234、仁奈の憧憬と与一のダンス練習。
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髪は乱れ、汗だくで店内に飛び込んできた男性……川口に対してのニナの心情は、とりあえず「厄介なのが増えた」であった。
そうは言っても、来店したからには一応客として対応しなければならない。
「いらっしゃいませ。とりあえずこちらに座って落ち着かれては……」
「お、落ち着いてられない! こむぎが! 俺の可愛いこむぎの黒髪に何かあったら俺は死んでしまう!」
「とりあえずあなたは今、社会的な死に近づいているので落ち着くことを推奨します」
ニナの冷静な言葉にハッと我に返った川口は、こむぎの髪色が黒であるのを確認すると大きく息を吐いてソファに腰を下ろす。
そんな川口の様子を唖然として見ていたこむぎは、みるみる顔を赤くして両手で顔を覆った。
接客がひと段落ついた店長がニナに声をかける。
「大崎さん、別室使っていいよ」
「早く許可しやがりください店長。お客様、ご案内しますのでこちらにどうぞ」
助けに来るのが遅いと童顔店長へ強めのツッコミを入れつつ、従業員用の休憩室に案内する。こんな状態の女子学生と社会人を店内に晒しておくわけにはいかない。
たまたま今は「静かな」客しかいないが、もう少ししたらマシンガントークで噂話をしまくる魅惑のマダムタイムに突入してしまうのだ。最悪、帰りは裏から出て行ってもらおうと思うくらい、魅惑のマダムたちの洞察力は侮れない。危険は常に身近なところに潜んでいるものだ。
「いや、なんか、すみません……」
汗の滴る顔をハンカチで拭きつつ、川口はペコリと頭を下げた。
そんな汗だく社会人な彼に設置してあるティーサーバーから冷たい茶を出し、こむぎにも同じものを出すと「すみません」と蚊の鳴くような声で礼を言う。
「まぁ、私からは特に何も言うことはないのですが、お店の中で騒がれるのはちょっと困りますね」
「本当に申し訳ない!」
何度目かの謝罪と共に勢いよく頭を下げる川口に、隣に座るこむぎは恐る恐る問いかける。
「あの、川口さんはどうして私がここにいるって分かったんですか……?」
「こむぎのお母さんから聞いたんだよ。オシャレな美容室で髪を染めてくる!っていったらここしかないって」
「髪を染めるっていう話はどこから?」
「それもお母さんから聞いた。打ち合わせしようと家まで行ったら、お母さんから開口一番『こむぎに何か言いました? あの子急に髪を染めるとか言うもんだから、きっと川口さんの好みが反映されると思うのよね』って。もう、血の気がひいたよ。だって昨日、好きなアニメキャラの話してたから……」
(なるほど。思い込んだら一直線なアグレッシブ女子学生だったのか)
人騒がせなと思わなくもないが、彼女のように一途に一人の男性に恋するというのはどんな気分なんだろうかと、ニナは少しだけ羨ましく感じる。
学生時代から多くの男子から告白されたり、ラブレターやら何やらをもらったりとにかくモテていたニナ。しかし寄ってくる男共はいかにも遊んでいる感じで、俗に言う「チャラい」輩ばかりだったのだ。
派手な見た目により内面を見てもらえず、加えて常に兄の内面の素晴らしさに触れていたニナは、家族以外の男に対しての拒否反応を示すようになってしまった。
社会に出てからは少しずつ改善はされているものの、初対面の男性に構えてしまうのは接客をするにあたって良くないと思っているが、この性癖だけはなかなか直らない。
「とにかく近々予定している、こむぎ……ヨネダヨネコ先生のサイン会でピンクの髪はちょっと良くないよ。こむぎなら何しても可愛いけど、読者さんの夢を壊さないように、普通の女子高生作家でお願いしたいんだ」
「はい、ごめんなさい川口さん」
しょんぼりしているこむぎの頭を、川口は優しく頭に手をポンポンと置いている。別に髪なんか染めなくても空気がピンクじゃないかとニナは無表情ながらも内心ウンザリしていたが、聞き捨てならない名前に気づく。
「ちょっとまって、ヨネダヨネコ先生?」
「あ、はい、ライトノベル書いてるんですけど、ヨネダヨネコって作家名で本も出してて……」
「知ってる!! この前ドラマになったやつの原作の人!!」
「わぁ、知っててくださったんですね! 嬉しいです!」
「良かったねヨネダ先生。せっかくだからサイン会前に、ここで髪とか綺麗にしてもらったら?」
「はい!! あの、よろしくお願いします!!」
「もちろん。喜んで担当させてもらうね」
そう言って微笑んだニナの無表情とのギャップに、川口は火照ってしまった頬をこむぎにバレないよう必死に冷ます。しかし、女であるこむぎも彼と一緒に頬を染めていたので、どっちもどっちなのだと思われる。ニナも大崎家の人間だということだ。
この後、ニナがミロクの妹だと知った川口とこむぎは腰を抜かすほどに驚くのだった。
連日遅くまで舞台の稽古をしている、オッサンアイドル『344(ミヨシ)』。
彼らの一生懸命に取り組む姿に共演者だけではなく、裏方のスタッフも皆一丸となってこの舞台を成功させようと頑張っている。
ミロクとシジュから伝授された『魅惑の腰フリダンス』をひと通り踊ったヨイチは、首を傾げながら腰をさすっている。
「ヨイチさん、腰が痛いんですか?」
「お、なんだオッサン、腰を使いすぎたか?」
ミロクは心配そうに、シジュは軽口を叩いてはいるものの目は真剣にヨイチを見る。
「いや、痛いというか、いつもなら疲れが腰からくるんだけど、痛みとかが無いから……」
「痛くないなら良かったです。でも、何でですかね?」
「ふぅん、これはいい効果が出てきたな」
「効果かい? 何かしていたっけ?」
「これだよ、これ」
シジュが見せつけるように艶かしく腰をゆっくりと動かすと、ミロクも「これですか?」と同じように腰を動かす。少し離れたところから「うぐぅっ」や「ぐはぁっ」などの声が聞こえたような気がするがそれは置いておく。きっと風の音だ。
「この振り付けのダンスがどうかしたの?」
「ほら、ここの振りのポイントは腰っていうよりも、骨盤を動かすように踊るだろ? 特に女性にオススメなんだけどよ、骨盤を柔らかくしておけば腰痛緩和になるんだ。反対に腰痛になっちまう奴もいるけど、それは骨盤を動かせてない奴だな。やり方が悪いんだ」
「女性にオススメのダンス……フミちゃんにも」
「「やめとけ」」
スパコーンと緑色のスリッパでミロクの頭を同時に叩く。息の合ったツッコミをするオッサン二人は、叩かれてもなお「俺が手取り足取り腰取り教えるのにー」と涙目で呟くミロクを、思いっきりガン無視してやるのだった。
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