閑話16、輝岡照美の場合。
モニターの中で、きらめく笑顔を振りまく『アイドル』は、大歓声に包まれている。彼らの生き生きとした表情、躍動感あふれる動きに目が離せない。
これこそが未完成であり、一つの完成だと思っていた。
自分こそが、少年から青年へ孵化する彼ら一人一人の小さな輝きを、もっと強く輝かせることが出来る。
数多くの有名アイドルを生み出した芸能事務所『シャイニーズ』は、そんなひとりの人間の強い思いから設立された。
「それで、『TENKA』の様子はどう?」
「ドラマ出演後マネージャーを変えたのも良かったようで、一皮むけたみたいですね」
「そう。それなら良かった」
「彼らは社長自ら手がけているグループではありませんが、よろしいのですか?」
「彼らが『シャイニーズ』に所属している限りは、私の子ども同然だから」
シャイニーズ事務所の社長である輝岡がデスクの書類に目を落とすと、後ろに撫で付けた前髪がハラリと落ちる。それをかき上げる動作に、報告をしていた男性秘書は思わず目を奪われる。
もう五十半ばであるだろう輝岡だが、それを感じさせない若々しさを保っているのは常に『アイドル』達に囲まれているからだろうか。口さがない者達は「美少年達を侍らせている好色社長」などと揶揄するが、常に輝岡と接している男性秘書は知っている。
「あの子達は有望株みたいだけど、まだ彼らを超えられないみたいだね」
椅子をくるりと後ろに回し、窓の外を見る輝岡は何を考えているのか。
それは決まっている。
昔も今も輝岡の中で輝き続けているのは、『アルファ』だけなのだ。
紺色の仕立ての良いスーツに綺麗な空色のネクタイを合わせた輝岡は、男性秘書を伴って珍しく歌番組の収録現場に来ていた。
そこには今をときめくアイドル『TENKA』も出演者としているため、輝岡社長が見学に来てもおかしくはない。しかし、シャイニーズの社長自らが動くのは珍しいことであるため、現場はピンと張りつめた空気となっていた。
「おい、なんで今日社長がいるんだよ」
「知らないよKIRA。それより声が大きいよ」
「そういえば『344(ミヨシ)』の人達も今日は来るよね」
ヒソヒソと『TENKA』の三人が話している中、他の出演者も物珍しげに輝岡の方向を見ていた。
「おはようございまーす」
「今日もよろしくお願いします」
「おっつでーっす」
スタジオの空気を一気に変えたのは、ゆるくパーマのかかった黒髪にふわりとした笑顔を浮かべた青年と、その後ろから逞しい体躯の穏やかな笑顔で丁寧に挨拶する男、続いてクセ毛をハーフアップにしている気だるげな様子の無精髭の男。
彼らから目が離せなくなったまま固まる輝岡に、男性秘書は側に寄って小声で伝える。
「社長、彼らが『344(ミヨシ)』です」
「……そう」
秘書の言葉に頷くのがやっとの輝岡だが、その視線は『344』に向けたままだ。
「あの時からずっと、何度も後悔してきたけど……それはもう必要ないのかもね」
輝かんばかりの美少年は、成熟した大人の男となった。それは当たり前のことではあるのだが、それでもあの時の美少年を手放すことになってしまったことは、今もなお輝岡の心を苛んでいる。
「テルミー社長!」
三人の中で年長者であろう男が輝岡に気づいて呼びかける。その呼び方に周りが一気に緊張感を高めるが、気にする様子もなく男は笑顔で輝岡に近づいた。
「ヨイチ、久しぶりだね」
「はい、テルミー社長も変わらないですね。相変わらず若々しい」
「ふふ、もう年寄りだよ」
その様子を遠巻きに見ていた『TENKA』の三人は、唖然としている。彼らは今まで自分のところの社長が笑ったところなぞ、見たことがなかったのだ。
「ああ、ミロク君にシジュ、この人がシャイニーズの社長さんだよ」
「ええ!? そ、そうなんですか!?」
「おいおい、そんな簡単に紹介していいのかよ」
さらっと紹介するヨイチにミロクは驚き、シジュは思わずツッコミを入れる。そんな彼らに輝岡はさらに笑顔を深めると、それに気づいたヨイチは軽く頭を下げる。
「すいません。騒がしくて」
「いや、なんだか安心したよ。ヨイチは良い仲間に巡り会えたようだ」
「そうですね。とても大事な仲間です」
少し照れたように笑うヨイチに、輝岡は昔の面影を見る。そう、彼の笑顔は昔からこういう温かいものだった。
「今日はね、ヨイチがいるって聞いて……話がしたくてね」
「話、ですか?」
輝岡の言葉の裏を読み、一瞬真剣な顔になったヨイチは妖しく光る目を隠すように細める。それでも口元に笑みを残したまま続けて言った。
「あの件でしたら、気にしないでください」
「いいの?」
ヨイチの色香漂う笑みに浮かされたようになった輝岡は、僅かに目尻を赤くさせて聞き返す。
「僕らにも武器はありますから」
そう言ってヨイチは『シャイニーズスマイル』を見せた時、収録が始まるとスタッフの声が響く。ヨイチたちは輝岡に軽く一礼し、この場を離れて行った。
「社長?」
「まったく……変わらないなぁ」
「あのキラッキラな『シャイニーズスマイル』ですか?」
「いや、あの子のタラシ癖」
「は?」
彼は自分がどれほど人に好かれているか認識しているはずだ。彼が願えば、彼に好意を持つ人間は喜んで動くだろう。だがそれを武器として使わず己の力で切り抜けようとするところに、輝岡は人としてヨイチに惚れ込んでいるのだ。
「昔から、本当につれないんだから」
そう言って少女のような可愛らしい笑顔を見せる輝岡。
自分の上司にそんな表情をさせるヨイチに対し、軽く嫉妬のようなものを感じた男性秘書であったが、そんな自分の感情に気づいて苦笑する。
(しょうがない。社長にとって彼は、『アルファ』は特別だから)
あの時から変わらず、誰よりも輝く未完成で完成された『アイドル』なのだから。
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