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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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21/353

21、弥勒は歌手ではなく。

 尾根江が去った後、ヨイチとフミは業務の打ち合わせの為に事務所に残るとの事だった。社長としても忙しいヨイチはどうするのか、これから色々と話し合うのだろう。

 ミロクが事務所を出ると、珍しくシジュが「飲まないか」と声をかけてきた。もちろんミロクに否やはなく、二人は事務所の裏手にある隠れ家的なバーに入っていった。


 まだ早い時間のせいか、静かにジャズの流れる店内は客の姿は無い。

 カウンターに座ると、マスターの出すお通しのタコスを見て、二人はコロナビールを頼んだ。

 ライムを軽く絞ると気泡がシュワっと上がる。


「とりあえず乾杯」

「とりあえずですね」


 瓶をコツンと軽く合わせて、二人はしばらく無言で飲む。ミロクはシジュの精悍な横顔を見る。無精髭を撫で、遠くを見るような目でコロナを飲む彼は、今何を思うのか。


「シジュさん、俺もここ何度か来ているんです」


「ん?ああ、そうか。社長と?」


「いえ、姉さんとバイトで。時々二人でピアノを弾くバイトしてたんです」


「ピアノ……お前マジ王子だな」


「それやめてください……白い王子様とか……」


「はは、悪い。でも良いじゃねぇか王子。女の子は王子様が好きなんだよ」


「本当ですか?若い女の子とか?」


「そうだな。二十三くらいの女の子とかな」


 ニヤリと笑って揶揄うシジュに、ミロクは目元を赤くさせ「うるさい野獣!」と反撃するも、いかんせん武器が弱かった。

 そんなミロクの様子に少し力が抜けるシジュ。やはり助かったと思うが口にしない。年上のプライドというものだ。


「まさか、捨てた夢の欠片が戻って来るとはなぁ」


「ダンサー……ですか?」


「捨てて、自棄になってホストやって、全部失くして、そんで今になって……だ。不思議なもんだな」


「それって結局捨ててなかったんじゃないんですか?」


 シジュが驚いた顔でミロクを見る。いつも飄々としている彼とは思えない表情だ。


「その身体、ホストしててもある程度トレーニングとかしてたんじゃないですか?俺に教えてる時も『いつもやってる事』のように話していたし、年齢からくる負担を考慮したトレーニングだったし。だから今回の事で尾根江さんから声がかかったんだと思います」


 ミロクは不思議だった。尾根江はとってつけたような言い方でシジュとヨイチと三人で組めと言っていたが、あれほどの実力主義者がメンバーの過去を見ていないわけがない。

 尾根江はシジュのことも「元ホストみたいな」って言ってた。的確すぎる言葉だ。


「尾根江さんは、今のシジュさんとヨイチさんを欲している。そしてそれは偶然ではないんだと思います」


 ミロクはシジュの目をジッと見つめる。


「俺、シジュさんの足引っ張らないように頑張ります。芸能については俺ぜんぜん分からないし……」


「それ言うならヨイチのおっさんじゃね?」


「それはまぁ、社長ですけど……」


「そうじゃなくて、おっさん昔シャイニーズに所属してたんだぜ?」


 ……。


「えええええええええええ!?」



 シャイニーズ事務所とは、少年から青年までのアイドルグループを次々と売り出す、大手中の大手の事務所である。

 SHOW-WA-Stepとか、轟とか、少年団とか、国民的アイドルを出している事務所。

 そこにヨイチは所属していたという。


「ネットで調べればある程度は分かるだろう。まぁ素人じゃねぇって事だ」


「発表会の舞台じゃあんなに震えていたのに……」


「そりゃ怖いだろうよ、俺も怖かった。一度離れていたからな」


「あ、すみません……」


「いや良いんだ。とにかく俺達は、お前の歌手活動の助けになれるって事だ」


 ミロクは少し引っかかりを感じた。これではまるで二人はオマケのような存在ではないか、と。


「俺の歌手活動って、それは違いますよ」


「違わねぇだろ。歌手活動の一環だって、ヨイチも言ってたぞ」


「いや、だから歌手って所がそもそも違うんですよ。尾根江さんの話聞いてました?『美形おっさんがアイドルなんて面白い』って言ってたんですよ?」


「ああ、それがどうした?」


「だから、歌手じゃないんです。アイドルなんじゃないですか。『俺たち』が」


「は?アイドル?」


「アイドルです」


「この年でデビュー?」


「そうです。まぁヨイチさんは再デビューですけど。それに尾根江さんってアイドルプロデューサーなんですよね?」


「…………」


 シジュは無言でスマホを取り出し速攻電話をかける。


「おい、すぐ来い。裏のバーだよ。は?いいから来いって!!」


 それから五分後、なぜか火照った顔をしているヨイチに、シジュは今話していたことを順繰りに説明していく。

 ヨイチの赤い顔は、どんどん真っ青になっていき、小刻み震え始めた。


「…………明日確認してみる」


 ぐったりとしている二人のおっさんを見て、ミロクは一体どうしたものかと、ハフンと小さくため息を吐いたのであった。





お読みいただき、ありがとうございます。

ある意味チートのタグをフル活用。

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