207、着物イベントの打ち合わせに行く三人。
色とりどりの反物と、たくさんのマネキンに着せてある浴衣の数々に、言葉もなくただミロクは見惚れていた。
もちろん、そんなミロクを周りは注目しているのだが、さりげなくヨイチとシジュが視界を遮るように立った。見惚れている理由は明確で、「浴衣を着ているフミ」でも妄想しているのだろう。
「おーい、ミロク、帰ってこーい」
「はっ、シジュさん。俺、りんご飴を買ってあげるところだったんですけど」
「だいぶ入り込んでいたねミロク君。花火が始まる前に帰ってきてくれて良かったよ」
「浴衣、いいですね。ああ、フミちゃんに着せたい……」
「あの、よろしいでしょうか……」
オッサン三人のやり取りを、呆気に取られたように見ていた呉服店の男性店員だったが、我に返ってそっと間に入ってきた。ヨイチが苦笑して頭を下げる。
「すみません。綺麗な反物と浴衣にはしゃいでしまって……」
「いえ、着物に対して良い印象を持っていただけているのであれば、とても嬉しいです。せっかく着られるのなら、喜んでいただきたいので」
細身の男性は、柔らかな笑顔をヨイチに返す。その様子にホッとしつつ、ヨイチは改めて様々な反物が置いてある場所に目を向けた。
オッサンアイドル三人は今日『夏の着物イベント』を主催する老舗呉服店に、打ち合わせという名目で来ていた。都心の百貨店にあるその呉服店到着するなり、イベント担当者の男性が彼らを出迎えた。そして場を整えるいうことで、待っている間に店内を見て回っていたのだ。
ちなみにフミは事務所でお留守番だ。役所の人が来るらしく、社長の代理として対応するらしい。
「和の小物も可愛いですね」
「これは最近若いアーティストさんがデザインした人気の商品なんですよ。お値段もお手頃で、ちょっとした贈り物として買われるお客様が多いですね」
「へぇ、いいですね」
目をキラキラさせて素直に感心しているミロクに、男性店員は少し頬を赤くしながらも説明を続ける。その後ろをゆっくりとヨイチとシジュがついて行く。
気がつくと呉服店の周りに人が集まって来ていた。中には『344(ミヨシ)』のことを知っている人もおり、呼び声に対してミロク達は手を振って応えていると、奥からイベントの担当者が慌てて出てきた。
「す、すみません! 奥の部屋にどうぞ!」
「慌てなくても大丈夫ですよ」
恐縮する担当者にヨイチは微笑む。ミロクが「ごめんね。またね」と手を振ると、かすかに悲鳴が上がったりもしたが、店の周りに集まった人達は比較的静かに散っていった。
「すごいですね。アイドルのカリスマとでも言いますか……」
「いや、僕達が何かした訳じゃないですよ。集まった人達が皆さん常識ある良い方達ってことだと思います」
微笑みを崩すことなくヨイチは担当者に言うが、普通はここまでスムーズに事が進まないだろう。普段からオッサン達は、声をかけてくれるファン達に、常に真摯な態度をとるよう心がけている。そんな彼らに応えねばと、ファン達は迷惑行為などをしないように気をつけている。全員とは言えないが、オッサン達はファンに恵まれているということは確かだ。
「こちらの部屋にどうぞ」
この百貨店には高額商品を購入する客や、お得意様用に部屋がいくつか用意されている。そのひとつに案内されたのだが、思った以上に沈むソファに座ったミロクが「ふぉっ」と声を上げているのを見て、シジュが肩を震わせている。
落ち着きのないオッサン二人を放っといて、ヨイチが社長の顔で打ち合わせに入った。
「それで、今回のイベントでは和楽器を使うダンスチームの『カンナカムイ』と一緒に、僕達が着物を着てパフォーマンスをするということでよろしかったですか?」
「そうです。プロデューサーの尾根江さんから最初聞いた時は、一体どういう事だと混乱したのですが……先月の『祭り』の動画を視聴したところ、ぜひともお願いしたくなりました」
「動画、というと……」
「あの女性ダンサーを抱き上げて踊ってましたよね。ジャージを着ているのが裏方といった感じでしたが、せっかくなら和装をすればいいのにって思いました」
「アレですか。ダンサーの女性が怪我をしていたので、うちのミロクが飛び出しちゃったんですよ。怒られるかと思いましたが、幸いお咎めなしで何よりでした」
「そうだったんですか。でも、それなら今回はしっかりと和装でパフォーマンスしていただけますね。楽しみです」
「はは、全力で頑張ります」
そんなやり取りする二人を黙って見ていたミロクだが、ふと口を開く。
「その『カンナカムイ』のメンバーは、一緒に打ち合わせにしないんですか?」
「地方公演があるようで、イベントの少し前に戻ってくる予定のようです。メールで衣装などのやり取りはしているので、たぶん大丈夫だと思うのですが……あくまでも着物を見ていただくというのが第一なので、激しい動きは避けてくださいというのは伝えてあります」
「衣装は良くても、俺らとのやり取りはどーすんだ?」
「曲ができたらリーダーの神無君がデータを送ってくれるそうだよ。振り付けはシジュにやってもらいたいって」
「マジかー。まぁいいけど、結構時間が迫ってんな」
ヨイチとやり取りしながらシジュは小さくため息を吐くが、担当者の心配そうな顔を見てニカッと笑う。
「大丈夫っすよ。俺こういうの得意なんで」
「そうですか! 頼りにしてます!」
シジュの笑顔で担当者も笑顔になる。それを見てヨイチはいくつかやり取りをすると、最後に握手をして打ち合わせは終了となった。
「悪かったな。打ち合わせで相手を不安にさせるようなこと言っちまって」
「僕がフォローする前に解決させていたのは、さすがシジュだよね」
「俺もソファにはしゃいですみません……」
「ふふ、でもあのソファは柔らかくてビックリしたよね」
「ミロクは和小物買ってたから、客だし大丈夫だろ。誰にやるんだか知らねーけど、ずいぶん可愛いの買ってたなぁ」
「な、なんで知ってるんですか! こっそり買ったのに……」
「やっぱり買ってたか。ぷぷっ」
「あ!! シジュさんひどい!! いじわる次兄!!」
「僕も買えば良かったかなぁ」
「「爆ぜろリア充」」
「ひどいな!!」
楽しげに会話するオッサン達。仕事を重ねるごとに三人の絆は強まっていく。そんな彼らに向かって、何かを感じさせるように一陣の風が吹いた。
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