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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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256/353

220、オネエとの作戦会議。

遅くなりました。

 ホテルのエントランスに入る高身長の美丈夫三人は、周りの視線を集めつつ足早にエレベーターホールに向かう。ホテルのスタッフには話が通っているらしく、ミロク達を出迎えたのはスーツ姿の細身の男性だった。


「如月事務所の皆様、うちの……尾根江が毎度無理を言いまして……」


「いえ、こちらも今回は無理を言いますので、お互い様ですよ」


「それならば安心ですかね。ではお部屋にご案内します」


 尾根江の秘書であるその男性は、苦笑しつつエレベーターのボタンを押す。高速で上がるエレベーターに少し緊張しながらも、なるべく体の力を抜くようにミロクは構えていた。


(ヨイチさんだけじゃなく『344(ミヨシ)』三人を集めるということは、何かあるんだろうけど……)


 そんなミロクの表情に気づいたシジュが軽く背中を叩き、ヨイチは弟を安心させるように微笑む。


「こちらです」


 エレベーターを降りると、その階すべてが部屋になっており、ふかふかした絨毯に足を取られそうになったフミをミロクはすかさず支える。そんな彼の王子っぷりはさて置き、奥の部屋に案内された一行は普段とは違うシックなスーツに身を包んだ尾根江に迎え入れられた。先程と同じく、サラリーマンに擬態バージョンである。


「うちのミロクから話を聞きました。お呼びとのことでしたが……今日はオレンジスーツではないのですね」


「ええ、今ちょっと立て込んでるのよ。ご期待に応えられなくて申し訳ないわぁ」


「特に期待はしてませんよ。それで、ご用件はなんでしょう?」


 外国人レスラーのようなガタイの男からの流し目を、無表情でサラリとかわしたヨイチが問う。その言葉に眼鏡の奥の目を細める尾根江。そんな彼の視線に、自然とミロクとシジュの背筋も伸びる。


「新曲を作ったのよ」


「新曲ぅっ!?」


 つい大きな声で反応してしまったミロクは自分の声に驚き、慌てて口に手を当てた。そんなミロクを微笑ましげに見ている尾根江を、横に立っている男性秘書が驚いたような表情で見る。


「何よ」


「いえ、鬼と呼ばれた……尾根江プロデューサーの珍しい顔が見れたと思いまして」


「アンタ、自分が秘書だという自覚あるの?」


「ええ、もちろんです」


 言いたい放題の男性秘書は大丈夫なのだろうかとヨイチは見ていると、尾根江が手をヒラヒラと振った。


「気にしなくて良いわよ。これくらい図太くないと、アタシの秘書は勤められないのよ」


「はぁ、そうですか。それで新曲はどういうものですか? 季節に合わせたようなものですか?」


「そんな訳ないじゃない。今のアンタ達に必要な曲に決まってるでしょ」


「必要な曲?」


 訝しげな顔で呟くシジュに向かって、尾根江はニンマリとした笑みで返す。


「ミュージカル『ミクロットΩ』の、メインテーマにしてやろうと思って作った曲よ」


「はぁっ!?」


 ヨイチは思わず声を上げ、ミロクはポカンと口を開ける。一瞬驚いた顔をしたシジュだが、普段は垂れたその目を鋭くさせて尾根江を見る。


「メインテーマに出来るのかよ……出来るんですか」


 兄に睨まれて口調を直したシジュだが、尾根江は気にするなと言うように、再び手をヒラヒラと振る。


「曲だけの提供なら確実に出来るわね」


「シャイニーズに所属するグループのどれかに取られますか」


「今のままだと、そうなるでしょうねぇ」


「あの、どうして今回の舞台はここまで競争率が高いというか、シャイニーズもやりたがるんでしょうか」


 尾根江とヨイチのやり取りにミロクは疑問を感じていた。

 確かにアニメ『ミクロットΩ』は視聴率も良く、ロボットアニメとしての人気も高い。さらに今回は主人公三人の少女だけではなく、敵役の男三人も爆発的な人気を博した。男女共に人気のある稀有なアニメだ。

 だからといって、そのアニメの舞台ミュージカルに、大手芸能事務所が食い付くだろうか。


「ミロク君、今の時代イケメンと呼ばれる俳優や売れっ子のタレントが、どこから出ているか知ってるかしら?」


「ええと、土日の朝にやっている、特撮ものの番組出身が多いって聞きますけど」


「それは違うわ。今はね、2.5次元と呼ばれるミュージカルや舞台出身者が増えてきているのよ」


「そうなんですか!」


「アンタ達もラノベ原作のドラマに出てたじゃない。それも人気の出る一つの方法だったりするわね」


「はぁ……」


 気の抜けたような声を出すミロクの肩を、ヨイチはポンと叩いて会話を引き継ぐ。


「で、尾根江プロデューサーは僕らに何をさせたいのでしょうか。新曲を出す、そのタイミングも考えてらっしゃるのでしょう?」


「そりゃそうよ。考えなしにやる訳ないじゃない……と、言いたいところだけど、もうひと押し足りないのよねぇ」


「もうひと押しという事は、ある程度までは考えているんですね」


「ええ、時期もちょうどいいから、突っ込んじゃおうと思って。やだぁ、突っ込むとかお下品だわぁ」


 体をくねらせる尾根江から視線を外したヨイチは、その隣にいる男性秘書に目を移す。


「うちの者が失礼を。計画として『コスプレ世界大会』に出演していただき、新曲を発表するというのはいかがでしょうか」


「コスプレの大きなイベントなのかな?」


「ヨイチさん、それって名古屋でやっているイベントじゃないですかね?」


「おう、聞いたことあるぞ。ホストやってた頃、趣味でコスプレやってる客が旅行がてら見に行くって言ってたぞ」


「今年もやるみたいですね」


 早速スマホで調べたらしいフミが、画面をヨイチに向ける。それを見て頷くと、ヨイチは尾根江に向かって軽く頭を下げた。


「新曲をありがとうございます。曲を聴いてからお返事させていただきます」


「ええ、良い返事を待っているわ」


 そうは言いながらも曲を受け取ると確信しているような尾根江に感心しつつも、ミロク達もヨイチの後に従って頭を下げたのだった。



お読みいただき、ありがとうございます。

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