閑話15、真紀の場合。
短めです。
仕事が終わった私は、日課となっているSNSの巡回をする。
起動しっぱなしのアプリから更新して呼び出すと、昨日投稿した画像に対して『お気に入り』サインが点滅しているのを確認する私。もちろんいつもの『あの人』だ。
「これ、画像あげてから一分後に『お気に入り』付いてるじゃん。何やってんの『あの人』は」
私は絵を描くのが好きだ。
それでもやっぱり漫画家としてやっていくなんて夢のまた夢で、とにかく生きていくために事務仕事をしている。
それでもやっぱり絵を描くことはやめられなくて、同人誌を描いたりネットにイラストをアップしたりしている。
神絵師なんて呼ばれている人もいるけれど、私はそんなんじゃない。絵師と名乗るのもおこがましいと思っているくらいだ。
「まぁ、絵が好きって言ってくれるのは嬉しいけどねー」
手入れが面倒だからと短くしているショートボブの髪を軽く撫で付けて、パソコン用のメガネから普段用のメガネに交換する。
ツリ目がちな私は疲れてた顔をしていると人相が悪くなると、親友のフミに怒られる。なのでいつものフェイスマッサージをしつつ周りを見渡すと、どうやら残業していたのは私だけだったようだ。
残業といっても、三十分だけだから会社としては許容範囲内だろう。そもそも終業間際に雑務を押し付けてきた上司が悪い。滅せよ。
さて帰るかと席を立って帰り支度をしていると、再びSNSの通知がスマホを震わせている。個人あてのメッセージの表示に少し怯える私は、アカウント名を見て脱力した。
「って、また『あの人』じゃん。何なのよ」
anohitoというアカウント名、それは一時私を悩ませていた声優の大野光周のサブアカウントだ。
公式のアカウントで動くとファンに騒がれるから、サブアカウントをとることにしたと言っていた。そして私の投稿した画像には、必ずお気に入りを付けてくれている。
それにしても直接私とやり取り出来るメッセージを送って来るとは、彼にしては珍しい。
「お茶しましょう、ね」
私だって何も感じないわけじゃない。相手は今をときめく人気声優だ。それでも彼が過去に行ったあれやこれやを親友のフミから聞いた身としては、警戒スイッチを切るわけにはいかない。
「とはいえ、私みたいな幼児体形に何かが起こるとは思えないんだけど」
直近で彼が言いよった女性は「あの」ミロク王子の姉ミハチさんだ。フミの叔父である芸能事務所社長のヨイチさんという人が側にいるのに言い寄るとは、命知らずと言えるけど気持ちは分からなくもない。
うん。あれは良いものだ。良いものだ。(二回言った)
「次のイベントで出す新刊の話だろうな」
SNSでのやり取りも、彼とはほとんど私の作品の話しかしていない。だからこそ私は安心していたのかもしれない。
まさかこんなことになろうとは。
「で、返事を聞かせて欲しいんだよね」
「はぁ」
明るい茶色の髪をふんわりと揺らし、顔を少しだけ近づけてくる大野さん。その動きに私は自然と身体を後ろに引いてしまう。
私の反応に彼は悲しげに目を伏せた。オッサンアイドル三人ほどではないけど彼もイケメンだから、なんだか悪いことをしたような気持ちになってしまう。
いやいや、イケメン顔に流される訳にはいかない。しっかりしろ私。
「俺のこと、怖いの?」
しょんぼりと呟くその声は兵器だ。耳の奥に甘く響く声に自分の顔が熱くなっていくのが、兎にも角にも恥ずかしい。
閉店間近の喫茶店には人があまりいない。こういう状況だからこそ、尚更二人っきりみたいで恥ずかしくなっていく。恥ずかしループにハマったぞ。クソが。
「ごめん。ちょっと待ってて」
大野さんは立ち上がって喫茶店の定員に紙とペンを持って来てもらっている。再び席につくとサラサラ書き始めた。筆談するの? なんで?
『俺の声は使わないから。だからお願いします。結婚してください』
「ああ、そういう事ですか。何言ってるんですか。バカなんですか」
声が無きゃこっちのものだ。私はすぐに平常心を取り戻す。
『なんで?……じゃあ、結婚を前提として』
「同じじゃないですか」
『恋人として』
「だから、無理ですって。私と付き合ったところですぐに飽きますよ」
『なら、友人としてたまに会ってくれる?』
「え、まぁ、それくらいなら……」
「良かった!! じゃあ今週の土曜日に一緒にイベント参加しようね!!」
「ふぁっ!?」
筆談から急に話し始めた大野さんは、一瞬で私の休日に予定をねじ込んでくる。しかも魅惑のアニメ王子声優ボイスを使ってくるとは卑怯なり!!
「ああ、楽しみだね。友達って素敵だね」
「ちょ、やめ、あふ……」
目を細めて笑顔で話すイケメンと、その声にやられている私。
なぜだ。なぜこうなった。解せぬ。
「俺、ヨイチ社長をリスペクトしてるんだ。だからね」
どこに逃げたって捕まえてあげるよ。
その後に続いた言葉は、朦朧としている私の耳には入らなかったのだけど、後日ここのマスターから教えてもらい「愛されているね。病的に」と気の毒そうに言われたのは良い思い出だ。
うん。
良い思い出ってことにしておこう。うん。
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