231、お色気ダンスと困ったヨイチ。
ポイントとブクマ、感謝です。
シジュは新鮮は気持ちで体を動かしていた。
基本『344(ミヨシ)』の振り付けはシジュの担当であり、それが如月事務所内での彼の仕事だ。それが今回の舞台では振付師がいるため、自分以外のダンスを踊ることになる。
「シジュさん、あの、ここの動き……」
なぜか少し頬を染め、周囲に色気を振りまきながらミロクがシジュの所に来る。一体何をやらかしているんだと、汗に濡れた髪をかきあげタオルを巻きつける。
「何色っぽい顔してんだ。自重しろ自重」
「え、そんな顔してました?」
「してる。アウトだ」
「うう……だって、この動きがちょっと恥ずかしくて……」
珍しいこともあるもんだとシジュが目を見開いていると、ミロクは恥ずかしそうに「ここです」とぎこちなくダンスの動きをなぞっていく。
ああ、と納得するシジュ。確かにこれは慣れないと恥ずかしいかもしれないと、彼は苦笑して口を開く。
「ここは無心になれ! と言いたいとこだけど、ダメだ。しっかり動くことによって周りにどう見られるか、自分で認識しながら踊れ」
「マジですか……」
「そうだなぁ、俺はこういう振り付けを避けてたからな。一応俺らアイドルってやつだし」
シジュはそう言いながら、自分の腰骨あたりに手を置いてそのまま腰をグラインドさせた。押し殺したような悲鳴が周囲から聞こえてくる。
「うわぁ……さすがシジュさん。でもなんで無心でやったらダメなんですか?」
「このダンスを踊るのは、どんな場面だよ」
「えっと、確か主人公の女の子達を俺たちが誘惑して、恋愛感情を抱かせようとする……」
「誘惑しようとしている俺らが『無心で』踊ってどうるすんだよ。下心ムンムンに踊らなきゃだろうが」
「ムンムン」
「普段無駄にダダ漏れしてるフェロモンを、ここで使わずしてどうするんだよ」
「無駄に」
言葉の一部を繰り返し、こくこくと頷くミロク。大丈夫なのかとシジュは彼の尻をパァンと叩く。
「痛い!」
「おう、痛くしてんだ。気合入れとけ。ヨイチのオッサンが戻ったらこんなんで躓いている暇はねーんだぞ」
「……そうですね。俺が足を引っ張るわけにはいかないですね」
そう言って鏡の前で動きの確認を始めるミロクを見て、シジュはやれやれと笑みを浮かべて練習に付き合うのだった。
窓のブラインドを下げた状態の会議室は薄暗く、並んでいる黒い椅子と長机が重苦しい空気を助長させている。
大手芸能事務所『シャイニーズ』。その自社ビルの中にある一室にて、終日会議が開かれていた。そこに居並ぶ面々はシャイニーズ事務所の幹部クラスの人間達と、それに呼ばれた数人の外部からの人間。
「つまり、今回の舞台で御社に不利益を与えた、ということですか?」
「こちらからの『お願い』は届いていた。それが叶うことなく進んでしまったということが、こちらとしてもねぇ……」
幹部の中の一人である瘦せぎすな男が話している相手は、一際異彩を放っている美丈夫だ。
アッシュグレーの髪は綺麗に整えられて、よい仕立てのスーツは彼によく似合っていた。その彼は周りからの刺すような視線を物ともせず、その整った顔に笑みさえ浮かべてみせた。
「どういう『お願い』なのか、こちらでは分かりかねますが……」
「ふざげるな! アンタみたいな弱小事務所がウチと張り合う事自体がおかしいだろう!」
瘦せぎすな男の隣にいる大柄な男性が、我慢ならないといった様子で声を張り上げる。そんな彼に同調するかのように飛ばされる野次の中、その中心にいる彼……如月事務所社長であるヨイチは静かに座っていた。
ヨイチがここに呼び出されてから、かれこれ数時間は経つ。もちろん会議室に鍵がかけられているでもなく、出ようと思えば出られる環境にはあるが、彼としてはここでしっかりと終わらせたいと思っている。
他にも『ミクロットΩ』のアニメを手がけた関係者や、舞台の関係者もいる。とはいえ、ヨイチを庇うほどの力を持ってはいない彼らは、やるせない気持ちを押し殺しつつ状況を見守るしかなかった。
「弱小であることは否定しませんが、ここまで舞台の妨害をすると逆にそちらが危ないのでは?」
「何を言い出すのかと思えば……」
「これはあまり言いたくないのですが、なぜここに御社のトップである社長がいないのか教えてもらっても?」
小馬鹿にするようにドヤ顔で語っていた瘦せぎすな幹部の男は、ヨイチの言葉に顔色を変える。その表情にあるのは明確な怒りだ。
「お前のような奴がいる場所に、あの方を呼ぶわけがないだろう。裏切り者が」
「……過去の件は、輝岡社長自ら許してくださいましたが」
「あの方の優しさに、つけあがるなよ」
これはよろしくない状況だとヨイチは考えるが、あまり輝岡社長を頼るのもどうかという気持ちもある。
(なんだか、ミロク君が好きそうなラノベに出てくる、かませ犬みたいな人だな……)
周りからの攻撃に対しほとんどダメージを受けていないヨイチは、いい加減ここを出て舞台の練習をしているミロクとシジュに合流したいと思っていた。そのためには輝岡社長がいれば一発なのにと、ヨイチはそろそろこの鍛え抜かれた肉体の出番かと立ち上がろうとしたその時、大きく音を立てて会議室のドアが開く。
「あのぉ、先日お求めになられました、化粧品のサンプルを持ってきたのですが……って、すみません! お取り込み中ですか!?
「え!? ミハチさん!?」
そこには、どこぞのモデルのような完璧なスタイルの女性、ミハチが困惑した様子で立っていた。
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