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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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224、コスプレ世界大会の開催式。

 聴き馴染んだイントロに、どよめく各国から集まったコスプレイヤー達と、参加者を応援する大勢の観客。

『ディーバ』と呼ばれる機体の起動音が響き渡ると共に、舞台へ続くレッドカーペットを歩くのは、誰がどこから見ても完璧な「コスプレ」をした男性三人だ。

 夢見るような青い目と、それを縁取るまつ毛。少し長めの黒髪は、動くたびに太陽に煌めく。それとは真逆の白い肌は暑さのためか薄桃色に火照り、彼の整った顔を艶っぽく彩っている。白を基調とした軍服のような衣装にたなびくマントは彼を「王子」にさせている。

 続くのは、短めにしたアッシュグレーの髪、その灰色に光る切れ長の目を流せば、観客からは夏の日差し以上の熱い吐息が漏れている。青を基調とした軍服は彼の国で「宰相」を意味するらしく、妖しげな笑みを浮かべるその男は一筋縄ではいかないだろう。

 光の加減で少し赤みを帯びる、くせっ毛の黒髪は伸ばしっぱなし。それを鬱陶しそうにかき上げる仕草に、若い女子達が黄色い声を上げる。ニヤリと笑う口元には無精髭があり、少しタレた目の色はアメジストのような紫だ。赤を基調とした軍服はだらしなく前がはだけており、その引き締まった胸筋と腹筋を惜しげもなく晒している。そんな彼でも国一番の「騎士」なのだという。

 三人が歩くレッドカーペットが中盤に差し掛かると、この会場にいる人間の、ほとんどが知る『ミクロットΩ』のオープニング曲のイントロが終わり、いよいよメインテーマが流れる。歌のないインストで、歌うような音でバイオリンがメロディを辿る。すると曲に合わせて三人は華麗なステップを踏み始め、舞台へ近づきつつ観客の目をひたすら楽しませていく。

 彼らが舞台の階段に足をかけると、一度立ち止まり客席を振り返る笑顔のミロク。

 その瞬間、会場全体に湧き上がる歓声。

 彼らを応援するような大きな歓声に、さらに笑顔になる三人は舞台へと駆け上がり、曲の終わりと共にポーズを決めると割れんばかりの拍手が起こる。

 首にテープで貼り付けたマイクが慣れないのか、少し襟元を気にしつつミロクはオープニングトークに入る。


「皆さんこんにちは! 『コスプレ世界大会』へのご参加、ご来場いただきありがとうございます!」


「僕たちは『344』というアイドルユニットだよ!」


「アニメ『ミクロットΩ』の挿入歌を担当したぞー! おぼえてっかー!」


 ヨイチに続くシジュの呼びかけに「忘れないよー!」「愛してるー!」などと会場から声が上がる。調子に乗って「俺も愛してるぞー!」と言って黄色い悲鳴を量産させてしまい、なぜかシジュは焦った顔をしている。


「シジュさん、自分で煽っておいてそのリアクションですか?」


「いや、予想以上に反応が良かったから驚いた」


「そんな可愛い驚き方をされてもねぇ」


「可愛い言うなっつの」


 そんなオッサン同士のやり取りに、会場は笑いに包まれる。


「さて、コスプレイヤーとして参加されている方々の、素晴らしい出で立ちには届きませんが、俺たちもデビュー曲で着ていた衣装を引っ張り出して来ました!」


「一応、ミクロット制作チームにデザインをもらった、公式の衣装なんだよ」


「俺のこの開けっぴろげも、公式だからな? 俺の趣味じゃねぇからな?」


「誰もシジュさんの趣味だなんて言ってないのに、そうやって言うから露出癖があると思われちゃうんですよ」


「な、なんだと!?」


「それに関しては、今日の天候と会場の熱気で、僕はちょっと羨ましいね」


「ですね。ちょっとこれは脱ぎたいですね」


 そう言って首回りを緩めるミロクの動作に、再び女性達の黄色い声が上がる。その声に「今日は脱げないから、今度ね!」というリップサービスをする末っ子を、小突く兄二人。


「では、ここで一曲だけ、僕らの新曲を初お披露目したいと思うんだけど……」


「今の俺らは『ミクロットΩ』での敵役だ。でも、なんつーか爽やかな曲になってんぜ」


「彼女達の操る『ディーバ』をイメージして……『your sky』」


 ホテルの部屋でも、ギリギリまで時間を使って仕上げた新曲だ。

 ストリングスが主旋律を奏で、ドラム、ベース、ギターと入っていく。どこまでも広がる青空を思い浮かべさせるイントロに、ミロク達は綺麗にターンを数回決めると両腕を広げる。


