22、害悪の再来と弥勒の精一杯。
オフィスビル街の中、今話題の獅子ノ門ヒルズに向かっている。
撮影場所はその中にあるカフェテラスで、ビルの中程の高さのところにテラス席があり、空中庭園のような芝生のスペースがあったりして、そこで青空ヨガ教室のようなイベントも行われている。
今日はミロクだけの撮影で、出版社との打ち合わせにも参加する予定だ。最近人気の出てきたミロクは、軽いインタビューも受けるようになったため、撮影プラスアルファの仕事が増えつつある。
「ここのビル初めて入りました!すごいですね!」
「エスカレーターが何ヶ所かあるから、俺一人だと迷いそうだなぁ」
「ええ?まさかぁ……あ、でもミロクさんこの前レストランで帰ろうとして厨房に向かっていましたよね。店員さんに止められちゃって」
「それ言わないでよ……」
フミはミロクの前で先導しながら振り向き、いたずらっ子のように笑った。
(悔しい。でも可愛い)
ちょっと悔しくなったミロクは、フミのホワホワした猫っ毛をぐりぐり撫でてやる。乱れた髪に「にょおおおお!」と謎の声を発するフミは可愛すぎて、ミロクは心の中で悶えながらも、平静を装う苦行を強いられるのであった。
「あれ?あの人達どこかで……」
撮影の前の打ち合わせ場所に、何度か見かけたことのある女性二人と、取り囲むように男性二人がいた。
何か言う男性に対して「やめてください」「会社の担当者じゃないと分かりません」と返す女性二人。よく見たら今日の打ち合わせ相手だ。
なんにせよ知り合いが困っているなら声をかけるべきだろうと、そちらに向かう。
「ミロクさん、男の人達はこの前の……」
「ん?ああ、下衆田と阿呆野か。何やってんだ……」
ミロクが近づくと、女性二人はあからさまにホッとした顔をする。その様子を見てゲスアホは苦々しげにミロクを見る。
これはいよいよもって、動画で散々イメトレした八極拳をお見舞いすべきか……などと、物騒なことを考えていたミロクだったが、急に勝ち誇ったような顔をする二人に戸惑いを感じる。
「あなた達、この間から何なんですか!」
小さな体でミロクを守ろうとするフミを慌てて抑える。小動物なフミも、ヤる時はヤる女なのである。若干ミハチの影響を受けているのかもと、少し不安がよぎる。
ともかく、フミはミロクを守ろうと懸命だった。ゲスアホはそれを無視し、ミロクをターゲットにする。
「おう、肥満の大崎、何度も俺らの邪魔しやがって、仕事の話なんだからどっか行けよ無職野郎」
「どうせバイトだろう?たかがバイトで偉そうにしてんじゃねぇよ」
「な、何を言ってるんですかあなた方!ミロクさんはうちの雑誌の専属モデルなんですよ!?失礼にも程があります!!」
出版社の女性がゲスアホに詰め寄る。
「何言ってるんですかぁ、こんな奴がモデル?いい年だろうお前、何やってんだよ。馬鹿じゃねぇの?」
「知ってます?こいつデブだったんですよ?会社もクビになったんですよ?今は痩せたからって、前はデブで不細工だったんですよ?」
「「……」」
黙る女性二人と、真っ赤になって震えているフミ。
ミロクはただ静かに二人を見ていた。
「へっ、ショックでしょうね、お綺麗なモデル様がデブで不細工……雑誌の評判もガタ落ちですよ」
「だったらうちの健康食品を紹介する方にしましょうよ。おたくの会社で定期購入でも良いっすよ」
下卑た笑いを浮かべる二人にむかって、片方の女性が一歩前へ出る。
「知っています」
「「は?」」
「知っていると言ってるのです。それを知って専属モデルの契約を結びました。彼の通っているスポーツジムのパンフレットにも写真入りで載っています。それが何か?」
「「へ?」」
「下衆田さん、阿呆野さん、こういうのはこれっきりにしていただかないと、事務所からも法的措置をとることになります。それに健康食品の営業は、ここでやるべきじゃない。分かりますか?」
さすがにミロクは二人に言い聞かす。人として目に余る行動は周りに迷惑だと……だが所詮はゲスだった。
「このっ……!!」
下衆田がミロクの胸ぐらを掴もうと手を伸ばしたその瞬間、ミロクは相手の手首を掴み、もう片方の手で小指を思い切り捻じりそのまま下に持っていく。
「痛たたた!!痛え!!」
堪らず尻餅をついた下衆田を、そのまま床で滑らせて阿呆野も倒す。
ちょうど警備員が走ってくるのが見え、ゲスアホは慌てて走り去っていった。さすがに会社に連絡が行くのはヤバイと思ったのだろう。だが出版社の女性二人は健康食品会社に苦情を入れる気満々でいる。警備員からも事情を聞かれ、ゲスアホの身元は判明しているので、このビルからも苦情を申し入れるとのこと。
…………二人の行く末に光は見えない。
「はぁ……また役に立てなかったです……」
「何言ってんの、フミちゃんが味方してくれるってだけで、俺かなり助けられてるんだけど」
撮影が終わり、車の停めている場所へ行く途中、フミは大きくため息を吐いた。
しょんぼりするフミの頭に手を置くミロク。
よしよし撫でていると、ニナならあっという間に直る機嫌が、フミはなかなか直らない。
「俺、助けてもらったよ?何でもお礼するから、俺にして欲しいこととかある?」
「……ギューしてチューとか」
「え?何?」
「……すいません何でもないです」
「……」
しばらく黙っていたミロクは立ち止まる。
「あれ?どうしましたミロクさ……っ!?」
背の高いミロクに、すっぽり包まれるように抱きしめられるフミ。
一瞬何が起こったのか分からず、しばらくすると一気に耳まで赤く染まった。
「な、なななな、なにをぉ!?」
「ありがとう、フミちゃん」
抱きしめたままフミの耳元で囁き、耳たぶに唇をチュッと軽く触れさせた。
(ギューはともかくチューはこれが限界だっ!!)
真っ赤になって逆上せるフミに負けず劣らず真っ赤になるミロク。
結局二人共、赤みが引かないまま事務所にり、ヨイチに笑顔で問い詰められる事となる。
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