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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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204、白服と黒服。

「あれ? 君って、うちの事務所にいなかったっけ?」


 金髪に白のスーツを着ている青年に向かって言葉を発したのは、シジュではなくヨイチであった。


「なんだ、知り合いかよオッサン」


「いやいや待って、それは僕のセリフだからね?」


「え? この人はシジュさんの知り合いで、ヨイチさんの事務所の人だった?」


「モデルとして所属していたんだけど、実家に戻らなきゃいけないとかで辞めたはず、なんだけどね」


 青年はミロクに負けず劣らず白いその肌を、みるみる赤くさせて震えている。恥ずかしさか怒りか、俯く彼の表情は見えない。シジュはそんな彼の様子を気にすることなく話し出す。


「てゆか、俺コイツ知らないんだけど」


「え?」


「え?」


「えええええ!?」


 ミロクとヨイチが驚く後ろで、一番大きな声を上げる彼は涙目だ。しっかりセットされた金髪に青い瞳、白い肌は欧米の人種を思い起こさせる。それなりに整った彼の風貌をじっくり見るシジュであったが、やはりこの青年を思い出せないようだった。


「それに、俺が勤めてた店はここじゃねーし、おかえりって言われてもなぁ」


「憶えて……ない……だと……」


 がくりと膝をつく青年にミロクは少し同情する。そんな彼に構うことなく、シジュは店の中へと入ってしまう。


「おーい! サムー出てこーい!」


「シジュ、お前なぁ……客なら客らしく、ちゃんと手順を踏んでから入ってこいよ。それに俺はサムじゃなくて寒川な」


「お前だって、それ客相手の口調じゃねーだろ」


「はいはいお客様、失礼いたしました。初めまして寒川と申します」


 奥から出てきたのは、カジノのディーラーのような服装をした中性的な雰囲気の男性だ。寒川と名乗るその男性は、ミロクの前に来ると優雅に一礼する。


「本日のご来店、誠にありがとうございます。ご予約のお席にご案内いたします」


「は、はい!」


「ミロク君、緊張しなくても大丈夫だよ」


「黒服に会えるって楽しみにしてたもんな。ミロクは」


「黒服に……? ホストではない自分に会っても楽しくないですよ。お客様」


 そう言って苦笑する寒川に、ミロクは首をブンブンと横に振る。


「そんなことないです! サム……じゃない、寒川さんはすごく格好良いです!」


 興奮しているせいか、頬をすこしピンクに染めてキラキラした目で言うミロクを見て、寒川は少し驚いたように片眉を上げる。


「これは……良いものを持ってらっしゃる方ですね」


「やらねーぞ」


「それは残念」


 本気ではないように肩をすくめるサムだったが、内心「欲しい」と思ったのは仕方のないことだろう。ミロクのその整った容姿と甘く香るフェロモンは、ホストになれば確実にトップに立てるある種「才能」である。


「やらねーけど、今日はちょっとだけミロクを実地で教育してくれねーか? 客は知り合いが来るし、いいだろ?」


「奥を貸し切りにしてるから、やれないことはないけど……シジュがやれば?」


「俺は今日、こっちのオッサンと一緒に王子の護衛だから」


「王子はともかく、護衛って?」


「そのうち分かるって。なぁ、オッサン」


「シジュ、僕のことをいい加減オッサンじゃなくて、せめて名前で……」


「あ、オッサンはボタンもう一個あけとけよー」


「……もういいよ」


 ガックリと肩を落とすヨイチの横で、ミロクは一人テンパっている。自分がホストをやるとは聞いていないし、客も来ると言うではないか。


「シジュさん! こんなことをやるって聞いてないですよ! 帰……」


 帰りましょうという言葉を飲み込んだミロクの目に入ったもの。それは、ふんわりとしたパステルピンクのシフォンワンピースを胸の下でキュッとしぼり、膝上までのレースの靴下にエナメルのヒールを合わせた、暴力的な愛らしさをまき散らすフミの姿だった。

 後ろでニヤニヤと笑っているのは、ミロクの妹のニナである。どうやら彼女の見立てでフミを着飾ったらしい。「妹よグッジョブ!!」と目で伝えるミロクに、ニナは力強くサムズアップしてみせた。

 着飾った格好を恥ずかしがるフミを愛でるミロクに、してやったりといった顔でシジュは言う。


「キャバクラにいくことも考えたけどよ、黒服に興味あったみたいだからサムに会うためにホストクラブになっちまった。でもここならマネージャーも楽しめるだろ? もちろんお前も」


「はい! シジュさんには感謝です!」


「女子二人は俺とオッサンが相手しとくから、まずはサムから話を聞いておけー」


「りょ、了解」


 まだ開店して間もないせいか他の客は来ていない。なので特に周りを気にすることなく、寒川はミロクにホストとしての接客方法を説明していくと、ミロクはすぐさま吸収していった。驚くべき集中力である。

 ミロクが集中した理由として、最初にホストの心構えについて言われた言葉があった。


「女性のお客様は、皆お姫様……フミちゃんにピッタリです!!」


「お姫様扱いされて喜ばない女性はいません。ミロクさんは王子様といった感じですから、お姫様と王子様ならお似合いのお二人ですね」


 そう言って微笑む寒川に、ミロクは照れたような笑顔を浮かべる。フミとニナは、ミロクとは少し離れたテーブルでヨイチとシジュの接客?を受けている。

 フミは楽しそうだが、ニナはなぜか微妙な顔をしている。


「あれはいけませんね。シジュは腕がなまったのでしょうか?」


「ニナは基本男嫌いなので、あれが普通だと思うんですけど……」


 そう言いながらも、ミロクはなぜニナが男嫌いなのかを知らない。そして今、ヨイチには普通に会話するのに、シジュには眉間にシワを寄せている。いけない、シワになるぞニナ……と、ミロクは心の中で思う。


「そうですね。お姫様扱いも良いかとは思いますが……。ホストの語源は『ホスピタリティー』です。求められたことを与える『もてなす心』が必要なんですよ。……ああ、もう大丈夫ですね」


 話している寒川の視線を辿っていくと、シジュに何かを言われて笑顔を浮かべるニナがいた。


「どうやらまだまだ現役ホストをこなせそうですね。シジュは」


「あげませんよ」


「それは残念」


 半分冗談、しかし半分は本気に言う寒川に向かって、ミロクは油断も隙もないと軽く睨んでみせる。少し潤んだその瞳で睨んでみせても、彼の魅力に妖しげな何かを上乗せしただけだった。

 そんな彼のフェロモン攻撃をうっかり間近で受けてしまい、一瞬意識を飛ばした寒川は、我に返ると早々に講習を終わらせたのは賢明な処置だったと思われる。さすがトップクラスの黒服だ。


 ちなみに可哀想な白いスーツの青年は、服と同じくらい真っ白に燃え尽きた状態になっているため、裏に連れていかれてしまった。

 心配するミロクに、寒川は氷点下の笑顔で「お客様に心配されるなんて、最低なホストですね」と一刀両断し、他のホストたちを震え上がらせたのであった。





 

お読みいただき、ありがとうございます。


なぜか夜の街編が長くなってしまった……

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