217、雑誌の撮影とコンビニでの偶然。
カメラのシャッター音と共に、フラッシュの光が入る。
雑誌『LION』のテーマは、ちょっと悪そうなオヤジを格好良く演出することであり、服のデザインもカジュアルからフォーマルなものまで幅広い。
失恋で使い物にならないイタリア人モデルは、そもそもモデルではなく元サッカー選手であった。日本人の妻を娶り、日本に帰化した一見マフィアにも見える「悪そうなオヤジ」である。
そんな彼の代役を『344(ミヨシ)』に頼んだのは、女子高生ラノベ作家の担当である川口だ。担当している雑誌ではないのだが、ちょうど校了明けである彼は撮影現場に来ていた。
「最初はどうなるかと思ったけど、なんとかなるものだなぁ」
「いや、彼らを推したのはお前だろ?」
「三人の内の誰かで……シジュさんかヨイチさんで良かったんだけど、ミロクさんがあそこまで化けるとは思わなかったんだよ」
撮影の様子を見学している川口は、メンズ雑誌担当の同期の男性とやり取りしながらも、感心したようにミロク達を見ていた。
確かにミロクは童顔、というか若作りが過ぎるところがあり、パッと見が大学生だ。そんな彼がキリリとした表情でスーツを着こなし、冷ややかな笑みを浮かべれば雰囲気が一変した。
横に立つシジュとヨイチに負けず劣らず、最年少ミロクは大人の色香を振りまく「やり手マフィア」のような危険な男となり、女性スタッフたちを陶然とさせている。
「なるほど、日本にマフィアはいないのに、それを感じさせるとは……やるね彼」
「いや、そこはあまり考えていないと思うけど」
妙な感心の仕方をする同期に苦笑しつつ、川口は再び彼らに目を向ける。
目線が欲しいと言われ、「え? 何?」と言わんばかりにカメラの方を見ては、ニカッと笑うシジュ。そのいたずらっ子のような笑顔と無精髭が、なんともいえない「オッサンの可愛さ」を全面に出している。
シャイニーズ・スマイルを封印したヨイチ。流し目を送りつつ「オトナ」の余裕と、服に隠された肉体美を感じさせるため、ボタンをいくつか外して鎖骨から胸筋を惜しげも無く晒している。
そんな「オトナ」な兄二人に囲まれたミロクは、かけているサングラスを軽く下げ、軽く唇を舐めながらカメラに目線を送りつつニヤリと笑みを浮かべた。
「んぐふぅっ!!」
「おい! カメラマンが倒れたぞ!」
「がはぁっ!!」
「ちょっと!! 鼻血を衣装に付けないでよ!!」
フェロモンダダ漏れで通常より三割増しのミロクの笑みから、突如始まる現場の阿鼻叫喚。
「これは、一回中断だ?」
「そうだね。さすがオッサンアイドルだよ」
「噂には聞いていたが、凄まじい威力だな」
「はい。ティッシュ」
「サンキュ。お前も拭いとけよ」
「おう。予備はある」
なぜ、男の色香で男が反応するのか、そこはツッコんではいけない。そして彼らの恋愛対象は女性であることも、ここに明記しておこう。
ライフ&ワイフ社の若き編集者二人は、しばし無言で鼻血の処置をするのだった。
マネージャーのフミは、休憩なく動物番組のロケに向かうオッサンアイドルのために、コンビニで軽食を選んでいた。控え室で彼らが着替えている間に、シジュの食事指導を元にサラダや豆乳なども選んでいく。
「休憩がなくなったのは、ミロクさんのせいでもあるから、撮影の時間が押しちゃっても文句は言えないなぁ」
やれやれと軽く息を吐くと、スポーツドリンクを取ったところで見知った顔がレジに並んでいるのに気づく。
「美海ちゃん!」
「……王子様のマネージャーさん?」
すっきりとしたワンピースにニットカーディガンを羽織った姿の美少女は、尾根江プロデューサーの元で女優を目指している須藤美海だった。人形のように固まった表情をわずかに崩す。そんな彼女にフミは「変わらないなぁ」と、何だか嬉しく思う。
以前、『344(ミヨシ)』三人でライトノベル原作の学園ドラマ出演した時、美海も生徒役として一緒に演じていた。撮影時以外での美海は、演じている時とは違い人形のように表情が固まったままの彼女は見ていて痛々しかった。
それでもミロクの奮闘もあり、撮影の間に彼女はだんだんオフでも感情を出すようになっていったのだ。フミを見てわずかにでも表情が変わったのは、大きな進歩と言えるだろう。
「久しぶりですね! 美海ちゃんはお仕事ですか?」
「はい、ありがたいことに雑誌のモデルをさせていただいております。尾根江プロデューサーは私をアイドルではなく、本格的に女優として売り出してくださるようで、その一環なのです」
相変わらずの彼女の堅い口調に、変わらないなぁとフミは笑顔になる。
「女優としてのお仕事は決まっているんですか?」
「はい。次は舞台の仕事が入る予定です」
「舞台?」
「はい。『ミクロットΩ』を流行りの2.5次元の舞台で、というものです」
「ええ!? えっと、それってまだ公開されてないんじゃ……」
「よくご存知ですね」
「この前、その舞台のアドバイザーになる声優の高本さんから聞いたんです」
「なるほど……彼はもう動いていたのですね」
ふむふむと頷く美海にフミは首を傾げる。
「動くって、何ですか?」
「そのままの意味ですよ。アドバイザーとして彼はすでに動いていたということです。キャスティングに関して彼も思う所があったのでしょう」
美海はその整った顔を悔しげに歪め、しばらく何かを考えるように黙り込む。そして、意を決してフミを真正面から見た。その迫力に押され少し後ずさるフミ。
「あの、今から少しだけ『344(ミヨシ)』の皆さんと、お会いできないでしょうか」
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