226、問い合わせラッシュと追い込み。
怒涛の『コスプレ世界大会』が終わり、暑さの中で頑張ったオッサンアイドル三人は休み……にはならなかった。
如月事務所では、ひっきりなしに電話が鳴り、問い合わせのメールやFAXも多く寄せられている。その内容のほとんどが「アニメ『ミクロットΩ』の舞台で『344(ミヨシ)』が出演するのか」であった。
事務所での内勤スタッフだけでは追いつかず、普段は外回りするスタッフや仕事の入っていないモデルまでもが駆り出されていた。サイバーチームは言わずもがなである。
せめて美味しいものでもとってやろうと、ヨイチは寿司を出前で注文したり、フミも甘いものを買いに商店街へと走ったりしている。
「すみません。まだ何も決まっていないので……ええ、そうです。応援ありがとうございます」
ミロクは少しでも手伝おうと電話をとっていたのだが、勢いよくかけてきた相手は彼とやり取りするうちに、なぜか動悸と息切れを感じるらしく会話は長続きしなかった。
シジュは女性相手だとなぜか雑談トークになり、まるで友人と話しているかのようにやり取りしていた。
「いやぁ、予想以上の反応だね」
「アニメの人気って、すげぇな」
「あのコスプレ衣装は完璧でしたからね。サイバーチームが改良を加えてましたから」
「いつの間に……っつか、あいつら何者なんだよ……」
何者と言われても、ミロクにとっては引き篭もり時代の友人であるし、今は同じ事務所で働く仲間である。シジュの言葉にヨイチもうんうんと頷いている。
「雇ったことは良かったと思っているけど、驚かされることが多いよね」
「ホウレンソウは徹底させるように言っておきますね。いちおう衣装管理の人は知っていたんですけど」
「それなら大丈夫だよ」
微笑むヨイチを見て、ミロクはホッと息を吐く。そこに事務所の受付をしていたスタッフが来客を告げに来た。
買い物に出ていたフミは、足を引きずるようにして歩く満身創痍といった友人の真紀を見かける。事務所が忙しいとは分かっているが、挨拶だけでもと声をかけた。
「真紀、どうしたの? 今日は仕事じゃないの?」
「ん、あ、フミだ。やほー久しぶりー」
「本当にどうしたの? 大丈夫?」
ショートボブの髪はツヤもなく、メガネでも隠しきれない目の下のクマが痛々しい。一体何事かと心配するフミに、真紀は手をヒラヒラ振る。
「へーきへーき、いつものアレだよ。夏のイベントに出す本の締め切りが今日だっただけだよ」
「ああ、いつもの徹夜してるやつかぁ。もう、びっくりした。それで間に合ったの?」
「なんとかね。有給休暇取って、印刷所に直接持っていった。今年は助っ人もいたから去年よりも早かったよ」
「助っ人?」
「うん。大野君」
「真紀……人気声優に何をやらせているのよ……」
「いーじゃん。本人がやりたいって言うんだから」
口を尖らせて子供っぽく拗ねたように言う真紀は可愛らしいが、なぜ締め切りがあるのに前もって準備していかないんだろうとフミは不思議でしょうがない。
夏休みの宿題を早めに終わらせられる人間は、そうそういないだろう。そういうことである。この理論についての詳細は省かせていただく。
「あ、ごめん。事務所に急いで戻らないといけないんだった」
「名古屋出張から帰って来たばかりなのに大変だね。頑張ってね」
「うん! ありがとう!」
「舞台楽しみにしてるからねって、伝えといてー」
「わかった!」
そのまま小走りで事務所に戻り、来客のことを聞くと慌てて会議室へと足を向けるフミはふと気づく。
(あれ? 真紀はなんで舞台を楽しみって言ってたんだろう?)
ネットでは『ミクロットΩ』舞台化の記事はあったが、『344』が出演すると決まってはいない。疑問を感じつつ会議室に入ると、そこにいたのはミロク達三人と声優の高本だった。
「高本さん! いらっしゃいませ」
「どうもマネージャーさん。アポとってなかったんだけど、少しならってお邪魔させてもらってます」
「おかえりフミ、早速だけど打ち合わせに入れる?」
「はい。大丈夫です」
買ってきたお茶菓子を並べ、フミも席につく。高本の用事は舞台についてのことだろうと予想された。
「新曲、聴きましたよ。『コスプレ世界大会』で、コスプレしてお披露目するとか……驚かされました」
「なかなかのインパクトでしょう?」
「ありすぎですよ。ネットニュースを見て心臓が止まるかと思いました」
「はは、それはすみません。話はプロデューサーが持ってきたんですけど、制作側のOKがもらえたのは幸いでした。敵役のコスプレをして良いかどうかというところが、最大の難関でしたからね」
「そうですよね。あそこで披露するには届け出が必要ですし、舞台化のニュースがまだ出ていなかったことが幸いでした」
「ええ。だから今しかないと思って、短い時間の中で無理やり新曲を仕上げました」
ミロクとシジュも、そのタイミングが難しいことは知っていた。もし舞台化の話と同時に配役が発表されていたら、今回のコスプレで新曲披露する作戦はここまで上手く広まらなかっただろう。
「俺らがやるかもって思わせる、それが今回の狙いでもあるからな」
「これで下手にシャイニーズが参入することが出来なくなる……といいんですけど」
不安げにミロクが言うと、高本が笑顔を見せる。
「それは大丈夫、ねぇヨイチさん」
「そうだよミロク君。ここまで僕たちがやったからね。強くは出られないよ」
それに……と、ヨイチはノートパソコンを開き、ツイッタラーを表示させる。それはコスプレした『344』の画像と、応援メッセージがリアルタイムで載っているものだった。今もなお増え続けているため、表示されたものが次々に更新されている。
「僕たちには、熱いファンがついているからね!」
キラキラな笑顔のヨイチにつられてミロクも笑顔を浮かべると、横にいるフミはとっさに視線をずらして事なきを得ていたが、高本は思いっきり見てしまい赤面するのだった。
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