187、人気絵師と人気声優の逢瀬。
ミロクからの突然の呼び出しを受け、大野は特に疑問に思うこともなく待ち合わせ場所になっている喫茶店へと向かっていた。
ニット帽を深く被り、黒縁の伊達メガネをかけた彼は目立つ容姿ではあるものの、周りの目を気にすることなく歩いている。周りの目が気にならない理由は、如月事務所周辺であるということと、ミロクと合流するという二点である。
オッサンアイドルの344(ミヨシ)は、ご近所付き合いを大切にしており、商店街の人達や周辺住民との良好な関係を続けている。そういう所では『ヨソモノ』が浮いてしまうものなのだ。
不審な行動をしているパパラッチなどはあっという間に如月事務所に連絡が入り、タチの悪い輩には下手すると職務質問を警察から受けてしまうくらいである。
(ミロクさんの側にいれば、目立つのは俺じゃなくてミロクさんだからなぁ)
大野は苦笑しつつ歩いていると、数ヶ月ぶりに会う『王子』が喫茶店の入り口に立っているのが見える。
相変わらずのキラキラしたオーラを振りまくミロクは、メールのやり取りで言ってたような『フェロモンみたいなのをコントロールするのができるようになってきた』という一文をガン無視したような存在感を放っていた。
「大野君、久しぶりだね!」
花が咲くように微笑むミロクに、大野はつい顔を赤らめてしまう。
「はぁ、ミロクさんは相変わらずですね」
「え? 何が?」
「いや、何でもないです……」
なぜか疲れている様子の大野に首を傾げつつも、今回の呼び出し内容を伝える。
その瞬間、回れ右をして駅に向かって猛ダッシュをしようとする大野を、意外と力強く首根っこを掴んで引き止めるミロク。
「な、な、なんで今からmakimaki先生に会わなきゃいけないんですか! マジですか! リアルmakimaki先生マジですか!」
「うん。そうだよ。大野君は謝りたいんでしょ?」
ミロクからツイッタラーでの自分の立ち位置を考えて行動するように注意され、大野は慌てて真紀の上げた作品への『お気に入り』登録を解除した。
確かにミロクには「本人に謝りたいけど、そっとしておいたほうがいいいですよね」とメールで送ってはいたが、直接会って謝るという意味ではない。その発想は凡人には無い。
「俺、すごく迷惑かけて、いきなり会って謝るなんておかしくないですか?」
「すごく迷惑というか、まぁ今回のはしょうがないと思うよ。ここまで反応が大きくなったのは大野君がきっかけかもしれないけれど、そもそも真紀……makimakiさんが実力のある絵師さんだったってこともあるから」
「まぁ、確かにmakimaki先生は神絵師だと思いますけど」
「大丈夫だって! とにかく入ろう!」
ぐいぐい大野の背中を押すミロク。
店内に入るとふわりと漂うコーヒーの豆を挽く香りが漂い、奥の方に若い女性が二人座っている。
大野にとって片方は見覚えのあるミロクのマネージャーの女性、ということは絵師のmakimakiはもう一人の女性だろう。
「二人とも待たせてごめんね。彼が声優の大野光周くんだよ。ほらほら大野君、固まっていないで挨拶しなきゃ」
固まった動かない大野に、ミロクは肘で彼の脇をグリグリと小突く、というよりもかなりの力で抉っている。そこまでして何とか再起動した大野は、ぎこちない笑顔を見せてお辞儀をする。
「初めましてmakimaki先生、大野と申します。この度はご迷惑をおかけして、申し訳ないと思っています」
「うん。とりあえず座ろうか」
ミロクと大野に向かい合うようにして、フミと真紀が座っている状態になっている中、緊張しているのは大野だけではなく真紀も固まった状態になっていた。
「真紀、どうしたの? 具合悪いとか?」
「い、いや、あの、あの」
「makimaki先生?」
「ぴにゃっ!?」
アワアワしている真紀を心配した大野が呼びかけると、子猫のような悲鳴をあげてびくりと体を震わす彼女にミロクとフミは驚いで顔を見合わせる。
フミは自分の親友が初めて見せる表情に、ふと思い出す。
(そういえば真紀って、アニメ好きだけど声優好きでもあったはず!)
さらに言えば、そもそもツイッタラーで大野に反応したのは真紀からだ。これは良い機会だと、フミが早速親友のフォローに回ることにした。
「大野さん、真紀はアニメ『ミクロットシリーズ』が大好きで、特に今期の『ミクロットΩ』が一番好きだって言ってたんですよ。大野さんの反応も嬉しかったんですよ。ね、真紀」
「う、は、はひ、そです」
「まぁ、makimakiさんはプロ作家さんじゃないから、世間の悪意みたいな反応に慣れていなかっただけなんだよね。これからはきっと耐性もつくだろうし、ファンのためにも頑張らないとね」
「ふぁ、ふぁんだなんて、そんな私なんて全然……」
ミロクの言葉にショートボブの髪を乱すくらいに首を振り、その勢いにメガネをずらしつつ自分の力を否定する真紀に向かって、それまで黙って聞いていた大野は真剣な顔になる。
「自分を否定するのは良くないですよ。makimaki先生のファンはここにも一人いるんですから」
「ふにゃあっ!?」
再び謎の声をあげて、椅子から飛び上がらんばかりのリアクションをとる真紀。その過剰反応な様子を見て、さすがにミロクは首を傾げる。大野はそんな真紀に構うことなく、真剣な表情で言葉を紡ぐ。
「最初、なんでこの人王子を描いてくれないんだって思っていたんですけど、気づいたんです。俺はmakimaki先生だから、俺が声を担当している王子を描いて欲しいんだってことを。不思議と惹きつける絵を描くmakimaki先生に、俺はすごく惹かれています。だからこれからも作品を楽しみにしています」
「は、は、はひぃぃぃ……」
フニャフニャになってしまった真紀を慌てて支えるフミは、ふと気づいてミロクにそっと囁く。
「ミロクさん、大変」
「どうしたの?」
「真紀のドストライクの声って、大野さんだったの思い出しました」
「ああ、そういうことか」
「ちょっと真紀をクールダウンさせてきますね」
「了解。ごめんね」
真紀を支えて席を外すフミ。大野は真剣に語った時とは打って変わって、何故か泣きそうな顔をしている。
「ど、どうしたの大野君。ここまでの流れで君が泣く要素は無かったよね?」
「うう、ぐす、ミロクさん、俺やっと会えました」
「そうだね。憧れの人に会えたね」
「違いますよ! 妖精です! makimaki先生は妖精なんですよ!」
「はぁ?」
「イメージ通りです! きっと妖精みたいな、女性なのに女性らしくない体つきとか! イメージそのままですよ!」
泣きながら興奮する大野に、ミロクは改心したところで大野は大野だったなと妙に納得しつつ、「今の言葉は永久に封印しておけ」と若干肉体を絡めたオハナシをして、人気声優の顔色を青から白へ変えたりしたのであった。
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