198、本気を出すオッサン三人。
GW、楽しんでますか?(*´∀`*)
会場内は歓声ではなく、悲鳴に包まれていた。オタクの聖地にて大人気のアニメ『ミクロットΩ』の、キャラクター人気投票での上位を占めていた敵役の三人が現れたのだ。
正確には彼らをモデルにして作られた敵役のキャラクターなのだが、この際それはどうでもいい。重要なのは「超イケメン三人がミクロットのコスプレをして舞台にいる」ということ。
そして客達の目下最重要案件は、舞台にいる彼らは三人が上着の前を「開けっ放しにしている」ことだ。
彼らが手を大きく振るたびに、上着から垣間見える胸筋、そして鍛え上げられた腹筋は見事にシックスパックに割れている。眼福だと拝む人、ひたすら顔にタオルを当てている人、観客のほとんどが驚喜し『祭り』の盛り上がりは最高潮に達していた。
そんな歓声の中、ミロクはマイクを通して話し出す。
「初めましての方! いつも応援してくれている方! 344(ミヨシ)ですー!」
「今日は『祭り』にゲストとして呼ばれたよ!」
「ま、楽しんでいってくれ!」
「聴いてください! 『puzzle』!」
会場が割れんばかりの歓声に合わせるように、会場の客ほとんどに馴染みのある軽快なメロディーが流れる。それに合わせてステップを踏む三人。
ここ数ヶ月で何度も歌って踊った彼らのデビュー曲だ。そして、大人気アニメで使用された曲でもある。
サビの「君にハマってしまった」を歌う時に「君に」の部分で、会場の客席に向かってウインクをする振り付けをシジュは付け加えていた。それは大きな会場ならば特に気にならない動作である。
その瞬間、再び大きな悲鳴に似た歓声が上がり、驚いたシジュは思わず近くにいるヨイチに視線を送る。無言で後ろを見ろと目で合図をしたヨイチに彼は納得する。
(しまった。大型の液晶モニターで思いっきり映っちまったか)
やってしまったのはしょうがないと、シジュは気持ちを切り替える。
歌に専念するミロクはシジュから無理をするなと言われていたが、これほど大きな会場でのパフォーマンスが初めてというのと、客の中に自分たちのファンらしき女性達を見つけたためテンションがダダ上がっていた。
舞台にいると客席が見えないと思われがちだが、意外とハッキリ見えるものである。それほど目の良くないミロクだが、いつも自分たちの応援をしてくれるファンのことは、昔取った杵柄「営業スキル」でしっかりと認識できていた。
(嬉しい! 344ファンの子達だ!)
ミロクの様子に気づいたヨイチとシジュは、それとなく彼の視線を追って納得すると同時に、何かとんでもないことが起きる予感を感じ取るものの舞台の上では何も出来ない。そしてその予感は現実となる。
最後のサビの部分は、エプロンステージという客席の中程まで張り出している舞台でパフォーマンスする流れだ。そこでミロクは客席にいるファン達に向かって、嬉しさのあまりフェロモン全開でキラキラした笑顔を見せた。
歌って踊りながら全開王子スマイルを発動し、なおかつ衣装の隙間からは汗に光る胸元から腹筋までの筋肉が見え、熟成された大人の色香を余すことなく振りまくミロク。
そしてそれは彼だけではなく、ヨイチの妖艶な流し目と意外にも鍛え上げられている肉体美に、シジュの野獣のような笑みにしなやかな豹を思わせる動き、三者三様の魅力に観客は皆虜になっていく。それは元々のファンだけではなく、今日初めて344(ミヨシ)を知った人もである。
(これは、思った以上だったかもしれないね)
ヨイチは今回のイベントである程度の344(ミヨシ)知名度向上を狙ってはいたが、内心ここまで良い反応をもらえるとは思っていなかった。ここは素直に喜ぶべきなのだろうと、今はこの流れにのっていくことにする。
三人は会場の熱気に当てられるように珍しく限界を感じるところまで体を動かしていく。オッサンと言われる年になると自然とセーブをかけるようになり、なかなか無理をするところまではいかないものなのだ。
それでもなんとか踊りきり、三人合わせてターンを決めると最初の背中合わせの状態に戻る。
「……ありがとう、ございましたぁ!!」
会場が拍手と歓声に包まれる中で、そのままへたり込みそうになるミロクを三人で肩をくむことによって誤魔化すようにしているが、344のファンは「いつものこと」と認識している。そんないつもの光景だが今日のイベントでは初見の客が多いため、彼らの仲の良さそうな様子にキャアキャアと女子達が騒いでいる。
その中で、小声で会話するオッサン達。ミロクは息も絶え絶えだ。
「これ、アンコールとか、無い、ですよね?」
「だと思うよ。進行ではこのままはける(退場する)ってなっていたし」
「じゃ、手を振って舞台袖に行くぞ」
マイクに声を拾われないように耳打ちするその様子も、観客にとってはご馳走らしく、歓声がおさまることはない。
手を振って舞台袖に行くと、そのままミロクは倒れこみ、フミの持ってきた携帯酸素を吸っている。
「おう、大丈夫か?」
「慣れました……けど……今回はキツかったです……」
「これはちょっと、おさまりそうもないね。アンコールかな?」
タオルで汗を拭くヨイチは、客席の様子を見てため息を吐く。
「嬉しいことだけど、ミロク君の状態を見るともう一回出るのは厳しいよね」
「時間って限られてるんじゃねぇのか?」
上着だけの衣装のため、三人とも上半身裸の状態でタオルで拭いている。そんな気絶しそうな色香の中、フミはなんとか意識を保ちつつ三人のために飲み物やおしぼりでケアをしていた。それを遠巻きに見ているのはイベントスタッフであるが、男女共々近づかないのは何か危険を察知したからだろうか。
舞台進行の担当スタッフが、顔を赤くしながらもう一度舞台で挨拶をしてほしいと言いに来たのを、やはりかと思いつつ断ろうしたヨイチの腕をミロクが掴む。
「やりましょう。ヨイチさん」
「でもミロク君、そんな生まれたての子鹿みたいになってる状態で言われても……」
「しゃーねぇな。おいオッサンそっちの足頼むわ。マネージャーはスポーツドリンクな」
「すいません。俺のわがままで」
「いいんだよ。末っ子はわがままで」
そう言いながらミロクの足をマッサージし始めるシジュと、それを見ながらヨイチはもう片方に取り掛かる。そしてその数分後、彼らは舞台に出るやいなや、再び大きな歓声と熱気に包まれていくのであった。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は舞台終了後のあれこれです。




