199、舞台終了後に来た志摩子のこと。
汗だくで控え室に戻ったオッサン三人は、顔を真っ赤にして世話をしているフミのおかげで、衣装からカジュアルな服装に着替えてなんとか人心地がついた。それでもグッタリと椅子に座り込んで動けないほどの疲れを感じているのは、彼らにとって今回が初めての体験だった。
ペットボトルのスポーツドリンクを一気に半分まで飲み、大きく息を吐いたシジュは口を開く。
「ああー。こんなんじゃ、まだまだだなぁー」
「そうだね。やっぱり体力不足はネックになるよね」
「俺が足引っ張ってますよね。すみません」
ヨイチの言葉にミロクは机に突っ伏したまま謝っている。そんな状態の彼の頭を、ヨイチは苦笑してワシワシと撫でてやる。
「ミロク君のは、もう体力無いキャラで良いんじゃない?」
「だな。末っ子おじいちゃんキャラだな」
「そんなのイヤですー。定着はやめてくださいー」
動けないままでもしっかりと言いたい事を言うミロクに、兄二人はクスクス笑い、フミは未だ彼の赤みの引かない顔に冷たいおしぼりを当ててあげていた。
するとドアをノックする音とスタッフらしき声が聞こえ、フミが持っているおしぼりを置いて対応に出るのを、名残惜しげにミロクが見送る。
「社長、先ほどの『カンナカムイ』の方がお礼を言いたいと」
「さっきの……そうだね。シジュは大丈夫かい?」
「ああ。かまわねぇよ」
シジュは複雑な思いもあるだろうが、わざわざ礼を言いに来てくれた相手を追い返すのもよろしくない。フミに促されて入って来たのは志摩子一人で、他のメンバーは今回は遠慮したとのことだった。
先ほどの和装から着替えたらしく、今の彼女は清潔感のあるシャツとジーンズ姿だ。その短い髪は汗をかいたせいか、まだ少し濡れている。痛めた足はそこまでひどくないらしく、少し引きずるように歩いて部屋の中にある空いている椅子をフミにすすめられると、彼女は礼を言って腰をかけた。
「皆さん、さっきはありがとうございました。ええと、私ネットもテレビもほとんど見ないから、今日初めて知ったんだけど……ねぇ、シジュ」
「……おう」
「まだダンス続けていたんだ?」
「復帰したのは数ヶ月前だけどな」
「え!? 数ヶ月でここに出れたの!?」
「色々あんだよ」
矢継ぎ早に質問してくる志摩子に対して、面倒くさそうに答えるシジュ。そんな二人をヨイチとミロクとフミは興味津々で見ている。その視線を特に気にすることもなく、志摩子は座ったままぺこりとお辞儀をした。
「ありがとうございます! が、先だったね。とりあえず今回は礼を言っておきます。ええと、メンバーさん達もありがとうございました」
「いや、こちらこそ乱入する形になっちゃって、申し訳なかったね」
「……どの道、私たちだけだったら、最後までは舞台に出れていなかったです」
悔しそうな表情を隠しもせずに、ただ言葉を紡ぐ志摩子にシジュは近づき、彼女の頭にポンポンと手を置いた。
「悪いな。邪魔して」
「いいよ。私の練習不足だったからさ」
「お前の練習量で不足なら、世界中の人間が怠慢だってことになるからやめとけ」
「シジュ先輩は、相変わらずだなぁ」
優しく微笑むシジュに、志摩子は少し頬を染めつつ小さく「ありがとう」と言うのだった。
控え室から出て行く志摩子に、送った方が良いだろうとフミがついて行く。オッサン三人の体力回復にはまだ時間がかかるだろうから、ついでに飲み物を買っていこうとフミは考えていると、隣を歩く志摩子が口を開いた。
「ねぇ、ええと如月フミちゃんだっけ?」
「はい。フミで良いですよ」
「じゃあ、フミちゃん、君は彼らのマネージャーなのかな?」
「そうですけど……?」
先ほどとは雰囲気の違う志摩子の様子にフミは首を傾げながら問う。少し引きずっている足を止めた志摩子は、フミに対して真っ直ぐな視線を向けた。
「ねぇ、あのミロクって子、うちに貰えないかな?」
「はい?」
そのあまりにもアッサリとした物言いに、フミは一瞬何を言われたのか分からなかった。まるで彼女が持っているお菓子をちょっとちょうだいとでも言うように、志摩子はとんでもない発言をしたのだ。
言葉の意味を理解するのに少し時間はかかったものの、フミの頬はどんどん紅潮して行く。
「あの、志摩子さん! あなたは自分が何を言っているのか、分かっていますか!?」
「分かっているつもりだよ。だって一緒の舞台に立ったんだもの。それだけで充分でしょ」
「だとしても!!」
「だとしてもそう簡単に言う事じゃないって? 私はそうは思わない。才能のある子を欲しいと思って何が悪いの? それにこれを決めるのは本人でしょ?」
「それは、そうですが、あと事務所や社長にも……」
「マネージャーなら伝えるくらいは出来るでしょ?」
「……」
フミは何か言い返そうとするも、何も言えずに項垂れた。そんな彼女の様子に志摩子は頭をぽりぽりとかく。
「えーと、ごめん。落ち込ませるつもりじゃなかったんだけど……。私ってどうも言葉がキツいみたいでさ、仲間からもよく怒られているんだよね」
「……」
「ええと、とにかくさ、考えておいてほしいんだよ。これは『カンナカムイ』の総意だからさ」
困ったように微笑む志摩子は、俯いたままのフミに話しかけるも彼女の反応はなく、仕方ないと再び歩こうとして目の前にある大きな何かにぶつかる。
「んぶっ」
「なーにやらかしてんだ。チマ子」
よろける志摩子の腕を取り、転ばないように支えたのはシジュだった。いつの間にここにいたのかと驚く志摩子の額にシジュはデコピンをかましつつ、心配そうな顔を向けるフミにはニヤリと笑ってみせた。その不敵な笑みにフミは肩の力を抜く。
「やらかしてないよ! 才能ある子をヘッドハンティングだよ!」
「お前、ヘッドハンティングの意味を分かって言ってるのか?」
「何となく言ってみただけ!」
「はぁ……それは良いとして、だ。お前ミロクを引っ張ってどうすんだよ」
「あの若さで、あのパフォーマンス出来る子だよ? 今日出てた演者の中でも一番だと思ったから」
「待て待て。あの若さって、お前達まさかミロクの歳を知らねぇとかないよな?」
「え? 二十代前半くらいでしょ?」
「馬鹿か。その一回りは上だ」
「え?」
「公式ホームページに載ってるから、しっかり見てから出直して来い」
「え? え? 嘘でしょ?」
余裕綽々で話していた志摩子だが、驚愕の事実に混乱しつつも「もう一度話し合ってくる」と言って、ふらふらよろけつつ仲間の元に戻って行った。
そんな彼女を見送るシジュとフミは、盛大なため息を吐いたのだった。
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