209、弥勒のモヤっとした気持ち。
オッサンアイドルの表紙が公開されました。
活動報告に画像を載せていますので、よろしければご確認くださいませ。
モデル仕事の撮影が終わり、フミからおしぼりと飲み物を受け取ったミロクは、珍しくため息を吐いて椅子に座る。そしてそんなミロクの様子を、敏腕マネージャーであるフミが見逃す訳がなかった。
「何かありましたか? ミロクさん」
「え? ああ、いや、平気だよ」
言葉とは裏腹に、明らかに何かある様子のミロク。そんな彼に向かって、フミは思いっきりしかめっ面をしてみせた。
「ダメですよミロクさん。私じゃ頼りにならないかもしれないですけど、タレントの心と体を守ることもマネージャーの仕事なんです。無理にとは言いませんが、話せるようなら話してください」
「もちろん頼りにしてるよ! ……でも、本当に相談するほどじゃないんだ」
悲しげに微笑むミロクは、無意識に周りをも巻き込んでいく。その憂いを秘めた表情は妙な色気と艶を帯びており、彼を見る多くの人は「なんとかしてやりたい!」と強く思うであろう。
そんな周りの様子に気づいたフミは、慌ててミロクに言う。
「ミロクさんっ! とりあえず二人でお茶でもしませんかっ!」
「ふへっ!?」
しょんぼり項垂れていたミロクは、フミの言葉に思わず変な声を出して顔を上げる。真剣な顔で「行きましょう!」と強く言う彼女に戸惑いつつ、ミロクはコクリと頷いた。
(こ、これは、フミちゃんからの、初めてのお誘い!?)
自分のダダ漏れているフェロモンのせいだとは露とも思わず、フミの誘いに顔を赤くするミロク。そんな彼の態度に首を傾げつつ、ミロクの荷物をまとめるフミだった。
スタジオを出た二人は、とりあえず目についたカフェテリアに入る。温かいカフェラテを二つ持ってきたフミは、未だ呆然としているミロクを見て、耐えきれずにクスクスと笑う。そんな彼女を恨めしげに見るミロク。
「なんで笑うのさ」
「だって、ミロクさん『鳩が豆鉄砲を食ったよう』って感じの顔しているから」
楽しげなフミはいつにも増して可愛らしく、思わずミロクは「天使……」と呟いてしまうが、幸か不幸か彼女の耳に届いてはいない。
「俺が鳩になったのは、フミちゃんのせいでしょ」
「え? 私ですか?」
「急に二人っきりになろうって誘うなんて。まぁ、積極的なフミちゃんもいいけどね」
「はぇ!? そ、そんな!! ち、ち、ちが、違いま、す!!」
「ふふ、動揺しすぎだから」
「もう! 私はマネージャーとして心配してるんですからね!」
からかうようなミロクの様子に、フミは抗議をしつつプクッと頬を膨らませる。彼女のポワポワな茶色の頭をなでなですると、膨らませていた頬はぷしゅーっとしぼんでいくのが面白い。さらに怒らせることになると思いつつも、ミロクはつい噴き出してしまう。
「ごめんごめん。心配してくれてありがとう、フミちゃん」
「……まぁ、元気になったならいいんです……けど……話してくれなくても……」
不満げにブツブツ言うフミを見て、ミロクは苦笑しつつ口を開く。
「本当に大したことはないんだ。今度のイベントで『カンナカムイ』と共演するでしょ? それがちょっとね」
「ちょっと、ですか?」
微妙な顔をするミロクにフミは首を傾げる。こんな表情をするミロクは初めてで、じっと見てくるフミの視線を受け止めきれず、彼は気まずげに視線を彷徨わせた。
「うん、ほら、シジュさんがさ、あの人たちに取られちゃったら嫌だなぁ……とか」
「取られる?」
「いや、べ、別に、シジュさんを信じていないとか、そういうんじゃないんだからね!?」
目尻を仄かに赤くしながら、早口で言い放ったミロクの言葉の意味を、フミは理解した瞬間にやけてしまう顔を止められなかった。笑ってはいけないと思えば思うほど、どんどん可笑しくなってしまう。
これじゃまるで兄に甘える弟のようではないかと、ひと回り以上年上の男性に対して可愛いと内心悶えるのはしょうがないだろうとフミは肩を震わせながら思っていた。
秘密にしてほしいと懇願するミロク。それが知らずにトドメを刺すことになり、とうとうフミは噴き出してしまうこととなった。
事務所に戻ったミロクとフミを見てヨイチは、いつになく妙な雰囲気の二人に片眉を上げたものの、会議室に来るよう指示をする。どうやら衣装が送られてきたとのことで、とりあえず確認してみようということになった。
「本当はシジュに早く見てほしいんだけどね。一応メールは送っているから、来るかもしれないよ……って、どうしたのミロク君?」
「いや、なんでも、ないです……」
なぜか赤くなるミロクに、ヨイチは心配するような目線をフミに送る。笑顔で大丈夫だと頷いてみせるマネージャーに、とりあえずヨイチは話を進めることにする。
「浴衣だけじゃなく、夏物としての着物も広めたいらしい。今回衣装は着流しをメインとするみたいだね」
「ダンサーは女性もいましたけど、浴衣ではなく着物なんですか?」
「浴衣とは生地が違うから、僕らの衣装と合わせる形になるよ」
「あの……不勉強ですみません。浴衣と着流しって生地の違いなんですか?」
申し訳なさそうに聞いてくるフミに、ヨイチは微笑む。
「僕もさっきネットで調べたんだけど、正装を着崩したものが着流しだよ。浴衣と違って長襦袢というインナーを身につけるのが主流だけど、書生さんみたいに中にシャツを着たりするのも一つの着崩しみたいだね」
「へぇ、格好良いですね」
「帽子とか襟巻きとか、普段使いの小物を合わせても楽しいみたいだから、調べていると一揃い欲しくなるよね」
「ヨイチさんなら絶対似合いますね!」
「ですね!」
普段から着物姿のヨイチとか、似合いすぎて違和感がなさそうだとミロクとフミはコクコクと頷く。息ぴったりな二人のリアクションに苦笑しつつ、衣装の入っているらしきダンボールを開けて中身を広げていく。
「うわ……」
「これは……」
「派手、ですね」
目に飛び込んでくる色は、金糸銀糸をふんだんに使った花や鳥などの鮮やかな模様。そしてベースの色は、目も覚めるような白、青、赤の三種類だ。
「なんて言うか、これは……」
「演歌歌手?」
「ですねぇ……」
三人は顔を見合わせ、衣装を前にどうしたものかとしばらく途方に暮れていた。
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