとしているフミを、佐藤は荷物を持ったままじっと待っている。そんな佐藤に気づき、フミは慌てて車のトランクを開ける。すると待ってましたとばかりに、無言で佐藤は荷物を中に入れてしまう。
「あう……すいません、全部やってもらっちゃって……」
「本当にお気になさらず。それに仕事でここに来るのは今日までですから」
「そうなんですかぁ……じゃあ、次にお会いするときはお役所の窓口ですね!」
ニコッと笑顔を見せるフミを、感情が見えない静かな表情のまま佐藤はじっと見る。優しくもどこか熱のあるその視線に対し、フミは首を傾げて真っ直ぐ見返す。
「佐藤さん?」
「いや……何でもないです。ただ……」
「ただ?」
「そのままでいて欲しいなと、思っただけです」
「はぁ……」
さらに首を傾げるフミの後ろから、馴染みのある甘い香りがふわりと漂う。振り向かなくても分かるその人物に向けて、すでに笑顔になるフミの表情の変化に佐藤は驚く。
「フミちゃん、忘れ物してたよ」
「ミロクさん! わざわざすみません! あ、タオルですねー」
「よろしくね」
ミロクは蕩けるような笑みを浮かべつつトランクに荷物を詰め込むと、その笑みを浮かべたまま佐藤に近づく。
「佐藤さんも、いつもうちのマネージャーを助けてくれてありがとうございます」
「いや、いつもこの時間に帰られるようなので、暗い道は危ないかな……と」
てっきり違うことを言われると思い、肩すかしをくらったような気分になった佐藤はミロクを不思議そうに見る。
「ん? なんですか?」
「いや、マネージャーに近づくなというようなことを言われると思ったのですが」
「そんなこと言いませんよ」
フミに聞こえないように小さく問う佐藤に、花が咲くようにふわりと微笑むミロク。その溢れ出す色香に佐藤は表面上は頬を少し染める程度の変化しか見せなかったが、実のところ激しい動悸を抑えるのに必死だ。
恋愛対象が女性であったとしても、ミロクのフェロモンに抗うのは難しい。それは『344(ミヨシ)』のメンバーであるヨイチとシジュも例外ではないのだ。彼がアイドルになったことで、その能力は良い方向に開花したのだろう。たぶん。
「では、私は事務所に戻りますね。舞台の練習頑張ってください」
「ありがとうフミちゃん。気をつけてね」
「はい!」
フミの運転する車が見えなくなるまで笑顔で見送るミロクを、佐藤は不思議そうに見ていた。
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