191、祭りのダンス練習に入るオッサン三人。
フミの運転する車は事務所近くにある、いつものスポーツジムの前で停まった。
小綺麗なビルの中ほど数階に施設が入っており、比較的最新の設備が置かれているため、数あるスポーツジムの中でも人気がある会社だ。オッサンアイドルになる前のミロクが、初めてヨイチとシジュに会った記念すべき場所である。
ここのスポーツジムは当然会員制なのだが、会員になるのは難しいらしい。
らしい、というのは、ミロクが会員になった時は姉ミハチの紹介で入会出来たため、入会テストのようなものを受けなかったのである。
「いつもの所は大丈夫かな」
「はい。平日ですので、Cスタジオは空いていますね」
慣れた様子でスタジオの貸し切り処理をするトレーナーの差し出す書類に、ヨイチがサラサラとサインをしていると横からシジュが口を出す。
「マシーン使える?」
「別室に移動させておきます。どこらへんですかね」
「腹まわり」
シジュの言葉にビクッと身体を震わせるミロク。そんな二人の様子に、ヨイチは苦笑してスタッフに変更を申し出る。
「スタジオは二時間で頼むよ、トレーニングルームは一時間で」
「今日はそこまで混まないので延長も大丈夫ですよ」
「いつも悪いね」
個別指導用のトレーニングルームを借りる予約もしておくヨイチを見て、シジュは満足そうに頷く。ミロクの顔色は悪い。
(なんで太ったのバレたんだろう)
如月事務所の床には体重計でも埋め込まれているのだろうかなどと、妙な事を考えているミロクに向かいシジュは呆れた顔をしてみせた。
「見りゃ分かる。お前の細胞はまだまだ『太りやすい』んだ。スポンジケーキはもうちょい我慢しとけ」
「うう、シフォンケーキとかも好きなのに……」
「パンケーキなら良いぞ。ホットケーキとか」
「うう」
しょんぼり肩を落とすミロクに、ヨイチが「そういえば」と会話に入ってくる。
「ミロク君、スピンオフの撮影で反省しすぎて忘れてたみたいだけど、フミの女子高生コスプレは次回にするのかな?」
「ああ! 忘れてました! でも今回は反省点が多かったので、次回にします!」
楽しみだなーと頬を赤らめてウキウキしているミロクを、残念な子を見るような目でヨイチとシジュは見ている。
ちなみに、オッサン三人を事務所に戻ったフミはコスプレ話は冗談だと思っていたらしく、後から聞いて叔父の余計な一言に涙するのであった。
「じゃあ、尚更トレーニング頑張ってやらねーと、太ったアイドルなんてシャレにならねーぞ」
「はい! 頑張ります!」
ダンスの練習用に借りているスタジオは、前面が鏡張りになっている。
ゆるく音楽を流しながら準備運動をするオッサン達は、かなり念入りにストレッチをしていた。
凝り固まった身体をしっかりと解さないと、オッサンの身体で激しいダンスは踊れないのだ。最悪、痛めてしまう場合もある。
「練習するのは『TENKA』の曲のダンスですか?」
「そうだね。それと数曲ボカロボの曲を踊るよ」
「ボカロボ、ですか」
ネット中毒者であったミロクはもちろん知っている。ボカロボとは『ボーカロボット』という音声合成技術のことであり、ソフトさえあれば素人でも簡単にボーカロボットに歌を歌わせることが出来る。
今回オッサンアイドルの彼らが出演する大手動画サイトの祭りでも、そのボーカロボットが歌うコーナーがある。
「確かに最近のボーカロボットの曲は、かなりレベルが高いですね。噂ではプロの音楽プロデューサーが参戦しているとか」
「俺はその手のことはよく分からねーけど、ミロクが良いと思ったやつなら良いんじゃないか?」
「そう思って、僕もミロク君に選曲は任せようと思っているんだけど、お願い出来るかな?」
「了解です……痛い! 痛いですよシジュさん!」
ストレッチしながら器用に会話をしつつ身体を折りたたむようにしているミロクの背に、いきなりシジュが体重をかけてのしかかる。
「痛くしてんだよ。しっかり伸ばせー」
「ちゃんと伸ばさないと、怪我をするよミロク君」
涼しげな顔でペタリと百八十度の開脚からヨガのポーズをとるヨイチ。ダンサーであるシジュもバレリーナのごとく身体が柔らかい。
一番年下のミロクが一番柔軟性が無かったりするのが、この三人の面白いところだ。そして体力も相変わらずミロクが一番少ない。
(俺も若いとか色々言われるけど、この二人の方が化け物っぽいと思うなぁ……)
苦行のようなストレッチを終え、アップとダウンのリズムをとっていく。
シジュのダンストレーニングの進め方は、ヒップホップのリズム取りからスタートする。全身を弛緩させながら身体の一つ一つ丁寧にリズムを取っていく。
「この前の動画サイトに投稿した『TENKA』のダンスでは足りなかったところを復習していくぞ」
「足りなかった、ですか?」
「おう。ヨイチのオッサンは出来てるんだ。俺は苦手なんだけどな」
「ん? 僕は出来ているの?」
「そりゃ出来ねーとシャイニーズじゃねぇだろ。目線だよ。キメ顔ってやつ?」
「ああ、それね」
シジュの説明では、シャイニーズの『アイドルとしてのダンス』には『目線』が重要らしい。要所要所に送る視線と、ファン達がいるというのを意識した『キメ顔』が必要だという。
「そうだね。僕の場合流し目を送るようにって言われてたかな。今でも癖でやっちゃうんだけど」
「ああ、そうやってよく落としてんな」
「人聞きが悪いこと言わないでくれるかな。ちなみにシジュは横顔が良いね」
「そうかぁ?」
髪をかき上げつつ横を見るシジュは、確かに格好良いとミロクは思った。しかし悔しくなったミロクは、その事を口には出さない。弟ミロクの反抗期なのかもしれない。
「ミロク君はアレだね」
「ん、アレだな」
「なんですか、アレって」
首をこてりと傾げて問うミロクに、兄二人は苦笑する。
「画面の向こうにフミがいるって思えば良いんだよ」
「軽くな。軽く」
「軽くって、意味が分からないんですけど」
珍しく憮然とした顔のミロクだが、それでもその整った顔からは色香すら感じさせる。
少し膨らませた頬も、突き出された艶やかな唇も、なぜか人を惹きつける要素となってしまっているようだ。
「あー、ダメだこりゃ」
「はいはいミロク君、カットカット」
早々に白旗を上げたオッサン二人は、ミロクを宥めすかしてから、再びダンスの練習に入るのであった。
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