196、悶える芙美と344出番直前。
ヨイチとシジュが適当に出歩き戻ってみると、苦笑しているミロクと、そんな彼からかなり離れた場所で崩れ落ちているフミがいた。
志摩子のいるダンスチームのリハーサルは終わったらしく、客席にいるミロク達からは数人のスタッフが舞台の調整をしているのが見える。
「それで、フミは一体どうしたんだい? ミロク君」
「ミロクが何かしたわけじゃねぇよな?」
「何を言ってるんですが。俺は何もしていませんよ。ただ俺のシャツを捲りあげ……」
「にょおおおおわああああああ!! なんでもないですなんでもないです!!」
かなり離れた場所にいたはずのフミが一瞬でミロクの側まで戻り、真っ赤な顔で慌てる様子に思わず吹き出すオッサン達。そんな彼らに対して何か言ってやろうとフミが口を開こうとした時、タイミング良く(悪く?)イベントスタッフがミロク達を呼びに来た。
「おっと、悪いなマネージャー。ミロクを借りていくぜ!」
「マネージャー、ミロク君だけじゃなくて、ちゃんと僕とシジュのことも見てなきゃダメだよー」
「うるさいです!!」
オッサン二人にからかわれて、むきーっと怒りをあらわにするフミ。しかしミロクがキラキラした笑顔の「いってきます!」を発すれば、彼女の機嫌も何もかもあっという間に直ってしまうのだった。
思った以上に時間のかかったリハーサルにミロクはぐったりしていたが、ヨイチとシジュは案外平気そうだった。それもそのはず、一番動くのはミロクであり、メインで歌うのもミロクという構成になっていたからだ。
彼ら以外は誰もいない控え室で、ミロクは椅子の背にダラリと寄りかかりながら口を開く。
「ずるいですよ二人とも。なんで俺ばっかり……」
「しょうがないだろが。先方からの要請だ。デビュー曲でアニメ『ミクロットΩ』の挿入歌でもある『puzzle』は、演目として絶対に外せないだろ?」
「それに時間も限られている中で僕らをちゃんと知ってもらうには、ミロク君が歌うのが一番良いんだよ」
「俺、ですか?」
「やっぱり344(ミヨシ)は、ミロク君ありきのユニットなんだよ。君が歌う方が抜群に安定する。……あと忘れているかもしれないけど、君はメインボーカルなんだよ?」
「そ、そうでした。俺はメインボーカルでした……」
すっかり344での自分の立ち位置を忘れかけていたミロクに、ヨイチとシジュは苦笑する。
「じゃあ皆、今日はゆっくり休んでね。明日は朝六時までにはここに来なきゃだから」
「マジかー。今日は飲めねぇなぁ」
「シジュさん、なんで本番前日に飲もうとしてるんですか」
「言ってみただけだって」
「……そうですか?」
疲れているせいか若干荒んだ目付きで見てくるミロクの頭を、シジュはワシワシと撫でてやりながらフミの方を向く。
「マネージャー、俺とヨイチのオッサンはタクシー拾うから、こいつを家まで送ってやって」
「あ、はい!」
「大丈夫ですよシジュさん」
「そんな疲れた顔で言っても説得力ねぇよ。大丈夫。飲まねぇよ。たぶん」
「はは、僕が付いているから大丈夫だよミロク君。フミ、後はよろしくね」
「はい。社長」
ヨイチはそう言いながら素早く控え室から出て行き、後を追うようにシジュが部屋を出ようとしてピタリと止まる。
「疲れているから大丈夫だと思うけど、うちの可愛いマネージャーを襲うなよ」
「襲いませんよ!!」
シジュの言葉に白い肌を赤く染めて言い返すミロクと、言わずもがな彼と同様に真っ赤になったフミは口をパクパクさせている。
(あのバカ兄貴! なんつー空気にしていくんだよ!)
軽やかな笑い声と共に去って行ったシジュを恨みがましく思いながら、自分の後ろで無言になっているフミをそっと振り返り見てみると、ふにゃふにゃな笑顔で悶えている可愛い生き物が思いっきり目に入ってくる。
(なんて顔をしているんだフミちゃん! 今日は厄日なのか!?)
結局ミロク達が家に着いたのは、深夜だったという。
もちろん彼らの間に「何も」なかったということは、言わずもがな、であった。
連休が始まると同時に開催される『祭り』は、例年通りの多くの人で賑わっている。
その中でも、ミロク達344(ミヨシ)が出演するのは、初日と最終日だ。
コスプレのイベントや、同人誌即売会のイベントがある中で、動画サイトでおなじみの『歌ってみよう』と『踊ってみよう』で人気の歌い手と踊り手が一堂に会す『祭り』のメインイベントが中央の会場で行われる。
舞台を設置されている会場内には、早くも客が多く詰めかけており、スタッフは必死に客席への案内や誘導をしているようだ。
シークレットゲストということで、モニターのある小さな控え室に通されたオッサン三人とマネージャーは、本番に向けての最終確認をしていた。
「流れは大丈夫かな? リハーサル通りにいけそう?」
「エプロンステージに行く時は気をつけろよ。なんか滑りそうな感じになってるからな」
「えぷろ……何でしたっけ?」
「客席まで張り出してる舞台、ほら、細くなっているでしょ?」
「うう、なんか緊張して真っ白になりそうです……」
ミロクは元々白い肌をさらに真っ白にさせて、小刻みに震えている。そんなチワワのようになった彼の様子を面白がるように、シジュは軽い調子で話し出す。
「確かに、こんな大勢の中で舞台に立つのは初めてだなぁ」
「初めてだとか言いながら、シジュはいやに落ち着いているね?」
「バカか。これで緊張してんだよ」
言い合う三人に素早く飲み物を配り、衣装の確認をしているフミはシジュに問いかける。
「あの、靴は昨日ので大丈夫ですか? 一応三足ずつ持ってきたんですけど」
「さすがマネージャーだな!」
緊張していると言いつつも、まったく通常どおりのシジュを羨ましそうに見るミロクだったが、『祭り』のスタートと共にステージに多くの踊り手が出演するのを見て、目を輝かせる。
素人やセミプロや、様々な人間が一つの場所に集まり、『祭り』という大きなイベントを生み出す瞬間に、ミロクは圧倒的な力を感じていた。
気づくと踊り手達の出番は終盤に差し掛かり、どこか寂しさを感じながらも自分達の出番に少しずつ緊張感を高めていく。
「お、次はチマ子のチームか」
「和装ですね!」
「じゃあ、僕らも舞台袖に移動しようか。フミは衣装を持ってこれる?」
「大丈夫です!」
笑顔で小さな力こぶを作るフミに、ミロク達は思わず吹き出す。それにプンスカ怒る可愛いマネージャーを宥めつつ、彼らは控え室からどこか楽しげに出て行く。
こうしてオッサンアイドル344(ミヨシ)は、オタクの聖地である『東の京ビッゲスト』に、この後文字通り「鮮烈なデビュー」を果たす事になるのである。
お読みいただき、ありがとうございます!
なんか中途半端になってしまいましたー…




