176、ドラマのスピンオフと新曲の話。
その、あまりにも突然な話に、オッサンアイドル344(ミヨシ)のリーダーであるヨイチは一瞬顔を強張らせたものの、すぐに元の穏やかな表情に戻る。
相手は今回344がキャストをつとめたドラマの監督であり、ヨイチとは昔からの知り合いである。それでも今はビジネスの話をしている為、相手に自分の弱みを見せるわけにはいかないのだ。
「家臣三人組のスピンオフドラマの話は聞いていましたが、さらに僕ら344(ミヨシ)の新曲をぶつけるんですか?ヨネダ先生の歌詞で?」
「そうそう。脚本やってたヨネダ先生が、ものすごいペースで書き終えたから余裕があるみたいでね」
「余裕があるって言っても、彼女がまだ学生でしょう? 勉強もあるでしょうに」
昼間のテレビ局内にある喫茶ルームは、利用客が少なく閑散としていた。
まぁまぁ味の良いコーヒーを啜りつつ、監督は女子高生作家を心配するヨイチを楽しそうに見ている。そのニヤニヤしている彼の様子を見て、ヨイチは大袈裟にため息を吐いてみせた。
「正直、主役のKIRAじゃない家臣の方が人気が出ると思わなかったよ。スタッフ達はスピンオフ制作に乗り気だったけど、俺はそこまでじゃないと思っていた。今は何がウケるか分からんな」
「まぁ、僕も社長という立場からアイドルに引っ張られるなんて、思っていなかったですからね。こういう流れが読めるのは、あのプロデューサーくらいじゃないですか?」
「そういや、噂になっているな。お前達をプロデュースしているのは尾根江じゃないかと」
「ですねぇ」
気持ち的に落ち着いてきたヨイチは、彼にとって際どい話であるはずの内容だったが、少しも動じることもなく冷めかけたコーヒーを一口飲む。
「隠していたんじゃないのかい?」
「そういう噂が出始めたということは、そういう時期なんでしょう。で、曲の方はもう出来上がっているんですか?」
「とりあえずはワンコーラスのだけ作っておく。フルバージョンは時間がかかるから後日に録る」
「分かりました」
スピンオフのドラマは、深夜三十分の枠で放送されるものだ。ミニドラマと家臣三人の会話、ドラマに出てきた脇役を毎回ゲストとして呼ぶことになっている。
本編のドラマが終わるまでの番組だが、これはある意味344の番組となる。ここで一気に知名度を高めたいものだとヨイチは考えていたが、新曲もとなるとかなりスケジュールがキツくなりそうだ。
「そこまで決まっているのであれば、僕からは何も言えないですね。某プロデューサーが一枚噛んでいそうですし」
「はは、分かってしまうか」
「分かりますよ。そりゃ」
ではそろそろと立ち上がるヨイチは、監督がそのままコーヒーを追加で注文しているのを見て首を傾げる。
「まだここに用があるんですか?」
「ああ、KIRAの病欠騒動もあって、シャイニーズ事務所のお偉方が来るらしい。俺は忙しいからここですませてくれと言ったんだ」
「それは色々と大変ですね。僕は失礼しますよ」
「おう。スケジュール調整は頼んだ」
「ああ、それと」
振り向いたヨイチはその切れ長の目を細め、その奥に怪しげな光を灯す。
「その『お偉方』とやらに伝えてくださいよ。『TENKA』のマネージャーは変えた方が良いと」
「お、おう、言っておく」
ぺこりと頭を下げ、綺麗な歩き姿で立ち去るヨイチを見送る監督。
「相変わらずだな」
人を大事にしない組織がダメにするのは雇われている人間だけではない。その周り、雇われている人間の家族や友人共々ダメにする。
とりあえずは、あのマネージャーを変えることが最善策だろうとヨイチは口を出した。
そしてそれは確かに聞き届けられるだろう。
「伝説のアルファ、か」
フミは必死にスケジュール表とにらめっこしていた。
叔父であり、事務所の社長でもあるヨイチからきたメールには、短いとはいえスピンオフドラマの撮影と、そのドラマに間に合わせるように新曲録りをするとあった。
「本編とスピンオフのドラマと、それに新曲? どうやって盛り込んでいけばいいの?」
三人そろってのラジオの仕事、個々に活動しているファッション雑誌モデルの仕事もある。月に二回の動物番組の仕事はミロクの精神衛生上外すことは出来ない。
さらにはドラマに出演することによって、ラジオやテレビ番組では『ドラマの番組宣伝』が出来る。
「うーうーうー」
デスクに額をぐりぐり擦り付けるという意味のない行動をするフミだったが、クスクスと笑い声が聞こえて慌てて後ろを振り返ると、笑顔のミロクが立っていた。
「ミロクさん……もう、居たんなら声かけてくださいよ」
「すごく一生懸命みたいだったから静かに見てたんだけど、急に唸りながらこうおでこをデスクに……」
「わぁー!! 言わないでください!!」
「ごめんごめん」
フミが真剣に悩んでいたのを知っているミロクはすぐに謝る。満面の笑みで謝られてもと、ふくれっ面の彼女にミロクはもう一度謝ってから、話を聞く。
「つまり、俺らの仕事がキャパオーバーになってきたってことだよね」
「そうなんです。ロケが多いので移動の時間をとらないといけないのと、生放送のラジオでは三人揃う必要がありますから……」
「うん、どうにかなりそうだね。雑誌のモデルはロケを外してもらうことになったから」
「え!そうなんですか!」
「表紙を飾る時はロケになるかもだけど、基本はスタジオ撮りになったよ。出版社の人が申し出てくれたみたい」
「良いんですか?」
「最近忙しくなってきたってスタッフさんに言ったら、なんか急にそうなったんだ。向こうからの申し出だから大丈夫じゃない?」
「はぁ、そうですか」
344メンバー三人ともそうだが、特にミロクはスタッフの好感度が異常に高い。
営業時代に培った対人スキルや人当たりの良さもあるが、さらに老若男女問わず好意を持たれるフェロモンを振りまいているのだ。好感度が高くない方がおかしい。
「あと、月二回だった動物ロケも、一回にまとめて撮ってくれるみたいだよ」
「はぁ、そうですか」
ミロクの発した「疲れたな」の一言で、どれほど周りが動くのだろうとフミは不思議な気持ちになる。
スタッフの人達は、たぶん個々で大きく動いた訳ではないのだろう。皆がミロクに対して自分が出来ることで少しずつ『好意』を寄せた。それだけだ。
その小さな力が集まれば、大きな力になる。皆が少しずつ動いたことにより、大きい結果が出たということだ。
そして、それをさせたのはミロクだ。
フミは目の前にいる、自分に微笑みかけてくれる綺麗な人こそが、きっと本物のアイドルという存在なのかもしれないと思った。
(私はミロクさんに何が出来るんだろう。もっとたくさん、彼の力になりたいのに……)
彼女の胸に感じる小さな痛みは、自分の力不足を責める痛みだ。
その痛みが大きくならないよう精進するしかないと、フミは心の中で気合を入れ直すのだった。
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