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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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220/353

189、ピンクなカップルと身内の美女。

遅くなりましてー!

 女の子らしい、ピンクをベースにした部屋に男女が二人。

 静かに流れる洋楽は最新のものではなく少し古いものだ。その中でも一際高く響き渡るのはキーボードを叩く音だ。パソコンに張り付いている女子の、ジャージを着ている背中は小さく可愛らしい。

 そんな彼女を眩しげに見つめるスーツ姿の男性が一人。

 男と女。

 そう、二人は編集者と作家。

 編集者である男が女性作家の家に居るという現状を、漢字四文字で表現するのであれば『締切間近』であろうか。

 よく見れば二人とも目の下が薄黒くなっており、室内はどんよりとした空気が漂っている。そこには初々しい恋人同士の甘い空気などは一切感じられない、恐ろしき修羅場の空気であった。

 ふと男性編集者の川口は、自分のノートパソコンにヨネダヨネコからのメールに気づく。彼は首を傾げながら添付ファイルを開き確認すると、目の前にいる女子高生作家に声をかける。


「ヨネダ先生、これはプロットですか?」


「あ、すいません。このデータを344(ミヨシ)のヨイチさんにメールで送ってもらって良いですか?私アドレス知らないので」


「ああ、スピンオフの台本からあらすじを抜き出したやつですね。これなら彼らも助かるでしょう。一時はあれだけ執筆したものを取りやめるなんて、何考えてるんだと思いましたけどね」


「女子である私が、本物の男子に敵うはずないでしょう」


「その男子の身になってください。突然の台本無しでどうすりゃいいんだってなりますよ」


「反省しております」


「ええ、反省してください。ついでに新刊に付ける特典の短編を忘れていた事も、しっかりと反省してください」


「面目無い」


 珍しくも二人一緒に休みが取れたと喜んでいたのに、自分の担当している作家である彼女は仕事を忘れていたため今日のデートは無しとなってしまった。

 さらに昨日から二人とも寝ていない。高校生である彼女は平日は学業に専念しているため、休日である今日終わらせる必要があるのだ。

 泣きそうな顔でパソコンに向かう可愛い人に、終わったらご褒美に甘いものでも買おうかと、結局「彼女」に対しては甘くなる編集者であった。








 スタジオに入ったオッサンアイドル三人を待っていたのは、ドラマのプロデューサーと監督だった。

 その二人の黒い笑顔を見て何やら嫌な予感に駆られたヨイチは、ミロクとシジュの肩を掴むと三人一緒に回れ右をしてスタジオから出ようとする。


「ちょ、ちょっとヨイチ君! 話を聞いてくれよ!」


「これから撮影だから忙しいなぁ、さてと、打ち合わせしようか」


「頼むよヨイチ君! 君だけが頼りなんだよ!」


 猫なで声で交互に話しかけてくる五十代半ばのオッサン二人を、鬱陶しそうにヨイチは睨みつける。


「なんなんですか。いい歳したオッサンが気持ちが悪いんですけど」


「オッサンは君だって同じだろう。真面目な話だよ一応」


「はぁ、聞きますか。ミロク君とシジュは打ち合わせ進めておいて」


 老人に片足を突っ込みかけたオッサン二人を相手に、ヨイチは臆する事もなく堂々としている。そんな社長の様子に心配することはないが、スピンオフの撮影は基本『アドリブ』となっているため打ち合わせには三人揃うことが必須条件だ。


「ヨイチさん……」


 ミロクの不安げな顔を見て、ヨイチは彼の肩に置いていた手をそのまま背に回し、ポンポンと軽く叩く。


「大丈夫。すぐ終わらせてくるから。シジュちょっと頼むよ」


「おう、まかせとけー」


 心配そうに何度も振り返るミロクを、シジュは宥めつつスタッフの待つところへと連れて行くのをヨイチは苦笑して見送る。

そして振り返った彼の顔は笑みを浮かべてはいるものの、その切れ長な目は一切笑っていない。むしろ殺気すら感じられる。


「ヨ、ヨイチ君、落ち着いて……」


「落ち着いていますよ。こっちは時間のない中あなた方の話を聞くために、わざわざ可愛い弟分を不安にさせてまでここに居るんですから」


「怖い! 怖いんだよ笑顔が!」


 引きつった顔のプロデューサーが慌ててスタジオから出て行ったと思うと、すぐさま一人の女性を連れて戻って来た。アッシュブラウンの長い髪を後ろにゆるりと流し、落ち着いたカーキ色のスーツに身を包むモデルのように綺麗な立ち姿。その整った顔をヨイチに向けて微笑む美女。

 ヨイチの冷たい笑みは一瞬で色香を放つ笑みへと変わっていく。


「ミハチさん! どうしたのこんな所で?」


「どうしたって言われても、今回のスポンサーはうちの会社なんだけど……ねぇ、その顔やめた方が良いわよ?」


 愛しくてたまらないというその表情は、いつもの穏やかで冷静な彼とは思えないほどトロトロに蕩けている。そんなヨイチの表情を初めて見たのか、監督とプロデューサーはドン引きしているが、彼らに構わずヨイチはミハチの腰に手を回して自分に引き寄せる。


「そういえば君の会社がスポンサーだったね。でも商品開発部の君がここに来たのはどうして?」


「春の人事で広報部に異動になったの。商品開発にはまた戻れるとは思うんだけど、たぶんこのスピンオフのことで私が動くことになったんだと思うわ」


「僕の恋人だから?」


「違うわよ。ミロクの姉だからでしょ。あなた分かってて言ってるでしょ」


「ふふ、君が僕のものだって広く伝わるといいなって思ってね」


「ダメよ。アイドルは恋愛禁止、でしょ?」


「そんなの、僕に通用しないよ」


 クスクス笑いながら戯れ合う二人に、恐る恐る監督が声をかける。


「あー、ヨイチ君、彼女は君の知り合いだったのかな?」


「そうですが何か」


「なんだそうだったのか……すごい美女を見つけたと思ったのに、君が知っててそのままなら『そういうこと』なんだね」


「え?何?どういうこと?」


 がっくりと肩を落とす監督とプロデューサーを、どこか楽しそうに見ているヨイチ。

 ミハチは落ち込むオッサン二人と、艶めく笑顔のヨイチを見て首を傾げる。どうやらミロクの姉であるミハチの美貌に監督らは逸材を見つけたと思ったらしいが、ヨイチの知り合いということと、小規模とはいえ『芸能事務所の社長』であるヨイチが彼女を手元に置いていないということで、彼らは『何か』気づいたようだ。


「まぁ、ミハチさんは美人な上に可愛いですからね。目をつける男はいっぱいるだろうけど、渡すわけにはいかない……まぁ、取られる前に潰しますけど」


 ヨイチはキラキラと輝くシャイニーズスマイルを、監督とプロデューサーに向けて放つのだった。.







お読みいただき、ありがとうございます!

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