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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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228、美丈夫と美少女と司令な監督。

 緊張と緩和。その切り替えに「スイッチ」という言葉を使うことは多いが、ミロク達ほどそれを上手く使っているアイドルはいないだろう。若いアイドルにはない人生経験の差なのかもしれない。

 以前にも彼らが行っていた『ラノベごっこ』は、ドラマ終了後も続けていた。トレーニングや仕事の合間、ほんの数分でも息抜き代わりに行われる遊び。


「王子、出番だってよ」


「またシジュは王子に対してそんな言葉を……参りますか、王子」


「行きましょう。私達の戦場へ」


 そこがまるで物語の舞台であるかのような雰囲気を作る三人に、周りは静まり返る。そして全員が思った「これって、主役の三人は大丈夫なのか?」と。







 舞台稽古の場所は、都心から少し外れた駅に用意されていた。

 少し遅れて向かったフミは駅前に隣接されたパーキングに車を停めると、いつもの大きなボストンバッグを肩にかけてトコトコ歩く。


「おい」


 トコトコ歩くフミ。肩の荷物はかさばるが重くはない。


「ちょっと」


 目印になっている花屋の隣のビルを見て目的地を確認したフミは、少し早めにトコトコ歩く。


「すみません! ちょっとお伺いしてもよろしいでしょうか!」


「はい、これはこれは『TENKA』のKIRAさん、お久しぶりですね」


 肩につくくらいのポワポワな髪を揺らし、フミは微笑んで振り向いた。そんな彼女の様子に帽子とサングラスのKIRAは、顔半分隠れるくらいの大きなマスクを外し、大袈裟にため息を吐いてみせた。


「気づいてんなら、すぐ返事してくれりゃーいいのに」


「ふふ、知り合いとはいえ礼儀は大事ですよ?」


「あーはいはい、すんませんっした!」


 フミのポワポワな感じに反抗する気も起きないらしいKIRAは、面倒くさそうにしながらも一応謝った。これでも彼にしてはかなり進歩した方である。礼儀にうるさいシャイニーズ事務所に所属しているKIRAではあるが、売れるのが早かったのと教育係に恵まれなかったため、最初にミロク達と会った時はかなり無礼な若者であった。

 そんな彼を「子犬」扱いし、可愛がっていたミロクはなかなかのツワモノであるに違いない。


「それで、超人気アイドルなKIRAさんは、こんなところで何をしているんですか?」


「……ちょっと、様子見に来た」


「様子、ですか? あ、すみません。私ミロクさん達のところに行かないとなので、これで失礼しますね」


「ちょ、ちょっと待った! 俺もそれ行く!」


「それって、ミロクさん達に会いたいんですか? 舞台稽古の顔合わせなので、関係者以外は入れないと思いますよ」


「一応手は打ってあるから」


「そうですか。では」


「ちょ、ちょっと! 待てって!」


 トコトコ歩くフミの後ろを、慌ててついて行くKIRAは「手を打っている」にも関わらず、入り口でスタッフに止められてしまうのだった。







「ああ、歌姫達が来ましたね。初めまして惑星344の王子、ミロクです」


 そう言いながら右手を胸に、左手を背に当てて優雅に一礼する彼は、この後稽古に入るためジャージ姿だ。それなのに醸し出す王子オーラと、ダダ漏れているフェロモンが凄まじい。

 おずおずと打ち合わせ用の部屋に入って来た、主役の女子二人にミロクは素早くエスコートしに行く。ちなみに美海はすでに席についているためエスコートは不要らしい。主役のイチゴ役の少女がミロクの笑顔に固まっているのを見て、美海はやれやれと立ち上がると、少女とミロクの間に立って誘導する。


「それならば、わたくしもミカン姫を迎えにいかねば……」


「やめとけ宰相、うちの王子だけで姫達は瀕死だぞ」


 笑顔で立ち上がろうとするヨイチをシジュが引き止める。ミカン役の少女は慌てて自力で席についた。

 アニメ『ミクロットΩ』の主役は三人の少女だ。

 イチゴは純粋で可愛い少女、ほどよい大きさ。ミカンは元気でボーイッシュな少女、つつましいサイズ。メロンは良いところのお嬢様で、メロン級である。メロンのメロンは極メロンである。


「さて、始めようか」


 ゆっくりと入って来た細身の男性は、監督・演出とプレートの置いてある席にどかりと座る。そして両手の指を組んで口元に起き、テーブルに肘をつく。その後ろに立つのは舞台アドバイザーである声優の高元だ。


「司令ですね」


「副司令もいるな」


 ミロクとシジュが感嘆の声を上げる。某アニメのキャラクターの真似をするくらい、ウィットに富んだ舞台監督らしい。付き合わされている高元の苦労が偲ばれる。

 その中で、ヨイチは主役の少女達を見比べて首を傾げる。美海はともかく、あと二人の少女はそれなりに美少女ではあるが、どうも素人感が抜けていない。演じること自体が初めてなのだろうか、と。


「あー、俺は監督の井狩だ。よろしく頼む。皆も知っている通り、今回のキャストの配役は難航していた」


 そう言うと、井狩は主役の少女三人に目を向ける。


「二人はまったくの素人だ。一人は俺の独断で選んだ」


 そして井狩はミロク達に目を向けるが、すぐに視線を外す。


「敵役の三人が特に揉めたが、無事に決まって良かった。皆に言っておくが、この王子達を直視するんじゃないぞ。アドバイザーの高元の言うとおりでビックリした。こんなに色気のある男は、めったにいないからな」


 そんなことまでアドバイスするとは、高元も色々大変なのだなとミロクは思う。そして自分たちがどのように認識されているのかが分かり、何やら複雑な気持ちになった。

 ヨイチとシジュは「自分はミロクとは違う」と考えているが、周りからしたら三人とも大差ない。美海あたりが聞いたら鼻で笑っただろう。


 イチゴ役の少女は、セミロングの髪を横に結わえてサイドテールにしている。ミカン役の少女は短い髪にパーマをかけて、活発そうな雰囲気にさせていた。メロン役の美海はストレートのロングヘアをゆるく三つ編みにして前に垂らしていた。それぞれキャラクターをイメージさせる色のジャージを身につけている。

 対してオッサン三人も、ミロクは白っぽいグレー、ヨイチはネイビー、シジュはエンジ色というジャージ姿だ。


「んじゃ、さっそく読み合わせてみようか」


 それぞれ席に置いてある台本は、今日初めて配られたものだ。キャストもスタッフも、自己紹介をする間もなく舞台稽古はスタートしてしまうのであった。





お読みいただき、ありがとうございます。


女の子三人をピックアップしたい(´・ω・`)

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