229、台本の読み合わせと美海の受難。
読み合わせの結果は散々だった。
あれ程、演技に関してストイックにトレーニングしている美海でさえ、台詞を間違えないように読み上げるだけで精一杯だった。
監督の追い込むような合いの手がキャスト達を動揺させる。そのやり方は舞台ならではなのだろうかと、ヨイチは休憩時にぐったりするキャスト達を眺めつつ考える。
ヨイチにも舞台経験はある。しかしそれはシャイニーズだけで行われるオリジナルの舞台で、演技などはほとんどなかった。ショーと言った方が正しいだろうか。
「この台詞の他に、歌が入るんですよね。ミュージカルの感情移入ってどうするんでしょう」
「ん? ミロク君はダメージが少なそうだね」
「ダメージですか?」
「ほら、あそことか」
ヨイチの指し示す方向には、落ち込む主役の少女二人と、同じく主役の一人である美海が何かを言って慰めているようだった。ミロクは少女達を見て首を横に振る。
「落ち込む要素がないですよ。俺は舞台って初めてですから……むしろシジュさんが心配です」
ミロクが隣でテーブルに突っ伏しているシジュを見た。心配そうな顔をする弟の頭を、ヨイチはポンと軽く置く。
「これは気にしなくていいよ。オッサンは色々戦っているんだよ」
「うるせーよ。この台詞の合間に歌入れるだろ。歌詞見て言ってんのか」
「歌詞ですか?」
ミロクが台本を読み返すと、台詞の合間に歌を入れる部分がある。楽譜は別紙にあるため、そちらを開いて歌詞を確認してみる彼にシジュは「分かったか?」と問う。
「えーと、すみません。よく分かりません」
「お前な、歌詞の内容よく読んでみろよ。俺らが地球の侵略をするために、『ディーバ』って兵器を操る少女達を口説き落とすって書いてあるだろうがよ」
「歌で口説く、ですか」
ミロクがムムッとした顔で考え込む横から、ヨイチはペットボトルのキャップを開けながら口を開く。
「言っておくけど、それはリアルじゃ使えないからね。歌で口説くとかフミにやらないように」
「えー、ダメなんですか……」
「ミロク、お前マジか。勇者かよ」
しょんぼりするミロクの横でシジュは呆れた顔をしていたが、それよりもと続ける。
「この『歌で口説く』って演出、あの監督の指示だよな」
「そうだね。演出兼、監督ってあったからね」
「中学生くらいの子を口説くのか……犯罪臭がプンプンすんだけど」
「はは、ファンタジーだからね」
「おい、SFのFはファンタジーじゃねぇぞ」
再びぐったりとテーブルに突っ伏したシジュに、ヨイチはよしよしと頭を撫でてやるのだった。
美海は途方に暮れていた。そして、この配役をした監督を恨んでもいた。
先ほどの台詞を読み上げる時に、イチゴ役の楠木レイナとミカン役の田村リコは、噛むは声が小さいとダメ出しされるはで半泣き状態だった。
自分だって泣きたいと美海は下唇を噛む。ずっと夢だった役者としての第一歩なのに上手くできなかった。あんなに一生懸命トレーニングもしてきたのに。悔しさを押し殺して二人を慰めることは、彼女にとって苦痛でしかなかった。
「とにかく、初めてで上手くできないなんて当たり前だから」
「でも、これでダメになったら……」
「役を交代とか……」
「はい?」
しばらくは素人だからと優しくしていた美海だったが、さすがに苛ついてきた。なるべく強く言わないように一度深呼吸をする。
「そもそも、あなた達が選ばれたのはなぜだと思う?」
「え? 理由?」
「そんなの分からない。選ばれて嬉しくて、それだけだったし」
「あのね、抽選で決まったとかじゃないでしょう。選ばれた限りは何か『理由』があるのよ。あなたじゃなきゃダメだという『理由』が」
美海の言葉に、レイナとリコは顔を見合わせる。理由など考えたこともなかったといった様子だ。そんな二人の様子にもう一度深呼吸をする美海。これはメンタルトレーニングだと、心の中で自分に言い聞かせながら続ける。
「逆に言うと、今のあなた達にはその『理由』しかないの。だからそれが何なのかを知ることは武器になるし、それを知った上でこれから学んでいくことが大事。ここまで分かる?」
「うん」
「何となく」
二人は自信なさげに答えてはいるものの、先ほどとは違って少し目の光が出ている。
「初めてで失敗しないようになんて無理よ。しかもここの舞台監督はかなり変わっているみたいだから、これまで経験したこともあまり意味がないように思える。だから私も一緒。三人で一緒に学んでいきましょう?」
「うん! ありがとう美海ちゃん!」
「私もひとつずつやってみる!」
何とかなったと思い、軽く息を吐く美海は自分の行動に苦笑する。以前の自分なら他人のことなど構わず、放っておいただろう。
(まぁ、私も成長しているということだ。成長期だし)
そう考えて満足げに頷いていると、目の端にポワポワ茶色い猫っ毛が映る。
「フミさん?」
「美海ちゃん、お疲れ様」
なぜか申し訳なさそうに微笑むフミに、美海は何か嫌な予感がよぎる。かのオッサンアイドルのマネージャーが美海の元に来るということは、自分自身に用があるということで……。
「私に何かご用ですか?」
「ごめんなさい。ここに来る途中にKIRA君に会ってね……今、入り口で止められちゃってる。美海ちゃんの様子を見に来たんだって」
「はい?」
現役の売れっ子アイドル『TENKA』が、何をやっているんだと呆れた様子の美海。フミも困った顔をしながらも、面白そうにクスクス笑う。
「KIRA君、毒が抜けたと思ったらすっかり美海ちゃんにまとわりついちゃって。ミロクさんが言ってたけど本当に子犬みたいな子なんだね」
「なんか、すみません」
なぜか悪いことをした弟の代わりに、謝る姉の気持ちになった美海。主役の素人二人のお守りといい、なぜ自分がこんな目に合わなきゃならないんだと、深い深いため息を吐くのだった。
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