194、昔の仲間と今のオッサン。
フミは、自分が背中をさすっていた女性がシジュの知り合いだと知り、目を丸くして驚く。ミロクは決まり悪そうに頭をかいているシジュの様子を見て、ここは大人しくすることにした。
女性はフミに礼を言って立ち上がり、悪戯っぽい笑みを浮かべる。そしてトコトコとシジュの側に寄ると、身長差から上目遣いで見上げる。
「シジュ先輩って言った方がいいかな?」
「お前、俺のことを先輩なんて呼んだことねぇだろうが」
「えへへ、一応高校の先輩後輩だったし。こう言えば説明しやすいでしょ?」
ミロクとフミを交互に見てから、鼻の頭にシワを寄せて笑う「チマ子」と呼ばれた彼女は、シジュと同年代にはとても見えない。ショートカットの髪は明るいオレンジに染められていて、コロコロと変わる表情や仕草はどこかハムスターを思い起こさせた。
「あー、まぁ、そうだけどな。チマ子じゃない、こいつは志摩子。ダンスチーム組んでた時のメンバーで、高校の後輩だ」
「はじめましてー。すっごい美形と、すっごい可愛い子を連れているね!」
「こいつらは仕事仲間の……」
「……どうも、大崎ミロクです」
「……はじめまして。如月フミと申します」
おずおずと挨拶を返す二人は、なぜかフルネームで自己紹介をしている。どうやらシジュはミロク達について詳しい話をしたくないらしい。
そう感じるのはシジュの笑顔だ。うまく隠してはいるが、ミロクには彼がどこか無理をしているように見え、つい助け舟を出す。
「シジュさん、もう行かないと」
「おう、そうだな。チマ子悪ぃけど仕事があるから」
「わかった。私たちは明日のイベントに出るけど、ここで仕事してるなら明日も会えるね」
「イベントって、『祭り』に出るのか?」
「うん。私達のダンスチーム『カンナカムイ』は、今世間でも『踊ってみよう』で大人気なんだよー」
彼女の言葉に、思わず顔をひきつらせるシジュだった。
「すまないな。ミロク、マネージャー」
「いえ、それより何だか辛そうな感じだったので、早々に引き上げましたけど……大丈夫ですか?」
「おう。何とかな……」
グッタリとした様子のシジュを心配そうに見るミロク。フミはヨイチの元に行き、先程のことを話しているようだ。シジュ自身は大したことないと言い張っているが、彼の只ならぬ様子にフミは問答無用で社長に報告することにしたらしい。そんな行動派のフミも格好良いと思いつつ、ミロクはシジュに問いかける。
「昔のダンス仲間ですか」
「そうだ。まさかこんな所で再会するとは思わなかった」
シジュは懐かしそうに目を細める。彼にとって、ダンスチームで活動していた頃は、毎日が充実していて素晴らしい日々だった。しかし恋人でありダンスチームの要であった女性は渡米し、心を折られたシジュもダンスから離れてしまった。メインの二人を失いチームが解散となってしまった事を、シジュはずっと後悔していた。
「チマ子、まぁ、チマっこいからチマ子って皆から呼ばれていたんだけどな。アイツはすげぇ頑張ってた」
志摩子は身長が低い。一五〇センチ台という身長はダンサーとして大成するのは難しいとされている。手足の長さは高身長の人間よりも動作が小さく見えてしまうため、周りから浮いてしまい「合わせる」ダンスというのが難しくなる。
それでも歯を食いしばって周りについていこうと頑張る彼女を、シジュをはじめメンバー達は可愛がり、そして心から応援していた。
「マスコット的な存在だったんですね」
「おう。ムードメーカーでもあったな」
話しているシジュとミロクの元に、ヨイチとフミが来る。ヨイチは社長としての顔ではなく、仲間を心配する『344(ミヨシ)』の一人の顔だ。
「大丈夫かい、シジュ」
「別に平気だ。気まずい感情はあるけど、もう吹っ切れてるから落ち込んじゃいねーよ」
珍しく過保護に接してくるヨイチに、苦笑しつつ返すシジュ。そんな彼の様子にホッとしたヨイチは、手元の書類を見つつ話し出す。
「さっきの志摩子さん、だったかな? その子の所属しているダンスグループ『カンナカムイ』は、北海道出身のメンバーで構成された、和風ダンスユニットだそうだ。音楽事務所に所属しているとあるね」
「あの、『踊ってみよう』の動画を配信しているって聞いたんですけど、素人さんじゃなくて事務所に所属しているんですか?」
「確かにこのサイトには誰もが動画を配信出来るけど、プロがやってはいけないわけじゃないんだ。少しでも宣伝になればと、駆け出しの歌手やダンサーが歌やダンスを配信することはよくある話だよ」
「俺らは意図せずここにいるけどな」
苦笑するシジュに、ヨイチは頷く。
「そう。今回僕らはたまたま『TENKA』の振り付けを三人で踊った動画を配信した。だから出演依頼がきた、という流れじゃそもそもなかったらしい。サイバーチームが仕事の裏を取れなかったというのは、この件ではしょうがない事なんだけど」
「さっきヨイチさんがスタッフさんと話してたのって、何か問題があったんですか?」
「問題というよりも、この件に尾根江プロデューサーが絡んでいたことで、ちょっとね」
ため息を吐くヨイチは憂い顔で、その切れ長な目を蠱惑的に光らせる。精神的に疲れている時のヨイチは、無駄に色気を出してくる。オッサンのフェロモンコントロールには高い精神力が必要なのだ。
「当初ダンスだけ踊れば良かった話が、歌も歌うっていうタイムスケジュールになっててね。それは話が違うとスタッフさんに言ったら、どうやらそもそも尾根江プロデューサーがこのイベントに僕たちを参加させようと動いたことが分かったんだよ」
「俺は歌うのは構わないんですけど、もしかして『三人の謎のオッサンダンサー』じゃなくて『オッサンアイドル344(ミヨシ)』として出演するってことですか?」
「そうなんだ。まぁ、それはしょうがないかなって思ったんだけど……状況が変わったから」
そう言ってヨイチはシジュを見ると、彼は再び顔をひきつらせ「マジか」と呟くのだった。
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