185、戸惑う真紀と心配する芙美。
オッサンアイドルの有能マネージャーのフミと、彼女の長年の友人である真紀は、344(ミヨシ)が出演しているドラマのクランクアップの翌日いつもの喫茶店で待ち合わせていた。
事務所近くに古くからある喫茶店は、平日のランチタイムが終了すれば極端に客が減る。それで経営していけるのかという疑問が湧くかもしれないが、どうやら客は常に途切れず来る。その中の二人がフミと真紀であり、彼女達は来ればコーヒーもお代わりするしケーキも注文する上客でもある。
マスターの淹れた特製豆のコーヒーを楽しみつつ、フミは目の前に座る真紀の様子を静かに観察していた。。
次の連休では、大手動画サイトのイベントと共に開催される、コミケと呼ばれるイベントに参加することになった真紀。しかし久しぶりに会う彼女の表情は暗く、いつもなら競争率の高いそのイベントに参加できる喜びを爆発させているはずなのに、今回それが無いことにフミは首を傾げる。
「真紀、何かあった?」
「え? あ、うん。まぁ、ちょっとね」
SNSでの真紀をフミは知らない。彼女は仕事以外でそういうものに触れないし、毎日忙しく過ごしているため世情にも疎い。そんな友人に心配はかけたくないのだが、「彼」に関してはフミを通すのが解決する近道であるのは確かなのだ。
「ちょっとねって、それって何かあったってことじゃない」
「あはは、ほらフミ忙しいじゃない? 心配かけさせるとか嫌でさー」
「心配、させるような事なの?」
いつもはポワポワしているフミだが、いつになく歯切れの悪い真紀に対してその柔らかなオーラが消える。ミロクが見ていたならヨイチとの血の繋がりを強く感じるであろう、そんな切り替えの仕方ある。
「大丈夫なんだよ? ちょっと、不思議というか疑問というか」
「話して」
「別に何があった訳でもなくてね……」
「話しなさい」
「はい」
有無を言わせぬフミの様子に、真紀は殆ど抵抗出来ずに洗いざらい話す羽目になるのだった。
そもそもの始まりは何だったのか。
真紀はアニメ『ミクロットシリーズ』をこよなく愛しており、歴代のキャラクターを男性同士をカップルにして二次創作をするくらいの所謂『腐女子』である。
もちろん普通のオリジナルBLも大好きだし、普通のアニメやライトノベル、漫画なども大好きだ。
そんな真紀のSNSは、彼女の好きなもので埋め尽くされていた。
リアルな真紀を載せることはなく、ひたすら彼女の好きなことだけを追求する場としていた。
もちろん、アニメの好きな真紀のフォローする対象には声優も含まれている。ミクロットシリーズ最新作である『ミクロットΩ』。その主要キャラである敵役三人の声優をSNSでフォローすることは、彼女にとって当たり前の事であった。
ご存知の通り『ミクロットΩ』の敵役三人は、最近じわじわと人気の出てきたオッサンアイドル344(ミヨシ)の三人をモデルとしているというのは、アニメのファンであれば皆が知っていることである。
フミから当たり障りのない彼らの日常を聞いたり、比較的彼らを近くで感じてきた真紀は彼らのファンでもある。アニメのキャラクターの彼らも二次創作として描いているが、リアルな彼らもしっかりと描いて本を作り、同じくイベントで売り出すこともしていた。
「また、お気に入りのボタンが押されてる」
敵役の宰相と騎士を描いたイラストをSNSにアップした翌日、声優の『大野光周公式アカウント』からの反応に真紀は戸惑っていた。
「この人、アニメのミロク王子の声優だよね。一応ミクロット繋がりだから、なのかな」
真紀は以前、ミロクの姉ミハチが絡む騒ぎを大野が起こしたことを知らない。もちろん大野も真紀がミロク達と他の一般人より近しい関係である事を知らない。
偶然とは恐ろしいものだ。ネットという世界では『距離』というものが希薄であるため、こういう事も有り得るだろう。
それでも真紀はその「偶然」に何かを感じていた。
自分の創作活動は大手とは言えないものの、固定のファンがついている。自分もフォローしていることもあって、公式アカウントからフォローされることもよくあるが、SNSに上げた画像に反応されることは殆ど無い。
「なんで、私なんだろう?」
彼女の疑問は尽きない。
そしてそれは、彼女がミクロット関連で上げるイラストだけではなく、彼女のちょっとしたラフ画にまで『お気に入り』という反応がくるようになってきた。
公式のアカウントが反応することによって生まれた相乗効果での反応に、最近疲れを感じてきた真紀は、いっそのことSNSを退会しようかというところまで考えていた。
「ほら、フミはSNSやってないし、私の方も急に反応が増えてびっくりしているだけだから、大した事じゃないんだよ」
「それは真紀が決める事じゃ無いし、少なくとも私は今の真紀が大丈夫だと思えないよ」
「う、ごめん」
体を縮こませて小さくなる真紀に、フミはやっといつものポワポワした笑顔を見せる。
「謝ることはない。だって私が無理やり聞いたんだから」
「心配かけたし」
「心配したかったの。真紀だって私の心配するでしょ?」
「そりゃ、そうだけど」
「おあいこでしょ?」
「んー、ま、そうだね。うん。ありがとうフミ」
「どういたしまして」
肩の力を抜いた真紀は笑顔で礼を言うと、フミも笑顔で返した。
(うーん、どうしようかなー)
フミは笑顔のまま、誰に相談するか迷っていた。この件はヨイチに話すのは色々よろしくない気がしている。
以前叔父の恋人にちょっかい出そうとした一件は、彼の逆鱗に触れたため話題として出し辛い。
さらに、フミは別の情報を持っていたのだ。
(うん。やっぱりミロクさんに聞いてもらおう)
自分の心臓への負担と親友を秤にかけるまでもなく、フミはスマホを取り出しミロクにメールを送るのだった。
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