192、イベントに付き合う弥勒。
ミロクは自分が変わっているとは思っていない。
しかし、この『芸能界』と呼ばれる世界の隅の方で活動することとなって感じたのは『変わっているという事は悪い事ではない』というものだった。
家から外に出れば、普通であることを強いられる。普通ではない異物は排除される。しかし『世界が変わる』ことで、変わっていると評される自分がこんなに温かく受け入れられるとは思ってはいなかった。
芸能界だけではない。社会とは異なる世界の集まりで動いている。『業界』の壁をひとつ越えれば、そこはもう『異世界』なのだ。
「すみませんミロクさん! これちょっと持っててください!」
「良いけど、まだ買うの大野君」
「だってこれ、通販やってないんですよ!ここを逃すと転売でしか買えないんです! でも転売だけには手を付けたくないんで!」
「まぁ、その気持ちは分かるけどね」
うららかな春の日差しが眩しい土曜日、ミロクは声優の大野光周と共に中規模ながらも大手サークルも参加しているイベントに繰り出していた。
この場で言うイベントとは、アニメや漫画、小説などの二次創作や、オリジナルの漫画や小説、はたまたゲームまでも自作で売り出す『同人誌即売会』のことを指す。
大野はミロクのマネージャーであるフミの友人、真紀とネットで交流を続けているらしい。
真紀は基本即売会以外で自分の作品を販売していない。そこで大野は真紀が新作を出す時は、なるべくイベントに顔を出すようにしているそうだ。
そして、なぜそこにミロクもついて行くことになったのか。
「大野君、俺って結構忙しいんだよね」
「もうちょっとですから!」
すっかり同人誌にハマってしまった大野は、その中身がBLだろうとNLだろうとお構いなしである。
彼曰く「その人の絵と世界を読んでいるんです!」だ、そうだ。
そんな大野にミロクはメールで『祭り』の出演での相談をしていた。大野は声優として参加することもあるらしく、参加する側がどういうものか知らないミロクは会場の雰囲気などを聞いてみたかった。ならばあって話そうかと、そんな軽い気持ちだったのだが……
「あ! makimaki先生の新刊をチェックするの忘れてました!」
「……」
相変わらず強引な大野に誘われて、珍しくオフに外出したミロクだが「まぁこれくらいはしょうがないかな」と呟きながら物珍しげに周囲を見渡す。
ここでの彼の服装は例のごとくユニクロだが、顔は伊達メガネだけしている状態だ。
所謂『変わり者』の人間が多く存在するこの世界では、三次元に興味を示す人間はほとんど存在しないようだ。
たまにチラチラ見られることもあるが、声をかけられることはない。
そう、ここにいる人間が夢中になるもの、それは売り出されている新刊やグッズに他ならないのだ。
「なんか、居心地いいかも」
「でしょ? 人が多いのが難点ですけど、ここでは声優の大野光周は存在してないんです。大きな声を出すと反応されちゃうんですけどね」
素早く目当ての本を購入したらしい大野は、ミロクの横でなぜかドヤ顔で立っていた。彼の話では以前、真紀のいるブースで思わず大声で呼びかけてしまい、その道のプロ(?)にバレてしまったのことがあるらしい。
「その道って何?」
「BLですよ。ボイスドラマとかもやるんで」
「大野君、BLの声もやってるの?」
「はい! 左右両方出来ますよ!」
「……意外と有能だね。大野君って」
もちろん左右の意味をミロクは知っている。知らない人は優しいお姉さんに聞いてみてほしい。
それでも高身長であるミロクと、それなりにイケメンの大野の二人組は会場でも目立っていた。声をかけられないのは、ひとえに『三次元の男性に免疫のない女子』が多く居るからだろう。
「あ、そういえばミロクさんはmakimaki先生に挨拶しないんですか?」
「それはフミちゃんから禁止されてるから。こういうイベントもあの祭りでは開催されるのかな」
「はい。もっと大規模にやりますよ。当日は出演者側なんで、そっちにいけるかどうかですけどね」
「取り置きしてもらえば良いんじゃないの?」
「それはポリシーに反するので」
大野の言葉にミロクは少しだけ感心する。なぜ少しだけなのかというと、その後「こういうストイックな男をmakimaki先生は好むんですよ。俺の好感度が上がるといいなと思って」と続いたからである。
それでも彼の行いは悪いものではないため、ミロクは微妙な顔で頷くにとどめる。
(何やってんの。あの無駄にイケメンな二人組は)
会場内でも明らかに浮いているミロク達を見て、自分のブースで売り子をしている真紀はため息を吐いた。
事前にフミから彼らが来ることを聞いていた真紀だが、大野はともかくミロクまで会場に入って来るとは思ってもいなかった。
(馬鹿だな。こんなところに男二人で来たら……)
この会場で彼らに進んで声をかける女性はいない。だがしかし、会場内の女性たちの一見分からないかもしれないが、目は熱く燃え……いや、萌え滾っている。
その時、視線に気づいたのかミロクが真紀のいるブースの方向に目をやり、フワリと微笑む。
真紀はとっさに目を閉じてやり過ごしたが、両隣のブースから物を倒す大きな音や、呻き声が聞こえてくる。そして真紀には、今両隣で何が起きているのか容易に想像できた。
(ご愁傷様です)
目を瞑りながらミロクに向かって手を振った真紀は、せめて片付けは手伝おうと本日二度目のため息を吐くのであった。
ちなみに、歩くフェロモン兵器と甘々ボイス兵器を搭載した災害二人組は、この後ラノベ談義に花を咲かせてしまう。
結局当初の目的である『お祭り』について何の情報も共有せずにいたことに、ミロクは帰宅後、風呂に入った時に気づくのであった。
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