  飛び立っていく翼の影を 追いかけて走った

  伸ばした手は届かない それでもいいと思った

  きっと君は笑顔で 自由に飛んでいるんだろう

  見上げている僕の気持ちを 置き去りにして


 両腕で自分を抱きしめるような振り付けに、観客は胸をつかれる。そこにあるのは憧憬。彼らの焦がれるような視線の先には、遠く果てしなく広がる青空。


  急いで行くよ 君のところに

  待っててなんて 言えないけど

  走り始めた 僕の背にある

  翼はまだ 小さいから


 間奏に入ると共に、三人はそれぞれ舞台から降り走っていく。ミロクはサイリウムを持つ自分達のファンであろう女性達を見つけると、「ありがとう!」と甘い微笑みで陥落させていく。ヨイチは「宰相様!」という言葉に流し目を送り、シジュは近寄る子供達に「後でな!」と言って一人ずつ頭をワシャワシャ撫でてやっている。

 歌の入りに間に合わないシジュをミロクとヨイチは待ち、歌いながら再び三人は舞台に上がる。


  憧れはそのままに 日常に埋もれた僕は

  君の声を思い出す度 あの日に戻ってしまう

  きっと君は今も 自由に飛んでいるんだろう

  何もない空を見上げて 僕は走り出す


  急いで行くよ 君のところに

  待っててなんて 言えないけど

  走っている 僕の背にある

  翼はまだ 小さいけど

  

  飛んで行くよ 君のところに

  待ってるなんて 思ってないよ

  小さな翼に 想いをのせて

  君の笑顔に 会いに行くよ


 エンディングの部分でミロクは少しよろけたものの、何とか大きなミスもなくやり遂げた。

 ミロクの小さなミスの原因は、会場を全力疾走したせいで膝が笑っていたからという悲しい理由があったが、シジュはそれをいじることなく「ミロクの体力増強トレーニングメニューの追加」を心に誓っていた。

 そんな地獄が待っているとはつゆ知らず、ミロクは今ぐったりと横になっている。


「今日は、もう、一歩も、動け、ません……」


「やべぇ、暑い、死ぬる」


「これは酷い暑さだね。お客さんたちは大丈夫なのかな」


「大型の、扇風機に、ミスト入れて、回してました、ね……」


「ミロク無理すんな。酸素吸っとけ」


「はい……」


 曲が終わると大会の主催者や司会者が舞台に集まり、開催するという声と共に音だけの花火が上がる。

 辛うじて笑顔の状態だったオッサン達は、そのまま舞台を設置した寺の奥にある部屋に通された。そこには笑顔のフミが冷やしたおしぼりや飲み物を用意して待機しており、暑さと体力不足と新曲を披露する緊張感から解放されたオッサン達は存分に寛いでいる。畳の部屋というのも、彼らを喜ばせていた。


「とりあえず、ひと段落ついたかな」


「ひと段落?」


 ヨイチの思わせぶりな言葉に、シジュは訝しげな顔をする。


「種は蒔いたからね。これでどう芽が出るか……」


「悪い顔してんなー」


 言葉とはうらはらに、シジュはニヤッと嬉しそうな笑みを浮かべた。

 悪い顔をしても、ヨイチが『344(ミヨシ)』のためになることしか考えてない。それが分かっているから、自分達は安心していられる。

 今日の出番は終わったため、末っ子ミロクが回復するのを兄二人はのんびりと待つのだった。



お読みいただき、ありがとうございます。

今回、文字数少し多めです。



タイトルで侮っていたけど、読んだら面白いと感想をいただいた

「オッサン(36)がアイドルになる話」は、全国書店さんで好評発売中ですw



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