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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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195、志摩子の努力と芙美の使命感。

 舞台の設営が整ったということで、明日の出演者たちがリハーサルを始めている。その様子を少し離れた場所から見ているオッサン三人は、本番をどうするのか話すことにした。フミは飲み物を買ってくると言って、この場には居ない。


「尾根江プロデューサーが絡んでいるのなら、344としての出演は断れないでしょう」


「そうだね。むしろそれ有りきで仕事がきたと思うし」


「だよなぁ……」


 シジュが浮かない顔でため息を吐くのを見て、ヨイチは気遣わしげに口を開く。


「昔の仲間と会ったんだって?」


「ああ、まさかアイツがダンスを続けていたとは思わなかった。ダンサーとして大成できないって、散々周りから言われてたからな」


「そうなんですか?」


 ミロクは首を傾げる。先ほど見た志摩子に、何か悪い部分があるとは思えなかったからだ。


「ほら、アイツ背が低いだろう? だからどうしても他の背の高いやつよりも振りが小さく見えちまう。動きを揃えるダンスだと、身長の違いで浮いちまうんだ」


 その時の彼女を思い出したのか、シジュは昔を懐かしんで微笑む。


「それでもアイツは諦めなかった。だから今があるんだろうな」


「シジュだって諦めてなかったでしょ?」


 ヨイチがにやりとした笑みを浮かべると、ミロクも同じような顔でシジュを見る。「うっせぇな」と照れたようにシジュは視線を舞台へと向けると、ちょうど噂の志摩子の所属するダンスチームのリハーサルが始まるようだった。

 

「始まるな」


 ドォンッ……と一つ、大太鼓の音が響き、志摩子たちが始まりのポーズをとる。静かに奏でられる笛の音と、入り込んでくる三味線や琴などの弦楽器。

 メンバーの衣装は本番に用意するのか今はTシャツとジャージを着ているが、両手に何か変わったものを持っている。


「あれは何だろうね。鳥の羽根……雉の尾とかかな?」


「それに似せて作った小道具だろう。考えたなチマ子」


「あの小道具で、どう変わるんですか?」


「さっきも言ったが、アイツの身長の低さでどんなに良いパフォーマンスをしても、どうしても小さくまとまってしまう。だが、小道具や衣装を変えることによって、ある程度補えるものなんだ。それにはもちろん技術が伴っているというのが大前提だがな」


「しかもあの子の靴、厚底のハイヒールだよ」


「ええ!? ダンスシューズにそんなのありましたっけ?」


「社交ダンスなら女性はハイヒールを履くが、基本的にこういうダンスでは皆避けるぞ」


「女性の私でも、普段歩くだけでヒールは疲れますよ」


「そりゃそうだ。どんだけ足首鍛えれば、あの靴であんだけ動けるんだか」


 戻ってきたフミが、飲み物を配りつつ感心したように言った。シジュは呆れ顔で続ける。


「あんな靴じゃ足を痛めるだけだろうに、アイツは昔っから頑固っつーか意地っ張りっつーか……」


「ふふ、何だかシジュさんに似てますね」


 そう言ってクスクス笑うミロクに、シジュは「笑ってんじゃねー」と言いながら彼の額を小突く。


「あ、社長、結局344(ミヨシ)として出演するんですか?」


「そうするしか無さそうだね。尾根江プロデューサーの手のひらで踊るのは不本意なんだけど」


「俺らのリハはいつやるんだ?」


「一応僕らはサプライズゲストという扱いになっているみたいで、出演者にも秘密にしているみたいだよ。だから今リハーサルをしている人達が居なくなってからかな」


「そうか」


 ホッとした顔をするシジュを、不思議そうに見るヨイチ。


「ヨイチさん、あの志摩子さんって人はシジュさんが今何をしているのか、知らなそうでしたよ」


「え? そうなのかい?」


「確かに、あの人は『久しぶり』っていう挨拶しかしてませんでしたね。あと明日も居るのかって確認とか」


「俺、絶対何か言ってくるって思ったんだけどな。まぁ俺らの知名度はまだまだ低いってことだろ」


「そんなものかな?」


「昔からアイツはダンス一筋っつーか、ダンスオタクっつーか。あの頃もテレビとかほとんど観ねぇ奴だったから、そんなもんだろ」


(そんなものかなぁ?)


 ミロクは首を傾げる。昔の仲間がどうなっているのか、気にならないのだろうか。自分だったら仲間、それも相手がシジュやヨイチだったら、絶対気になるに違いないと彼は考える。

 再び舞台に目をやると、志摩子はまるで重力を感じさせないような軽やかで、魅力的なダンスを披露していた。それは確かに彼女の技術の高さを感じさせるものだ。

 しかし、やはりミロクはシジュの踊る姿の方が、綺麗で魅力的だと思った。何がとは上手く言えないが、ミロクにとってダンスの師匠であり、頼れる兄のような存在であるからだろうか。志摩子という女性にとってもシジュは、きっとそんな存在だっただろうと思った。

 だからこそ、なおさら疑問に思う。


(俺なら、絶対にシジュさんを追うのに)


 首を傾げたままのミロクの顔を、フミが心配そうに横から覗き込んできた。


「ミロクさん?」


「…………」


「ミロクさん? 大丈夫ですか?」


「……ん? わっ! フミちゃん!?」


 反応しないミロクを心配するあまり、フミはかなり至近距離にまで近づいていた。驚いたミロクは持っていたペットボトルを思わずグシャリと握りつぶし、緩んでいたフタが飛び、中身の水が全部彼の服にかかってしまった。


「きゃっ!! ミロクさん大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫! 水だし乾けば平気! だから!」


 珍しく顔を真っ赤にするミロクに、フミは慌ててハンカチを取り出し彼の濡れている所を拭こうとするものの、身をよじって避けられるため上手く拭けない。


「ミロクさん! じっとしててください! 風邪ひいちゃいますから!」


「いや! いいから! 自分で拭くから!」


「ほら早くしないと!!」


 仮にも男性であるミロクの胸元から下の部分まで拭こうとするフミと、それをなんとか阻止しようとする純情なオッサンの攻防が繰り広げられている。

 そして、そんな二人を生温かい目で見守るオッサン二人。


「なぁ、これいつまで続くんだ?」


「とりあえずリハーサルは先みたいだから、外の空気でも吸ってこようか」


「賛成」


「ちょ、ちょっと! ヨイチさんシジュさん、助けてくださいよ!」


 弟を放置しその場を去ろうとする兄二人に助けを求めるも、使命感に燃えたフミからは逃れられず、凄まじい『我慢』を強いられることになるミロクであった。






お読みいただき、ありがとうございます。


ダンス云々は素人ですので、おかしな箇所があったらすみません。

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