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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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183、クランクアップと弥勒の失態。

「なんだよ、それ」


「落ち着け(あるじ)。今すぐじゃない。まだ方法は……」


「あるのか!? こんなんなるまで、弥太郎は、弥太郎は!!」


「主、それをどうにかしようと僕たちは方法を探してるんだよ」


「ちげーよ! なんで、なんで俺に何も……」


 司は家臣である二人に詰め寄るが、振り上げたその拳を力無く下ろす。

 自分の通う高校の保険医と担任、そして時代を越えて自分の生きる世に来てくれた弥太郎。

 彼らの忠誠は常に司に向けられていた。家臣だと公言して憚らない三人を信用していたし、信頼もしていた。

 それでも「ずっとお側にいます」と笑顔で言った弥太郎の命が危ないことを、なぜ自分は知らないのか。

 なぜ、気づいてやれなかったのか。

 彼から何度も「何でもないです。大丈夫ですよ」という言葉を聞いたはずなのに。


「貧血気味だって言ってたよな。あれは傷が開いていたって事か」


「そうだな。俺ら二人と違って、弥太郎は死ぬ寸前にこっちに来た。どういう原理かは分からねぇが、アイツの傷は治った訳じゃなく『時間が止まっていた』という言い方が正しいだろうな」


「弥太郎君は、(あるじ)だけには言わないでくれって。彼も分かっていたようだね。数週間経った時に髪や爪が伸びないことに気づいたそうだから」


「そんな……」


 公園のベンチに座っている司の膝には、意識を失っている弥太郎が頭を乗せている。薬を投薬されたせいか落ち着いているように見えるが、長くは持たないだろうことがその顔色から伺えた。


「死ぬのか。俺の側にいるって言ったお前が。もう二度と約束は破らないって言ったお前が……ごめん。ごめん弥太郎。女子みたいだからって嫌がらないで、お前の好きなパンケーキ食いに行けば良かったな。ごめん、ごめんな」


(あるじ)……」


「……」


 子供のように泣きじゃくる司に、かける言葉を見つけられない家臣二人。ふと弥太郎が意識を取り戻したらしく、小さなうめき声を上げた。


「弥太郎!!」

「弥太郎君!!」

「おい、動かすな!!」


 止める保険医に軽く手を上げた弥太郎はゆっくり起き上がる。そこで司の膝に頭を乗せていたのに気づいた。


「申し訳ありません主、お見苦しい所を見せまして……」


「バカ! 何言ってんだ! 今はそんな事言ってる場合じゃねーだろ!」


「いえ、今だから、最後だからこそしっかりとせねばなりませぬ」


「言うな弥太郎!!」


「主、いえ、司殿。短い間ですがお世話になりました。ここでの事は……」


「やだ!! やめろ弥太郎!!」


 弥太郎は、顔をクシャクシャにして泣く司の頬をそっと手の甲で撫でると、彼の後ろで控える家臣二人に頭を下げる。


「後のことは、頼みます」


「……承知」


「来世で再び……合間見えましょうぞ」


 三家臣の繋がりは深い。そして彼らの第一は司であり、司が生きている限りは彼らに終わりはないのだ。

 二人の言葉に安心したように弥太郎は嬉しそうに微笑むと、彼の体は淡く光り出す。

 そしてシャボン玉が割れるように、突然現れたあの時と同じように、彼は唐突に消えるのであった。




『カットでーす!』




 スタッフの声に息を吐く出演者は、そのしばらく後の『クランクアップ』の声を待つ。

 明るく響くその声に、今度こそ出演者達は笑顔を見せてホッとした息を吐いた。


「終わりましたね!」


「最初と最後はCGか。光るミロクがまた見れるなぁ」


「光るミロク君って、ぷっ……」


「なんで笑うんですか!」


「いや、フミが第一話見た時に『ミロクさん、天使みたい!!』って騒いでたの思い出してね」


「あれな!! ツイッタラーでもすげぇウケてたな!!」


「あーもーやめてくださいよー」


 相変わらずわちゃわちゃ騒ぐオッサン達に、主役のKIRAが呆れたようにため息を吐いた。


「おい、オッサン達、ちょっといいか」


「ん? 何だい?」


「なんだなんだ、因縁つけんのか?」


「シジュさんヤクザじゃないんですから……KIRA君どうしたの?」


 ミロクは微笑んでKIRAの顔を覗き込むと、彼は「近いっつーの!」と顔を赤らめてそっぽを向く。


「その、色々迷惑かけたし、なんだ、アレだ、悪かったっつーか」


「え? 何?」


 ドラマの撮影終了ということで、スタッフのはしゃぐ声も多く聞こえている。KIRAの小さな声はかき消され、ミロクは聞き返すがますます声が小さくなってしまう。


「あー!! すいませんミロク兄さん!! KIRAは照れ屋なツンツンボーイなんで、すいません!!」


「本当は『ありがとうございます』って言いたかったんですよ! ね? KIRA君? ね?」


「だー!! うっせぇお前ら!!撮影ないくせになんで来てんだよ!!」


「メンバーの活躍を見るのと」


「クランクアップ後の宴会を目当てに」


「正直だな!!」


 先程までの大人しかったKIRAの面影はなく、メンバーのROUとZOUが来たせいか、怒っているような態度の中でも嬉しそうな様子が垣間見える。


「ツンツンだね」


「デレはねぇのかよ」


「シジュさんは男のツンデレは見たくないって言ってませんでした?」


「あれは女子の特権だろうが」


「KIRA君は可愛いと思うけどねぇ。シャイニーズっぽくて」


「ぽい、とは何ですか?」


「あまり背が高くなくて、少年と青年の短い時間、その輝きって感じ」


「ああ、なんか分かるな」


「そういうものですかね」


 若いアイドル三人のじゃれ合いを、ホンワカした気持ちで見守るオッサンアイドル三人。するとKIRAが何かを思い出したかのようにミロクに声をかける。


「おい、スピンオフをオッサン三人でやるって話だけど、台本無いって本当か?」


「そうなんだよー。本編がおかしくならないように、ドラマの台本と原作を読んで勉強しまくっているんだよー。もう時間がなくってー」


 血糊がべったり付いたままの服をスタッフに脱がせてもらいつつ、そのまま上半身裸になって着替え始めるミロク。


「おい! おま! 何やって……」


「ん? 何が?」


 きょとんとした顔のミロクの横で、ヨイチとシジュが慌てて着替え用のジャージで彼の肌を隠す。顔を真っ赤にしたKIRAの後ろでROUとZOUも呆然としている。


「しまった。油断してたぜ」


「そうだね。フミがいればミロク君も気を使うんだけど、居ないと気を抜くからね」


 アイドルは人前で着替えをしないと言い聞かされていたミロクは、しまったと慌ててジャージをしっかり着込む。

 もちろん「アイドルだから」というのは建前だ。老若男女問わずフェロモンが作用するミロクに対する、ヨイチの苦肉の策である。

 完璧主義のミロクにとって「アイドル稼業を完璧にこなす」というのは日々の目標であるため、人前で着替えるというのは彼にとって失態に他ならない。

現に数人のスタッフが鼻をティッシュで押さえている。間近で見ていた『TENKA』の三人はさすがに免疫があるのか早々に回復しているが、三人とも頬は赤いままだ。


「ああ、失敗しました。すみません」


「次から気をつけようね。ミロク君」


「はい」


 しょんぼりしているミロクを、不憫な子を見るような目で見るKIRA。


「アンタ、色々な意味で残念だな」


「うう、KIRA君に呆れられた……」


 さらに落ち込むミロクであった。




お読みいただき、ありがとうございます。

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