179、司樹の素朴な疑問と再登場する人。
共に死ぬ運命ならば
今は、あなたと共に在りたい
強く、強く、願うのは
あなたの幸せ
遠く、時を、越えるのは
あなたに会うため
ただ、それだけ
きっと、それだけ
「なぁ、ちょっと思ったんだけどよ」
「何ですかシジュさん」
「この最後の『きっと、それだけ』って、意味深じゃないか?」
「深く考えたら負けですよ。シジュさん」
歌詞が書かれている用紙を見ているシジュがボヤいている。
ミロクはその横でまったりとピアノを弾いていた。ヨイチが少し小休止にしようと言ったことにより、ここぞとばかりにミロクは『長編アニメの巨匠』と呼ばれる監督の初期作品のメインテーマを弾いている。
「はい、飲み物買ってきたよ」
「ここって飲食禁止だったんじゃないですか?」
「そこは社長としての信頼関係がものを言うわけだよ。ミロク君」
「ここの受付のお姉さんが、ヨイチのオッサンの流し目に陥落してたからな」
「信頼って……違うじゃないですか。それはヨイチさん得意のお色気作戦でしょ」
「……なんかミロク君に言われるのは納得がいかないよ」
「天然は作戦たてられねぇからな。オッサンの負けだ」
シジュはしたり顔で言うと、ペットボトルのスポーツドリンクを一気に半分まで飲む。ミロクもピアノを弾く手を止めると、もらったスポーツドリンクに口をつける。思った以上に喉が渇いていたらしく、常温だったこともありミロクも一気に飲んだ。
冷たい飲み物は喉も体も冷やす。良い声を出すには喉を冷やしてはいけない。血流が悪くなり声帯に負担がかかりやすくなってしまうのだ。
歌を歌うということは体全体を使う。スポーツをする前に準備運動で体を温める必要があるように、歌にも準備運動が必要であり、体を冷やしては良い声も出ないのだ。
「それはともかく。スピンオフの企画は実際やるかは決定ではないみたいだね」
「え?そうなのか?」
「僕らが新曲を出すことは決まっていたけど、それはもう少し後の予定だったと尾根江さんが言っていたんだ。……まぁ監督もやる気だし、ヨネダ先生は筆がノリノリだから脚本も心配ないし、ほぼ確定なんだろうけど」
「ヨネダ先生は一時のスランプもどきから、すっかり回復されましたね。しかも筆がノリノリで止まらないなんて、世の中のラノベ作家さんが壁を殴りつつ悔し泣きじゃないですか?」
「あの時の、俺らの即興劇が上手くいって良かったな」
ニヤリと笑ってシジュは再び歌詞に目を落とすが、やはり眉間にシワが寄っている。
「なぁ、そんなに会いたいのか。男が男に」
「シジュ。あまり深く考えない方がいいよ」
「それミロクにも言われたから。もういいから」
そんなに不思議な歌詞かなぁとミロクは見直してみるも、シジュほど疑問に思う点はない。誰かを一途に想うのに、性別は関係ないというのが彼の基本的な考え方なのだ。
「なんか俺、ミロクが男女共々人気ある理由が分かってきた気がするな」
「はは、何を言っているんだか。シジュだって男女共々人気があるんだよ?」
「マジか!」
「そういえば、アルバム発売のイベントでも、シジュさんに男性のかけ声が……」
「マジか!ヨイチのオッサンのしか聞いてなかった!」
「僕のって何!?」
「兄貴ーって言われてただろうが」
「あれって僕のことなの!?」
「ファンの間では、三兄弟って言われているみたいです。サイバーチームが広めたっぽいですけどね」
まったくと言いながらも、彼らがやることは事務所の利益にしかならないので、あまり注意出来ないヨイチだった。
「さてと、ツイッタラーで新刊のお知らせをしないと……」
パソコンのデータで入稿をし、ひと息つく間もなくSNSのアプリを起動させる真紀。
同人作家のみならず、創作活動をしている人間にはよくある話だが、締め切りのギリギリまでのんびり構えていた彼女は、三日以上殆ど寝ずに原稿と向き合っていた。社会人でもある彼女にとって、同人作家としての創作活動は睡眠時間を削るしかないのだ。
尚、土日祝日に彼女が何をやっていたのかというと、ただひたすらダラダラしていた。
作家という存在は、常に過酷な状況に身を置いているのである。
親友であるフミには、メールで「しばらく潜る。終わるまでメールの返事とか遅くなる」と伝えてあった。それでも一日二回はメールチェックをしている為、音信不通まではいかない。しかし二、三日に一回はメールのやりとりをしている親友から、すでに一週間以上も音沙汰がない。
(何かあったかな)
心配はしていなかった。彼女の周りには、助けてくれる『大人』がいるからだ。
しかし、親友というだけあって真紀に遠慮せずに何でも言うフミが、何も言わないのは良い事ではない。それは彼女が吐き出すことが出来ないくらいの、切羽詰まった状況になっていることを意味しているからだ。
(フミがミロクさんの惚気話を我慢できるわけがないもの。きっと何かあったんだ)
きっとその辺りはミロクの姉ミハチが知っているだろうと、百点の回答を出す真紀は少し寝たらミハチにメールしようと決める。
寝る前にツイッタラーに投稿した新刊情報の反応で、スマホの鳴り止まない通知アラームをチェックする。
そこには多くの応援メッセージがある中、ツイッタラー公式のマークがついているユーザーがいる。
(この人、最近よく反応してくるなぁ)
公式のマークがついているユーザーが、なぜ自分に反応してくるのかが真紀には分かっていなかった。そしてそのユーザーのことは真紀はよく知っていた。
フミからの聞いた話では、彼は某事務所の社長からコテンパンにされた挙句、自宅謹慎をしているはずだった。
(この人も、まさか私が少し344と関わっているなんて、思ってもいないだろうし気のせいだよね)
偶然だろうと思いつつも、何か嫌な予感がしている真紀は身震いすると、スマホを机に置いて大好きなお布団に潜り込む。
起動したままのSNSアプリは、そのまましばらく画面に出ている。そこにあるユーザー画面には『大野光周(声優)』という文字が見えていた。
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