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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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221、新曲とコスプレ世界大会。


  飛び立っていく翼の影を 追いかけて走った

  伸ばした手は届かない それでもいいと思った

  きっと君は笑顔で 自由に飛んでいるんだろう

  見上げている僕の気持ちを 置き去りにして


  憧れはそのままに 日常に埋もれた僕は

  君の声を思い出す度 あの日に戻ってしまう

  きっと君は今も 自由に飛んでいるんだろう

  何もない空を見上げて 僕は走り出す


  急いで行くよ 君のところに

  待っててなんて 言えないけれど

  走っている 僕の背にある

  翼はまだ 小さいけど

  

  飛んで行くよ 君のところに

  待ってるなんて 思ってないよ

  小さな翼に 想いをのせて

  君の笑顔に 会いに行くよ




「んー!! やっぱり尾根江さんの作る曲はいいですね!!」


「歌詞がミロク寄りだな。頼んだぞメインボーカル」


「シジュ、残念なことに、今回それぞれソロパートがあるよ」


「マジかー。こういう爽やかなやつはミロク担当だろう。せいぜいヨイチのオッサンとかじゃねぇか?」


「何を言ってるんだい。シジュだって昔は……」


「おい、昔の話は出すなよ」


「もっと昔の話だよ。社交ダンスの時のだよ」


「そっちも出すなよ!!」


「そういえばシジュさん社交ダンスやってたって、そんな話を聞いたような……」


「気のせいだミロク。今は曲に集中しろ」


 事務所に戻った一行は、早速デモテープを会議室で聴いている。軽口を叩く中、無理矢理過去を封印したシジュをヨイチはこれ以上いじろうとはしなかった。

 曲に耳を傾けていたミロクは、一度聴いただけで歌詞を見ながらメロディーを口ずさむ。その良く通る歌声に、フミはうっとり聴き惚れながら温かい紅茶を用意していた。


「どうぞ。アールグレイです」


「ありがとうフミちゃん。アールグレイはアイスティーにすることが多いけど、温かいと香りが楽しめるね」


「これは喫茶店のマスターに勧められたんですよ。ホットにしても美味しいって」


 優雅に紅茶を楽しむオッサン三人に向かって、ふと疑問に思ったことをフミは投げかける。


「それで、その『コスプレ世界大会』なんですけど、どういう風に出演することになるんでしょう」


「コスプレ、することになると思うよ。前にやった『ミクロットΩ』の衣装とか」


「でもこれって、素人さんが参加するもんじゃねぇのか?」


「俺たちはコスプレのプロって訳じゃないし、大丈夫じゃないですか?」


「いや、出るとしたらゲスト枠だと思うよ。歌も歌うからね」


 ヨイチはノートパソコンを開き、『コスプレ世界大会』の公式ホームページを表示させる。見たところスポンサーも多く、思った以上に規模が大きいとミロクは感じた。


「世界各国からコスプレイヤーたちが集まる……か。日本のアニメっつーか、サブカルっつーか、すげぇよな」


「ですね。ジャパニメーション最高です」


 なぜかドヤ顔するミロクを微笑ましげに見ていたヨイチは、歌詞をプリントした紙に目を落とす。

 繰り返し流れる尾根江の作った曲は、どこか懐かしいメロディーラインだ。その曲調と歌詞の内容を合わせると、若いアイドルが歌うには少し難しいように思えた。


「僕らには歌いやすそうだけど、若い子には難しいかもね」


「そうか? 案外KIRAあたりは楽々歌えるんじゃねぇか?」


「んー、歌うだけなら誰でも出来るかもしれませんけど……あ、誰か来たみたいですよ」


 会議室で音量を大きくしていたためにノックが聞こえなかったが、ドアについている磨りガラスに映った人影に気づいたミロクが慌ててドアを開けると、事務仕事をしている女性スタッフが立っていた。


「あ、あわ、す、すみません! お客様がいらっしゃっててて! 市役所の!」


「ん、ごめんね。今行くって伝えてくれる?」


「ひゃい!!」


 思わぬ至近距離で笑顔のミロクを見てしまった女性スタッフは、噛みながらも用件を伝えると、ロボットのような動きでその場から離脱した。その様子にフミはフォローすべく慌てて会議室から出て行く。


「ああ、フミちゃんが行っちゃいました」


「お前のせいだろが」


「市役所からのお客さんって、佐藤さんかな?」


 ヨイチは「また書類に不備があったのかな?」と言いながらノートパソコンを操作していると、再びフミが戻って来た。


「すみません社長、帰ってきましたよ」


「ああ、うん、おかえり?」


「私じゃなくて、ミハチさんで……」


「僕は先に帰るよ!! あとはよろしくね!!」


 フミが言い終わる前にものすごい早口で言い放ったヨイチは、弾丸のようにそのばから立ち去る。後に残されたのは、明らかに作業途中になっている電源入れっぱなしのノートパソコンだ。


「まぁ、しゃーねーよな」


「姉さん帰ってきたんですね。ところで市役所の人は……」


「あ、それなら町内会の旅行の通達で、うちの事務所に希望者がいたら参加してもいいって言ってくれたんです」


「その江藤ってやつは……」


「佐藤さんですよ。俺おぼえました」


「そうそう、その佐藤ってやつは市役所勤務なんだろ? なんで町内会のことまでやってんだ?」


「町内会に用事があって、そこで頼まれたそうです。通達だけして次があるから行ってしまいました」


「仕事じゃないだろうに、人の良い奴だな」


「定時で上がれないと『ぬこたんず』の店に行けないんじゃないですかね。あそこの猫カフェ、閉店早いみたいですし」


 先日の着物イベントで見た佐藤の様子を思い出し、ミロクは彼の真面目さを好ましく感じた。そして犬のモフモフも良いが猫も捨てがたいと、真剣な顔で考え込むミロクだった。




 そして後日、『344(ミヨシ)』の新曲リリースの日が決定した。




お読みいただき、ありがとうございます。


344が生き生きと活躍する書籍版『オッサン(36)がアイドルになる話』も、PASH!ブックスさんより好評発売中です。

全国の書店にいるオッサンに会いに行こう!

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