227、出演オファーと初動。
咳払いをして気を取り直した高元は、改めてヨイチに向かい合う。
「先日の舞台の件、無事『344(ミヨシ)』にオファーがくることになりそうですよ」
「そうですか。僕らの新曲はどうですか?」
「あの尾根江加茂が手がけているということで、使う方向で動くみたいです」
「へぇ、思った以上に上手くいったんだな」
高元とヨイチの話す横で、シジュは無精髭をさすりながら椅子の背もたれに体重を預ける。ミロクはゆっくりと紅茶の香りを楽しんでいたが、ふと気づいたように言う。
「舞台に出るっていうことは、ラジオとか通常の仕事は大丈夫なんですか?
「公演回数にもよるけど、だいたい一週間くらいで終わるかな。特に2.5次元と呼ばれる舞台は少ないから、なんとか調整はつけられると思うよ」
「舞台の稽古が入るのか。普段のトレーニングは少し減らした方がいいかもな」
「やった!」
「ミロクは逆に増やしてやろうか」
「何でですか! シジュさんの鬼教官!」
ニヤニヤしながらミロクをいじるシジュに、ヨイチは苦笑しながら再び高元との話に戻る。
「それで、今回シャイニーズのお偉方は、手を引いたんですか?」
「んー、それがよく分からないんですよ。一応舞台の配役について伝えたらしいんですけど、そこから連絡がないみたいで」
「連絡がない?」
「シャイニーズの方はかなり強引に役を取らせようとしていたので、舞台監督も色々言われると思っていたのに拍子抜けだって笑ってましたけどね」
高元の話に考え込むヨイチ。そこにフミがおずおずと高元に問いかける。
「あの、それで結局『344』が敵役の三人を演じることになるのは、ほぼ確定なんですよね?」
「オファーを出したと言ってましたからねぇ、何か不安でも?」
「あの、さっき友人から舞台頑張ってって言われたんですけど、確定として情報が広まっているのかなって……」
不安げな表情をするフミを見たミロクが、安心させるように頭に手を置く。
「大丈夫だよフミちゃん。大野君からも俺のところに舞台頑張れっていうメールがきてたから」
「いやいやいや! それは大丈夫じゃないやつだよね!?」
「何を言ってるんですか高元さん。フミちゃんが不安になる必要はないじゃないですか。原因は大野君にあるんですから」
「そ、それはそうなんだけど……」
いつになく強い口調になるミロクに弱腰になる高元。そんな二人にヨイチはまぁまぁと割って入った。
「大丈夫ですよ高元さん。確かに大野君はちょっとどころじゃなく迂闊で粗忽ですけど、きっとその情報はフミの友人で止まっているはずです。彼女がこの情報を他に出すとは考えられないですから」
「迂闊で粗忽って、ダメダメじゃねぇか」
「ヨイチさんも庇う気ゼロですね」
そうは言うものの、ミロク達の大野に対する評価はそこまで低くない。真紀に情報を出したのは、彼女を身内と認識していると思われる。しかし身内対しても「守秘義務」というものはあるので、大野は後で高元が説教するとのことだった。
舞台でのアドバイザーとして参加する高元は、細かな打ち合わせをしてから「では舞台稽古で会いましょう」と言って去って行った。彼の仕事ではないため、事務所に来て事前情報を教えてくれたのはあくまでも彼の好意だろう。
大方の予想通り、如月事務所宛に舞台『ミクロットΩ』ミュージカルへの出演依頼のオファーがきた。
受けるとともにスケジュールの調整、事務スタッフは『344』絡みの取材やイベント出演の依頼対応に追われている。それと同時に元々事務所に所属しているモデル達の仕事も増えてきていた。
「相乗効果ってやつかなぁ」
「うちの事務所も、まぁまぁ有名になってきたんじゃねぇか?」
「まぁまぁなんて失礼ですよシジュさん。良い名前じゃないですか如月って」
「ミロク君、良い名前とかそういうことじゃなくて……いや、なんかもういいよ。それで……」
「諦めんなよオッサン、もっと頑張れよ」
「僕はミロク君のこういう部分を伸ばしていこうと思うんだ」
「伸びしろですね!」
「違うだろ」
まったりとした空気をかもし出し、気が抜けるような会話をするオッサン達を周囲は様々な感情を持って見ている。厳しい目を向ける者もいれば、何かを探るように見る者もいた。
それもそのはず、舞台の初稽古前に行われる顔合わせのためにキャストやスタッフなど全員が集まっていて、その中にミロク達はいるのだ。
しかし彼らのスタンスは変わらない。どこにいようとオッサン達はいつもの調子でじゃれ合っている。さらにそこに加わるのは目も覚めるような美少女だった。
「やっと来ましたね。ミロクさん」
「美海ちゃん! 今日からよろしくね!」
パッと輝くような笑顔を浮かべるミロクに対して、美海はそつなく視線をそらしてフェロモンをかわす。その体の動きをシジュは感心する。ヨイチは彼女の周りを見る。
「主役は女の子三人だよね。他の二人はいないのかな?」
「別室が割り当てられているんです。打ち合わせまでまだ時間があるので様子を見にいこうと誘ったんですけど、緊張しているようだったので……とりあえず私だけ探検に来ました」
「相変わらず我が道を行くお嬢だなぁ。嫌いじゃねーけど」
ニヤリと野生的な笑みを浮かべるシジュは、ドラマで共演したのもあり美海を好ましく見ている。
さすがに色気のあるオッサン三人は彼女にとって荷が重かったらしい。ほんのりと頬を染め「それは、どうも、です」と小さな声で呟く美海はとても愛らしく、男性スタッフや他のキャストの視線を集めている。
「キャスト、スタッフの皆さん! そろそろ打ち合わせの会場に集まってくださーい!」
始まりを告げる声に、オッサンアイドル三人の雰囲気はガラリと変わる。
その変化は、美海は久しぶりに感じるものであり、初めて見るの人間達はあっけに取られたように彼らを見ていたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
色気ダダ漏れなオッサンが、書店でフェロモンを振りまいているようです。
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