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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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193、祭りのリハーサルに来るオッサンアイドルと。

 なぜか千葉にあるのに、『東の京ビッゲスト』と名付けられたとある場所に、オッサンアイドル三人とマネージャーは来ている。大手動画サイトの『祭り』と呼ばれるイベントに参加するため、当日前のリハーサルに来たのだ。

 連休前の平日、他のイベント開催日でもないこの場所は人通りがほとんどない。ミロクはキョロキョロと周りを見ていたが、感心したように声を発した。


「最上級の名が付いているし、千葉だし、色々ツッコミどころがあるよね」


「え? ミロクさん何か言いました?」


「いや、何でもないよ。フミちゃん」


 とにかく広い。

 国際的な展示場ということもあり、様々なイベントを開催できるよう二階建て一軒家くらいなら、何軒も軽く入ってしまうくらいの造りの会場だ。

 そんな建物がいくつも隣接しているこの場所は、『オタクたちの聖地』とも呼ばれている。


「ここに来るの久しぶりです。学生の頃、夏とか冬とかの同人誌即売会に、真紀と一緒によく来ていたんですよ」


「フミちゃんも本を買ったりしたの?」


「いえ、私は真紀のサークルの売り子として来ていたんで……一人一冊ですよって呼びかけたりとか、行列最後尾の案内とか、夏の暑い中だったんで意外と大変でした」


「そ、そうなんだ」


 薄々感づいていたことだが、フミの友人と称する真紀は、実はかなり大手のサークルに所属しているのではないかとミロクは思っている。大野の付き添いでイベントに行った時も、彼女の新刊はあっという間に売り切れてしまっていた。

 真紀本人は『大手』や『神絵師』などと呼ばれるのを嫌がっており、否定もしているのだが……真相は闇の中(?)である。


「イベントではコスプレする人たちもいて、見てるだけでも楽しかったです。真紀が帰りに焼肉をご馳走してくれて得した気分にもなりましたし。でも人の多さがすごくて疲れちゃいましたね」


「俺も存在は知ってたけど、開催する側として参加するなんて思ってもみなかったなぁ」


 会場に入ってフミと話していたミロクは、奥でスタッフと真剣な顔で会話しているヨイチと、舞台の造りを手で軽く叩いて確認しているシジュを見る。


「えっと、俺も何かした方がいいのかな?」


「社長に聞いてみますか」


「いや、ヨイチさんは忙しそうだから、とりあえず会場を一周してみるよ」


「じゃあ、私もついていきますね!」


 歩き出すミロクの元に、小走りで駆け寄るフミの可愛らしさに内心身悶えしつつ、ミロクはのんびりと歩く事にする。舞台周りにはセットらしきものも置いてあり、その中には等身大のアニメキャラクターのフィギュアが並んでいる。


「あ、これ『ミクロットΩ』の主人公たちだ」


「本当ですね! 気がつかなかったです!」


 ピンクの髪、オレンジの髪、グリーンの髪の三人の女の子がが、笑顔でポーズをとっている。


「私いつもアニメでミロクさんたちをモデルにしたキャラばかり観てるから、主人公がどんな子だったか忘れちゃいます」


「そんなに王子様が好きなの?」


「はい! あ、いえ、担当! 担当マネージャーなので! マネージャーとして彼を応援しているという意味でして!」


「ふふ、ありがとうね。フミちゃん」


 うっかり告白まがいのことをしてしまったフミは、慌ててマネージャーであることを強くアピールしている。そんな彼女を笑顔で見ているミロクは「作戦成功!」と心の中でガッツポーズをとる。

 いいのか。それでいいのかミロク。シジュあたりが居れば、きっとこんな風にツッコミを入れてくれるだろう。


「そ、そうだ、ミロクさん達は『TENKA』の曲で踊った動画がきっかけで『祭り』の参加が決まったんですよね」


「うん。確かヨイチさんはそう言ってたけど、実際どういう存在として344(ミヨシ)は出るんだろう」


 オッサンアイドルとしてなのか、アニメの挿入歌を担当したユニットとしてなのか、それとも当初呼ばれたとおりダンスユニットとして出るのか……。


「もしかしたら、ヨイチさん揉めてるのかな」


「かもしれませんね。でもこれも事務所の仕事なんで気にしないでください。揉め事も叔父……社長なら上手く収めてくれると思いますし」


「さすがだなぁ、ヨイチさん」


 笑い事ではないだろうが、ミロクもフミも笑顔だ。それにしても……と、ミロクは考える。


(うーん。俺、明日が本番なのに、緊張してないとか大丈夫なのかな?)


 デビューからそこまでの期間は経っていないものの、複数回の音楽イベントをこなしてきたせいか、最近は人前に出ても緊張を強く感じなくなってきていた。それが「成長」なら良いのだが、「慣れ」であるならは、それは良くないことだろう。

 ちょうど舞台裏から、シジュのいる表側に回り込むミロクとフミ。


(ヨイチさんもシジュさんもいるから大丈夫だと思うけど、「慣れ」からの「ミス」っていうのが、社会人時代では定石だった。気を引き締めておかなきゃ)


 ミロクは歩きながら考え事をしていたせいか、自分の胸元に何か柔らかいものが当たるのを感じた。とっさにフミかと思い、抱き抱えて彼女が転びそうになるのを防いでやると、首すじにひやりとした空気を感じる。


「……何やってるんですか。ミロクさん」


「え? フミちゃん?」


 自分の腕の中にいるのかと思っていたフミは後ろにいて、冷たい目でミロクを見ている。恐る恐る下を向くとフミと同じくらいの身長の女性が、顔を真っ赤にしつつ小刻みに震えていた。


「うわっ!! ごめん!!」


 慌てて女性の体を自分から話すと、女性は「ぶはぁーっ」と思いっきり息を吐く。どうやら息を止めていたらしく、しばらく深呼吸をしていた。心配そうにフミは女性の背中をさすってやっている。


「すみません、お怪我はないですか?」


「だ、大丈夫です。何か危険な気がして、無意識に呼吸を止めていたみたいです」


「……正解です」


「え、何で、フミちゃん」


「ミロクさんのフェロモンを吸ったら最後ですから!」


 面白くなさそうにプリプリと怒っているフミ。

 ここまで彼女の機嫌が悪くなるのは珍しく、途方に暮れたミロクは助けを求めようとシジュに視線を送るが、肝心の彼は呆然とした様子でこちらを見ている。


「どうしたんですか、シジュさん?」


「え? シジュ?」


 ミロクの言葉に対し、過剰に反応する女性。その声に自分を取り戻したシジュは、少し決まり悪そうな笑顔を作ってから口を開く。


「おう、久しぶりだな。チマ子」





お読みいただき、ありがとうございます!

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