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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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179、司樹の素朴な疑問と再登場する人。

 共に死ぬ運命ならば

 今は、あなたと共に在りたい

 強く、強く、願うのは

 あなたの幸せ

 遠く、時を、越えるのは

 あなたに会うため

 ただ、それだけ

 きっと、それだけ


「なぁ、ちょっと思ったんだけどよ」


「何ですかシジュさん」


「この最後の『きっと、それだけ』って、意味深じゃないか?」


「深く考えたら負けですよ。シジュさん」


 歌詞が書かれている用紙を見ているシジュがボヤいている。

 ミロクはその横でまったりとピアノを弾いていた。ヨイチが少し小休止にしようと言ったことにより、ここぞとばかりにミロクは『長編アニメの巨匠』と呼ばれる監督の初期作品のメインテーマを弾いている。


「はい、飲み物買ってきたよ」


「ここって飲食禁止だったんじゃないですか?」


「そこは社長としての信頼関係がものを言うわけだよ。ミロク君」


「ここの受付のお姉さんが、ヨイチのオッサンの流し目に陥落してたからな」


「信頼って……違うじゃないですか。それはヨイチさん得意のお色気作戦でしょ」


「……なんかミロク君に言われるのは納得がいかないよ」


「天然は作戦たてられねぇからな。オッサンの負けだ」


 シジュはしたり顔で言うと、ペットボトルのスポーツドリンクを一気に半分まで飲む。ミロクもピアノを弾く手を止めると、もらったスポーツドリンクに口をつける。思った以上に喉が渇いていたらしく、常温だったこともありミロクも一気に飲んだ。

 冷たい飲み物は喉も体も冷やす。良い声を出すには喉を冷やしてはいけない。血流が悪くなり声帯に負担がかかりやすくなってしまうのだ。

 歌を歌うということは体全体を使う。スポーツをする前に準備運動で体を温める必要があるように、歌にも準備運動が必要であり、体を冷やしては良い声も出ないのだ。


「それはともかく。スピンオフの企画は実際やるかは決定ではないみたいだね」


「え?そうなのか?」


「僕らが新曲を出すことは決まっていたけど、それはもう少し後の予定だったと尾根江さんが言っていたんだ。……まぁ監督もやる気だし、ヨネダ先生は筆がノリノリだから脚本も心配ないし、ほぼ確定なんだろうけど」


「ヨネダ先生は一時のスランプもどきから、すっかり回復されましたね。しかも筆がノリノリで止まらないなんて、世の中のラノベ作家さんが壁を殴りつつ悔し泣きじゃないですか?」


「あの時の、俺らの即興劇が上手くいって良かったな」


 ニヤリと笑ってシジュは再び歌詞に目を落とすが、やはり眉間にシワが寄っている。


「なぁ、そんなに会いたいのか。男が男に」


「シジュ。あまり深く考えない方がいいよ」


「それミロクにも言われたから。もういいから」


 そんなに不思議な歌詞かなぁとミロクは見直してみるも、シジュほど疑問に思う点はない。誰かを一途に想うのに、性別は関係ないというのが彼の基本的な考え方なのだ。


「なんか俺、ミロクが男女共々人気ある理由が分かってきた気がするな」


「はは、何を言っているんだか。シジュだって男女共々人気があるんだよ?」


「マジか!」


「そういえば、アルバム発売のイベントでも、シジュさんに男性のかけ声が……」


「マジか!ヨイチのオッサンのしか聞いてなかった!」


「僕のって何!?」


「兄貴ーって言われてただろうが」


「あれって僕のことなの!?」


「ファンの間では、三兄弟って言われているみたいです。サイバーチームが広めたっぽいですけどね」


 まったくと言いながらも、彼らがやることは事務所の利益にしかならないので、あまり注意出来ないヨイチだった。










「さてと、ツイッタラーで新刊のお知らせをしないと……」


 パソコンのデータで入稿をし、ひと息つく間もなくSNSのアプリを起動させる真紀。

 同人作家のみならず、創作活動をしている人間にはよくある話だが、締め切りのギリギリまでのんびり構えていた彼女は、三日以上殆ど寝ずに原稿と向き合っていた。社会人でもある彼女にとって、同人作家としての創作活動は睡眠時間を削るしかないのだ。

 尚、土日祝日に彼女が何をやっていたのかというと、ただひたすらダラダラしていた。

 作家という存在は、常に過酷な状況に身を置いているのである。

 親友であるフミには、メールで「しばらく潜る。終わるまでメールの返事とか遅くなる」と伝えてあった。それでも一日二回はメールチェックをしている為、音信不通まではいかない。しかし二、三日に一回はメールのやりとりをしている親友から、すでに一週間以上も音沙汰がない。


(何かあったかな)


 心配はしていなかった。彼女の周りには、助けてくれる『大人』がいるからだ。

 しかし、親友というだけあって真紀に遠慮せずに何でも言うフミが、何も言わないのは良い事ではない。それは彼女が吐き出すことが出来ないくらいの、切羽詰まった状況になっていることを意味しているからだ。


(フミがミロクさんの惚気話を我慢できるわけがないもの。きっと何かあったんだ)


 きっとその辺りはミロクの姉ミハチが知っているだろうと、百点の回答を出す真紀は少し寝たらミハチにメールしようと決める。

 寝る前にツイッタラーに投稿した新刊情報の反応で、スマホの鳴り止まない通知アラームをチェックする。

 そこには多くの応援メッセージがある中、ツイッタラー公式のマークがついているユーザーがいる。


(この人、最近よく反応してくるなぁ)


 公式のマークがついているユーザーが、なぜ自分に反応してくるのかが真紀には分かっていなかった。そしてそのユーザーのことは真紀はよく知っていた。

 フミからの聞いた話では、彼は某事務所の社長からコテンパンにされた挙句、自宅謹慎をしているはずだった。


(この人も、まさか私が少し344と関わっているなんて、思ってもいないだろうし気のせいだよね)


 偶然だろうと思いつつも、何か嫌な予感がしている真紀は身震いすると、スマホを机に置いて大好きなお布団に潜り込む。

 起動したままのSNSアプリは、そのまましばらく画面に出ている。そこにあるユーザー画面には『大野光周(声優)』という文字が見えていた。




お読みいただき、ありがとうございます!


すいません!ゆっくり頑張ります!


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