208、尾根江と与一社長のオハナシ。
バタバタしてて、更新遅くなってます。
頑張っておりますので、どうか、どうかご容赦を……
珍しく如月事務所に顔を出した、オッサンアイドル『344(ミヨシ)』プロデューサーである尾根江加茂は、フミの出した紅茶を上品に一口飲む。笑顔で礼を言う彼にフミはホッとした顔で笑みを浮かべると、ぺこりとお辞儀をして会議室から出ていく。
「あら、マネージャーちゃんはここにいてくれないのね」
「これからミロクがモデルの仕事なんで、付き添いなんですよ」
「野獣ホスト君は?」
「オフですよ」
「あら。会わせたくないのかしら?」
「ははは、まさかそんな、偶然ですよ偶然」
「イジワルなんだからぁ」
完璧なシャイニーズ・スマイルを浮かべて応対するヨイチに、尾根江はその大きな体をくねらせる。そんな彼を見ても笑顔を崩すことなく、ヨイチは書類を差し出し話を続ける。
「今度のイベントの企画名『着物DEパフォーマンス』では、『344』が和楽器ダンスチームの『カンナカムイ』と共演する。ここまでよろしいですか?」
「ええ、何かご不満かしら?」
「共演するだけ、ですよね」
「他に何があるのかしら?」
「……いえ、ただの確認です」
「そう。それならいいけど」
相変わらず目が痛くなるようなオレンジのスーツを着ている尾根江は、その外国人のような長い足を組み直す。
「楽しそうじゃない? 和楽器と着物とオッサンアイドルって……それにね?」
尾根江はサングラスの奥から、ヨイチをひたと見る。
「私は『344(ミヨシ)』を売りたいだけ。それだけよ」
彼の言葉に嘘はない。だからこそ厄介だとヨイチは考えている。
「お手柔らかに頼みます」
「うふん、期待してて!」
ウキウキと企画書を一枚ずつめくる尾根江の様子に、小さな事務所の苦労性な社長はため息を吐いた。
「着物でダンスといえば、能とか歌舞伎とかだよね!」
「ああん? 何言ってんだ?」
「それか神事で舞う人とか!」
「舞う人って何だよ」
「そんな感じで踊るっていうのはどうかな!」
「お前、それはざっくり過ぎるだろ。もう少し具体的に説明しろよ」
コイツもいい年なんだけどなと、シジュは大きなため息を吐く。
丸一日オフのシジュは走り込みをしていたところ、弾丸のように飛び込んできた小さな生き物に危うく押し倒されるところだった。そうならなかったのは、寸でのところで和太鼓で培った肉体を持つ『カンナカムイ』のリーダー神無が、その小さな生き物の首根っこをつかんでくれていたからだ。
言わずもがなその生き物とは、昔シジュのチームメンバーだった女性ダンサー、チマ子こと志摩子である。
イベントでのダンスの振り付けはシジュが担当するため、話が聞きたいと神無と志摩子と一緒に近くの喫茶店へ入ることになった。
志摩子の説明にウンザリした顔をするシジュを見て、神無が慌てて志摩子を止める。
「志摩子は黙ってて! すみませんシジュさん。ええと、ネットで配信されている有名な曲を提供してもらえたので、それを和楽器バージョンとして演奏します。テンポもゆっくりにしようと思っているんですけど、出来れば歌をお願いしたいなって思っていいまして」
「歌はオッサンとミロクの許可が出ればいけると思うが、スローテンポの曲に、着物でダンス……」
「難しいですかね?」
「いや、着物のイベントだから、しっかり衣装を『見せる』にはいいだろう。ただなぁ、衣装が決まらねぇと振り付けもどうするか決められねぇからなぁ」
「ですよね。動きやすい衣装とは限らないですよね」
「え? そうなの?」
「志摩子、事前に俺が説明しただろ」
「え、えへへ」
じっとりと志摩子を見る神無に同情した視線を送るシジュだったが、ふと疑問を口にする。
「そういやお前ら、地方で公演してたって話を聞いたけど、帰ってくんの早くねぇか?」
「この後すぐに別の場所に向かうんです。偶然とはいえ、お会いできて良かったです。ちゃんと顔を合わせて打ち合わせ出来ないとか、申し訳なかったので……」
この『カンナカムイ』のリーダーは、かなり常識のある好青年だ。志摩子の無茶に振り回されている感じはあるものの、感情にまかせて怒るわけではなく、冷静にしっかりと他者を叱ることができる人間というのは少ない。色々な意味で貴重な人材だ。
「お前の気持ちは分かった。『カンナカムイ』のリーダーは今時いないタイプの若者だな。義や礼がしっかりしてる。……志摩子のいるチームにしては」
「最後の一言は余計でしょ!」
「静かに志摩子。これ以上言うなら……」
「うひぃっ、ごめんなさいごめんなさい!」
神無のひと睨みで大人しくなった志摩子を、シジュは驚いたように目を見開く。そんな彼を見て苦笑した神無は、シジュとメールアドレスの交換をする。
「少しでもお会いできて良かったです。後でデータを送りますね」
「おう。俺も衣装の確認しとくわ」
そう言うと、神無は志摩子の首根っこ掴んで喫茶店を出て行った。
なんだかんだあの二人はお似合いなのかと、神無が聞いたら泣いて否定しそうな事を考えるシジュ。今日は一日のんびり過ごす予定だったが、そうはうまくいかないものだとスマホの画面を眺める。
送られてきたデータは動画だった。
汗だくで和太鼓を打つ、その美しい動作に魅せられるシジュ。
「こりゃ、負けてられねぇな」
そう言いながらどこか余裕のある笑みを浮かべるシジュは、すっかり冷めてしまったコーヒーを手に取るのだった。
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