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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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270/353

232、普通な実羽千の無双。

活動報告でも公開しましたが…

『オッサン(36)がアイドルになる話』2巻発売が決定しました!

皆様のおかげです!ありがとうございます!

これからもオッサンをよろしくお願いします!

 ミハチがこの現場に来たのは、本当に偶然だった。

 何かの折に、オッサンアイドル三人の『つるつるもちもちの肌つや』を見た輝岡が、何かを使っているのかとヨイチに尋ねた際、彼がミハチの名前と会社名を出した。

 それならばとサンプルを取り寄せる手配を輝岡の秘書が行い、それを持ってくる日が今日だったというだけのことである。

 しかし彼女が案内された会議室は、今まさにお取り込み中といったところだった。なぜかネクタイを緩めジャケットを脱ごうとしているのがよく分からない。彼は一体何をしようとしているのか。


(輝岡社長は……いない、と。なんだか偉ぶってる奴らが多いわね)


 ミハチが目を眇めてヨイチを見ると、なぜかイタズラが見つかった子供のように小さくなって自分の服装を整えている。


(何をしようとしてたんだか)


 小さく息を吐いた彼女の様子は、大崎家フェロモン耐性のついていないシャイニーズ事務所側の人間に大打撃を与えていた。

 カッチリとしたスーツに身を包んではいるものの、それで隠しきれていない豊かな女性のシンボル。くびれた腰は細く、タイトスカートから伸びるその足はすらりと白く長い。

 アッシュブラウンの長い髪をかき上げあらわになった整った顔にある、その色香を含んだ目で周りの男達の心臓を片っ端から鷲掴んでいく。まさに無双状態だ。


「ここに御社の社長がいらっしゃっていると伺ったのですけど、ご不在のようですね……」


 悲しげに眉を八の字にして、周囲にいる男たちの庇護欲を駆り立てるミハチ。彼女の憂いを自分が取り除いてやりたいと強く思わせるその色香振りまく彼女を、ヨイチは苦笑して見ている。

 こうなるのを分かった上でやっているであろう彼女は、タチが悪いというか何と言うか……まぁ、自分がフォローに回ればいいかと考えているヨイチに向けられたのは、ミハチのすがるような目と彼女に堕とされた幹部らの嫉妬にまみれた視線だ。その醜い嫉妬などまったく感じていないかのように、ヨイチはミハチに向けてうっとりするような微笑みを浮かばせた。


「よろしければ僕がご案内しますよ。今ちょうど輝岡社長から連絡がきましたからね」


 スマホを取り出して画面を見せるヨイチに周りの男達は騒めく。彼らがやりたかった事は、今回の舞台で動いていた企画がつぶれ、損失を出してしまったことに対しての責任の所在をヨイチになすりつけようとしたことによるものだ。ある程度痛めつけたら、金を出させて解決……という形に持っていくつもりだった、らしい。


「勘違いしてもらっては困りますね。僕がシャイニーズを辞めたからといって、輝岡社長との繋がりがなくなったわけではないですよ?」


 トドメとばかりに、キラキラ輝かんばかりのシャイニーズスマイルをぶつけてやるヨイチに、ミハチは内心「きゃー!! アルファのヨイチ様ー!!」と叫んでいるが、表面上は穏やかな笑みを浮かべるという超人的なメンタルで耐えている。


「では、案内してもらえますか? 如月様」


「もちろんです。美しい人」


 ミハチの前で優雅に跪いたヨイチは、芝居がかったように彼女の手を取る。そして手の甲にそっとキスをすれば、周りから押し殺したような怒声が出る。

 しかし、その当人の真っ赤に染まった顔と潤んだ瞳、それに艶やかな唇から漏れる熱い吐息で誰もが分かってしまう。

 彼らはもう「出来上がって」いるのだ、と。

 会議室には独身者も既婚者も居たのだが、一様に彼らは恋に落ちるという天国と失恋という地獄を数分の間に味わうこととなる。かませ的な存在とはいえ不憫な男達であった。

 すっかり戦意をなくしたシャイニーズ幹部らを見て、ヨイチとともに集められた舞台関係者たちも、最後には相手側に同情するという結果になった。







「めでたし、めでたしだね」


「何言ってるのよ。めでたいのはヨイチさんの頭の中でしょ?」


 結局、輝岡と会えなかったミハチは会議室を出ると、社長秘書にサンプルを預けて後日効果を聞きに行くというアポをとった。一度会社に戻ろうとするミハチは、舞台の練習に合流しようとするヨイチと駅までは同じルートのため二人並んで歩いている。


「偶然とはいえ、ミハチさんに来てもらって何だか助かったよ。あとはテルミー社長がなんとかするだろうし」


「もう、急にあんな所に入れられて、心臓止まるかと思ったわよ。やめてよ私は一般人なんだから」


「あの一瞬で男どもを虜にした美女の言葉とは思えないね」


「大崎家が皆チート持ちだと思ったら大間違いなんだから。私は普通なの。普通」


「あはは、ラノベみたいなこと言っちゃって……そんな普通の君に、アイツらだけじゃなく僕も虜になってるんだけどね?」


 うぐっと言って頬を染めるミハチに、ヨイチはクスクスと笑いながらそっと手を繋ぐ。


「ちょ、ちょっと」


「いいから。少しだけ、ね」


 ヨイチの思った通り、ミハチの手は冷たくなっていた。それを温めるように、指先までしっかりと自分の手のひらに集め、彼女の白く綺麗な手を包み込むようにしてやる。


「ありがとう、ミハチさん」


「別に、何てことないわよ」


「好きだよ」


「うるさい」


 そう言いながらも手を外そうとしない美しい人に、ヨイチは楽しげに笑うのだった。




お読みいただき、ありがとうございます!

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