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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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207、着物イベントの打ち合わせに行く三人。

 色とりどりの反物と、たくさんのマネキンに着せてある浴衣の数々に、言葉もなくただミロクは見惚れていた。

 もちろん、そんなミロクを周りは注目しているのだが、さりげなくヨイチとシジュが視界を遮るように立った。見惚れている理由は明確で、「浴衣を着ているフミ」でも妄想しているのだろう。


「おーい、ミロク、帰ってこーい」


「はっ、シジュさん。俺、りんご飴を買ってあげるところだったんですけど」


「だいぶ入り込んでいたねミロク君。花火が始まる前に帰ってきてくれて良かったよ」


「浴衣、いいですね。ああ、フミちゃんに着せたい……」


「あの、よろしいでしょうか……」


 オッサン三人のやり取りを、呆気に取られたように見ていた呉服店の男性店員だったが、我に返ってそっと間に入ってきた。ヨイチが苦笑して頭を下げる。


「すみません。綺麗な反物と浴衣にはしゃいでしまって……」


「いえ、着物に対して良い印象を持っていただけているのであれば、とても嬉しいです。せっかく着られるのなら、喜んでいただきたいので」


 細身の男性は、柔らかな笑顔をヨイチに返す。その様子にホッとしつつ、ヨイチは改めて様々な反物が置いてある場所に目を向けた。

 オッサンアイドル三人は今日『夏の着物イベント』を主催する老舗呉服店に、打ち合わせという名目で来ていた。都心の百貨店にあるその呉服店到着するなり、イベント担当者の男性が彼らを出迎えた。そして場を整えるいうことで、待っている間に店内を見て回っていたのだ。

 ちなみにフミは事務所でお留守番だ。役所の人が来るらしく、社長の代理として対応するらしい。


「和の小物も可愛いですね」


「これは最近若いアーティストさんがデザインした人気の商品なんですよ。お値段もお手頃で、ちょっとした贈り物として買われるお客様が多いですね」


「へぇ、いいですね」


 目をキラキラさせて素直に感心しているミロクに、男性店員は少し頬を赤くしながらも説明を続ける。その後ろをゆっくりとヨイチとシジュがついて行く。

 気がつくと呉服店の周りに人が集まって来ていた。中には『344(ミヨシ)』のことを知っている人もおり、呼び声に対してミロク達は手を振って応えていると、奥からイベントの担当者が慌てて出てきた。


「す、すみません! 奥の部屋にどうぞ!」


「慌てなくても大丈夫ですよ」


 恐縮する担当者にヨイチは微笑む。ミロクが「ごめんね。またね」と手を振ると、かすかに悲鳴が上がったりもしたが、店の周りに集まった人達は比較的静かに散っていった。


「すごいですね。アイドルのカリスマとでも言いますか……」


「いや、僕達が何かした訳じゃないですよ。集まった人達が皆さん常識ある良い方達ってことだと思います」


 微笑みを崩すことなくヨイチは担当者に言うが、普通はここまでスムーズに事が進まないだろう。普段からオッサン達は、声をかけてくれるファン達に、常に真摯な態度をとるよう心がけている。そんな彼らに応えねばと、ファン達は迷惑行為などをしないように気をつけている。全員とは言えないが、オッサン達はファンに恵まれているということは確かだ。


「こちらの部屋にどうぞ」


 この百貨店には高額商品を購入する客や、お得意様用に部屋がいくつか用意されている。そのひとつに案内されたのだが、思った以上に沈むソファに座ったミロクが「ふぉっ」と声を上げているのを見て、シジュが肩を震わせている。

 落ち着きのないオッサン二人を放っといて、ヨイチが社長の顔で打ち合わせに入った。


「それで、今回のイベントでは和楽器を使うダンスチームの『カンナカムイ』と一緒に、僕達が着物を着てパフォーマンスをするということでよろしかったですか?」


「そうです。プロデューサーの尾根江さんから最初聞いた時は、一体どういう事だと混乱したのですが……先月の『祭り』の動画を視聴したところ、ぜひともお願いしたくなりました」


「動画、というと……」


「あの女性ダンサーを抱き上げて踊ってましたよね。ジャージを着ているのが裏方といった感じでしたが、せっかくなら和装をすればいいのにって思いました」


「アレですか。ダンサーの女性が怪我をしていたので、うちのミロクが飛び出しちゃったんですよ。怒られるかと思いましたが、幸いお咎めなしで何よりでした」


「そうだったんですか。でも、それなら今回はしっかりと和装でパフォーマンスしていただけますね。楽しみです」


「はは、全力で頑張ります」


 そんなやり取りする二人を黙って見ていたミロクだが、ふと口を開く。


「その『カンナカムイ』のメンバーは、一緒に打ち合わせにしないんですか?」


「地方公演があるようで、イベントの少し前に戻ってくる予定のようです。メールで衣装などのやり取りはしているので、たぶん大丈夫だと思うのですが……あくまでも着物を見ていただくというのが第一なので、激しい動きは避けてくださいというのは伝えてあります」


「衣装は良くても、俺らとのやり取りはどーすんだ?」


「曲ができたらリーダーの神無君がデータを送ってくれるそうだよ。振り付けはシジュにやってもらいたいって」


「マジかー。まぁいいけど、結構時間が迫ってんな」


 ヨイチとやり取りしながらシジュは小さくため息を吐くが、担当者の心配そうな顔を見てニカッと笑う。


「大丈夫っすよ。俺こういうの得意なんで」


「そうですか! 頼りにしてます!」


 シジュの笑顔で担当者も笑顔になる。それを見てヨイチはいくつかやり取りをすると、最後に握手をして打ち合わせは終了となった。







「悪かったな。打ち合わせで相手を不安にさせるようなこと言っちまって」


「僕がフォローする前に解決させていたのは、さすがシジュだよね」


「俺もソファにはしゃいですみません……」


「ふふ、でもあのソファは柔らかくてビックリしたよね」


「ミロクは和小物買ってたから、客だし大丈夫だろ。誰にやるんだか知らねーけど、ずいぶん可愛いの買ってたなぁ」


「な、なんで知ってるんですか! こっそり買ったのに……」


「やっぱり買ってたか。ぷぷっ」


「あ!! シジュさんひどい!! いじわる次兄!!」


「僕も買えば良かったかなぁ」


「「爆ぜろリア充」」


「ひどいな!!」


 楽しげに会話するオッサン達。仕事を重ねるごとに三人の絆は強まっていく。そんな彼らに向かって、何かを感じさせるように一陣の風が吹いた。




お読みいただき、ありがとうございます!

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