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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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246/353

211、着物イベント開始と神獣。

 軽く食事をとったオッサンアイドル三人は、衣装を持ってきたフミの姿を見て立ち上がる。素早い動きでフミの持っている荷物を受け取り、笑顔で礼を言うミロクの王子パワーは今日も絶好調だ。


「チマ子はオッサンが片付けたし、衣装の確認しようぜー」


「片付けたとか、人聞きが悪いなぁ。僕はちょっとお話しただけじゃないか」


「そうですよシジュさん。ただの『O・HA・NA・SHI』ですよ」


「ミロク君、『お話』のイントネーションがおかしくないかい?」


「……何をやったんですか社長」


「僕は無実だよ!?」


 言い合う三人を見て、フミは原因であろう叔父を軽く睨む。冷や汗かいて無実を訴えるヨイチだが、離れた場所にいる志摩子からの熱い視線を感じると、気まずそうな表情でため息を吐いた。


「久しぶりにやっちゃいましたね。社長」


「はぁ……本当に普通に話しかけただけなんだけど」


 これまで社長としての顔が抜けきれていなかったヨイチだが、最近はアイドルとしての勘?を取り戻したのか、不意に見せる笑顔などが色気がありすぎてヤバイと如月事務所内でも評判だ。

 そんな美中年ヨイチは、珍しくその切れ長の目を潤ませながら「ミハチさんには内緒にしておいて」とフミに何度も念を押すのだった。







 暗くなった会場内には、着物を見に来た客だけではなく、『344(ミヨシ)』のファンもしっかり来ていた。公式ホームページには活動報告も載っているため、ファンは常々しっかりと確認しているのだろう。

 騒めく会場内は、腹に響くような「ドォン!」という和太鼓の一打で静まりかえる。

 そこにスポットライトで浮かび上がるのは、朱と黒に彩られた三つの番傘。開かれたそれがクルリと回され肩に置かれると、そこに見えるのは均整のとれた体躯の美丈夫が三人。

 真っ青な下地に裾から胸に向かって昇るように竜が刺繍された着物は、その厚い胸板をしっかりと覆っている。その切れ長の瞳をスッと流していくと、着物の妙齢の女性がかすかに悲鳴をあげてから熱い吐息をこぼす。

 燃えるような赤い生地に裾に向かい、羽根を広げる鳥が刺繍で描かれている着物を身にまとう男性。クセのある髪を後ろに乱暴にかきあげ、少し垂れた目を細めてニヤリと笑うその野生的な魅力は、なぜか子供連れの母子共々目をハートマークにさせている。

 最後に傘の下から見せたその顔は、その白い肌に薄っすら塗られた唇の紅が酷く艶めかしく見える。まばゆく光る白い生地には、太腿付近にゆったりと横たわる白い虎が刺繍されていた。彼のゆるくパーマのかかった黒髪は頭の高い位置で一つにまとめられ、その髪は背中あたりまで長く垂れている。


「あの子……ドラマに出てなかった?」


「え? ドラマの?」


「本物の弥太郎!?」


 ウィッグを着けたミロクの姿に、会場内あちらこちらでドラマの役名を呼ぶ声が聞こえてくる。そんな観客たちの視線を舞台に戻すかのように、彼らはもう一打鳴らされた和太鼓の音に合わせて傘を振り上げた。

 シジュの振り付けである『舞い』を、ミロクとヨイチは危うげなく踊る。抜群の安定感は、日々のトレーニングで体幹も鍛えられているからだろう。

 尺八とエレキギターの掛け合いが、ゆっくりとしたテンポで奏でられる。それに合わせ、着流しの三人は番傘を回しつつすり足で移動していく。

 それなりに重い番傘を、軽々と操る彼らの筋力に気づく客は少数だ。それでも派手な着物の柄に負けないほどの、見目好い男性の『舞い』は見事であり、観客は皆うっとりとした表情で彼らを見つめている。


「ハァッッッ!!」


 ゆったりとした雰囲気とは打って変わって、ひとつ掛け声が上がると共に和太鼓の早打ちが始まる。そこに艶やかな黒と赤の着物姿の女性が三人舞台に登場すると、三人の男性から番傘を受け取りそのまま担ぐように構える。

 和太鼓の早いリズムに、ギターとドラムが加わる。これまでのスローテンポとは違い、アップテンポになった曲のメロディーはそのままだ。

 有名なロボットボーカル曲である『炎天』は、和の曲調でありながらハードロックなリズムがよく似合う。最初は衣装の着物に合わせてスローテンポで演奏する予定だった『カンナカムイ』だったが、振り付け担当のシジュが「それじゃつまらないだろう」と原曲のテンポでも演奏するように指示をだしたのだ。

 テンポと共にミロクたちの動きも激しくなっていく。その合間にそれぞれが襟元を崩して手を出し、裾をたくし上げて見得を切ると会場がワッと盛り上がった。

 照明と衣装で暑いだろうに、そんな様子は一切見せることなく彼らは入れ替わり立ち替わり舞い続ける。崩した襟からチラリと見える熟した男性の色が香る胸元に、彼らを初めて知ったらしい女性客は免疫が無いためかフラフラを座り込んでしまっていた。

 ラストの決めポーズと和太鼓の一打が鳴り、踊り手と演奏者全員の迫力ある掛け声で曲は終わった。

 湧き上がる歓声と鳴り止まぬ拍手に、『カンナカムイ』のリーダー神無と『344(ミヨシ)』のヨイチは、笑顔でガッチリと握手を交わしたのだった。







「オッサン、この衣装にあるのは何の鳥だ?」


「何だろう……鳳凰かな?」


「それは朱雀ですよ。ヨイチさんのは青竜で、俺のは白虎です」


 『344』の出番は終わり、控え室に戻った三人はフミに渡されたおしぼりで軽く汗を拭く。この後に再度出番があるため、メイクはまだ落とせない。

 何気ないシジュの疑問……着物の柄についてあっさり答えるミロクにヨイチは驚く。


「ミロク君よく知っているね」


「そういやミロクの貸してくれたラノベにそういうのがあったな」


「四神獣ですね。アニメとか漫画の題材によくあるんで」


「四つあるの? そういえば京都とかにそういう神社とか門があるよね。 朱雀、青竜、白虎……あと一つはなんだっけ?」


「玄武ですよ。色は黒だと思いますけど」


「じゃあ、本当はこの衣装、四つ柄があるってことか?」


「その通りです。よく気づかれましたね」


 そこに現れたのは、微笑みを浮かべた着物がよく似合う、壮年の男性だった。






お読みいただき、ありがとうございます。

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