202、役所の人と、弥勒の好奇心。
お待たせしてすみません。
翌日、事務所にて空き時間を確認したシジュは、問答無用でミロクをスポーツジムへと連行していった。そんな鬼教官シジュと涙目のミロクを笑顔で見送ったヨイチは、書類に目を落とすとフミに問いかける。
「今から区役所に行く時間はありそうかな」
「少し待ってください。確か……大丈夫です。何かありましたか?」
スケジュール帳を見直すフミの答えに、ヨイチはホッと息を吐いて書類を手早くまとめていく。
「郵送しようとして、うっかり忘れていたのがあったんだけど、直接持って行った方が早いと思ってね」
「分かりました。書類を渡すだけですか?」
「一応担当の佐藤さんに内容を確認してもらうから、少し時間がかかるかな」
「佐藤さんですね、分かりました。予定としては十六時から尾根江プロデューサーとの打ち合わせですが……」
「ああ、大丈夫だよ。着物イベントの契約書の確認だろうね」
再び息を吐き、打ち合わせ前に早くもネクタイを緩めてしまうヨイチを、フミは心配そうな顔で見る。
「疲れているの? 叔父さん」
「いや、ああ、ちょっと疲れているのかもね。打ち合わせは早く終わらせて、今日は早くあがるよ」
ヨイチが疲れている理由は体力的な事ではなく、明らかに精神的な問題だ。彼の恋人であるミハチとは、ここ一ヶ月ほど会えていない。
これまでは短い時間だけでもと、ヨイチはミハチと会う時間を作るようにしていた。しかし、オッサンアイドルの三人は、デビューから着々と人気を得てきている。社長業とアイドル業の二足のわらじをはくヨイチには、とにかく時間が足りなかった。
「了解です。社長決裁が必要な書類は明日に回しておきますね」
姪から再びマネージャーへと戻ったフミは、新規に入った予定を明日に回すようにスケジュール帳にしっかり書き込んでおく。フミはアイドルのメンタル管理も、マネージャーとして必要だろうと考えている。
書類の準備をするヨイチに、フミは「そういえば」と聞く。
「その提出書類はなんなんですか?」
「町内会のイベント関係だよ」
「ご近所付き合いも大変ですね」
「かなり重要な存在だからね。ご近所の方々と良い付き合いをしていて損はないよ」
そう言って切れ長の目を細め、魅力的な笑顔をみせるヨイチ。ミロクほどフェロモンをダダ漏れにさせないまでも、それなりの色気を身内にまで発する叔父に対して「相変わらず心臓に悪いなぁ」と思うフミであった。
その男性をどこかで見かけたような気がしていたミロクは、彼の名前を思い出せずにモヤモヤしながら筋トレに励んでいた。
思い出せそうで思い出せない何ともいえない感覚に、唸りながらも懸命に筋トレをするミロクの様子を、周囲の人間は微笑ましげに見ている。きついトレーニングも一生懸命に取り組み、鬼教官のシジュに必死に食らいついていく。そんな健気さを持つミロクに対しての、スポーツジム内での評価も非常に高かった。
「どうしたミロク?」
「あー、思い、出せないん、ですよー」
ミロクにはキツい筋トレを指示し、自分はマットの上で柔軟運動をしていたシジュは、彼の視線を追っていく。
「男? お前、男に興味があるのか?」
「誤解、されるような、こと、言わないで、ください、よっ!!」
ラスト一回を気合入れて持ち上げたマシーンのレバーを、そのまま落とさずにゆっくりと降ろしていく。パンプアップで一番キツいのは持ち上げる時よりも下ろす時であり、しかもそれをゆっくりと行うのはかなり苦しい。もちろんこれは無理しない重量でやるトレーニング方法である。
「ん? あいつ、どっかで見た事があるぞ。良い体してんなって思ったから憶えてる」
「なんか、シジュさんがそういうと変な風に聞こえますね」
「おい、どういう意味だよ」
「あ!! 思い出しました!!」
「お前な、誤魔化そうったってそうはいかねぇからな?」
「違いますよ。ほら、市役所の人ですよ」
「ああ、そういやそうだな。商店街のイベントとかでも会った気がする。あーっと、田中だっけ?」
「シジュさん適当に言いましたね? 加藤さんですよ。加藤さん」
「……佐藤ですが」
突然声をかけられ、思わず揃って体を固まらせたミロクとシジュが恐る恐る振り返ると、無表情のまま立っているスーツ姿の男性が二人の後ろにいた。手に持っている紙の束は、この地区で行われるイベントのチラシのようだ。
「す、すいません! 佐藤さん!」
「いえ、よくある名字なのでお気になさらず。では失礼します」
謝るミロクに向かって佐藤は斜め四十五度できっちりとお辞儀をすると、そのままジムのスタッフの元に行き、手に持つチラシを渡している。
「あー、びっくりしました。全然気付きませんでしたよ。あの人、気配遮断スキルとか持っているんですかね」
「んなわけあるか。でもまぁ、そういう感じはするな」
「え? そうなんですか? 冗談で言ったんですけど」
ラノベに出てくるような用語を出していたミロクは、それに乗ってきたシジュの真面目な様子に驚く。
「ホスト時代に、ああいう雰囲気の黒服がいたからな。歩き方から重心の取り方、やや右肩下がりだったりとか」
「おお、なんか格好良いですね! ところで黒服ってなんですか?」
「水商売の店で働くウエイターみたいなもんだ。雑務が多いな。客相手じゃなくホストやキャバ嬢の世話をしたりもする。……おいおい、黒服見たさにそういう店に行くなよ?」
「えー、黒服の人を見てみたいです」
目をキラキラさせて上目遣いで見てくるミロクに、とりあえず釘を刺すも「そういう店にミロクを連れて行くのも面白そうだな」と良からぬことを考えるシジュ。
きっとミロクは「そういう店」の経験はないだろう。連れて行ってやりたいが、ヨイチに何を言われるか分からない。オッサンとはいえアイドルとして活動するからには難しいだろうと、シジュは釘を刺されてションボリするミロクの頭をワシャワシャ撫でてやる。
「わーったよ。ダメ元でヨイチのオッサンに聞いてやる。そんときゃ知り合いの黒服を紹介してやるよ」
「やった! ありがとうございます!」
パッと花咲くような笑顔を見せるミロクに、今度は少し乱暴にワシャワシャと頭を撫でくり回すシジュだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
活動報告でもお知らせしましたが、オッサンアイドルのキャラ設定画が公開されています。
http://www.pashplus.jp/blog/pash_books/50398/?body_dsp=1
榊原瑞紀先生のオッサン美麗イラスト、是非ともご確認くださいませ。
そして、これはまだ序の口です。まだまだオッサン無双は続きます。
よろしくお願いします。




