214、弥勒の羞恥と地下アイドルのファン達。
控え室に戻ったミロクは、羞恥で首まで真っ赤にさせた状態でしゃがみ込む。同じく顔を赤くしたフミは、甲斐甲斐しく彼の肩にバスタオルをかけてやっている。
「いやぁ、爽快だったなぁ!」
「その場のノリでやっちゃったけど、着物イベントのパフォーマンスとしてどうだったんだろう」
「そこまでメディアが入ってないので、大丈夫かと思いますけど……」
同じく控え室に入ってきた『カンナカムイ』の女性陣は男性の裸は慣れているらしく、女性の観客のような反応はないが横目でチラチラと熱い視線を送ってくる。メインダンサーの志摩子は鼻息荒くミロク達の側に来ようとして、リーダーの神無が首根っこ掴んでいた。
フミは慌ててヨイチとシジュにもバスタオルを渡し、肌を隠すように注意する。シジュのダンサーとして無駄のない引き締まった筋肉も、ヨイチの外国人のような分厚い筋肉も、どちらも女性にとって目の毒だ。
「ミロクは何照れてるんだよ。そもそもお前がミスして扇子客席に飛ばさなきゃ良かった話だろ?」
「それと上半身裸になることは関係ないじゃないですか!」
「扇子を動かす振り付けばかりだったから、他に目を向けたかったんだよ。基本の動きは単純になっちまうし」
「お客さん達は喜んでいたみたいだから、良しとしようか。フミ、着替えを頼む」
「はい、社長」
茶色のポワポワ頭が仕事に戻ると、少し落ち着いたミロクもペットボトルの水に手を伸ばす。そこでふと何かに気づく。
「このイベントって、プロデューサーが持ち込んできたんですよね?」
「ああ、そうだけ……ど……」
ミロクの言葉に、ヨイチは口ごもる。『カンナカムイ』との共演はプロデューサーである尾根江の企画でもある。来場するとは聞いていないものの、このステージは如月事務所のサイバーチームがすべてカメラに収めているはずだ。
「これを見られると思うと、少し複雑な気分です……」
「だから言ったろ、普段からちゃんと引き締めとけって」
「シジュさん、そうじゃないです」
「常に準備万端なんだねぇ、シジュは」
珍しくツッコミを入れるミロクに成長を感じつつ、ヨイチは妙な感心の仕方をしている。そこにフミが着替えを持ってきたため、三人は着替えることにした。
ちなみに控え室には着替え専用の部屋があり、そこに忍び込もうとした猛者がいたらしい。しかし即、首根っこ掴まれて強制退場したという頭の痛い騒ぎがあったが、ミロク達に知られることはなかったが迷惑な人がいたものである。
着替えたオッサン三人と女子一人は、その足で隣の会場へ向かう。理由は至極単純で、ミロク達の知り合いが出演しているイベントだということが分かったからだ。
ミロクはいつものウニクロコーデ、今日はパーカーを羽織っている。ヨイチはカジュアルスーツに身を包み、シジュはTシャツとジーパンだ。そんなラフな格好でも彼らは目立ってしまっているが、幸いにも地下アイドル目当てのストイック?な人間が多く、彼らを注視する者は少ない。
「まさか、あの時の猫カフェの店員さんが、地下アイドル『ぬこたんず』のメンバーだったとは驚きですね」
「おう、デート企画のな。あの時は参ったぜ」
「シジュは子猫が苦手だからねぇ」
「あれはマジで恐怖だった……」
オッサン三人は、のほほんと話しながら『集え! 地下アイドル初夏の祭典! 〜モエモエキュンキュンにしちゃうぞ(はぁと)〜』の会場に入っていくと、中は異様な熱気に包まれていた。
「人が多いですね。ステージ周りが特に」
「フミ、関係者席っていけそう?」
「はい。こっちです」
事前にヨイチが指示を出したらしく、フミが人混みを避けて舞台の横にある場所に案内する。
(そういえば、こうやって誰かのステージをしっかり観るのは初めてかも)
ずっと引き篭もりだった上に、自分の出ないステージ以外を観る機会のなかったミロクは高揚感を覚えていた。そんな彼の様子を兄二人は微笑ましげに見ている。
「あ、あそこに伊藤さんがいますよ!」
「佐藤さんだよフミ。サイリウムをしっかりと持っているんだね」
「あの光っている色で、推している子が分かるみたいですよ」
「詳しいなミロク」
「さっき猫カフェのホームページをチェックしたんですよ」
佐藤はステージをしっかりと見据え、おもむろにサイリウムを持つ両手を上に掲げる。それを合図にするかのように、周りの『ぬこたんず』ファンであろう男性たちも同様のポーズをとる。
彼らの服装は上下とも黒に近い色のジャージだ。そこにサイリウムの光が浮かんでいるように見える。そんな彼らの登場に他のアイドルファン達はざわついている。
「おい、あれ『ぬこたんず』の打ってる奴らって……」
「マジか……ここで見れるのか……」
ざわつく中で、佐藤は足を大きく開いて腰を落としている。他のメンバーも同じように足を開き、彼らの周りに少し空間が空いている。
ミロク達はステージよりも佐藤達が気になっている。『ぬこたんず』のメンバーに申し訳なく思いつつも、視線は佐藤の綺麗な姿勢に釘付けだ。
ポップな可愛らしい音楽が流れると共に、サイリウムを振る佐藤達の動きは綺麗に揃い統制されている。
「すごいオタ芸ですね!」
「佐藤さんの動きは際立って美しいね」
「あいつスゲェな! 単調な動きでもアレはかなりキツい動きだろうに、しっかり最後まで腕が伸びている!」
黒のジャージに身を包んだ佐藤は、普段かけている黒縁のメガネは外されている。しっかりと腰を落とした状態で、体幹がブレない佐藤の動きを見ていたシジュは、大きな声で賞賛した。
「他のファンの人達がざわついていたのは、佐藤さん達がいるからなのか」
生き生きとサイリウムを振り、腹から声を出して地下アイドル『ぬこたんず』を応援する佐藤は、敵に向かっていく戦士のような表情だ。
「ナマで見たのは初めてですが、オタ芸ってすごいですね……」
「認識を変えないとね。佐藤さんは一体何者なのかな」
「あんなに動いて『ぬこたんず』が見えてんのか?」
「彼らはそれが応援だと思っていますからね。握手会とかでしっかり見るんじゃないんですか?」
キレッキレな動きでサイリウムを輝かせる彼らは、確かにアイドルの応援をしているのだろう。
ステージにいる猫耳のメイドの一人が、佐藤を見て嬉しそうに微笑むのを見たミロクは「自分たちの時も誰かやってくれないかなぁ」などと、取りとめのないことを考えるミロクだった。
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