閑話14、KIRAファンの女子と司樹の友人(再)の場合。
テレビ番組の情報誌を開くと、トレードマークの金髪から黒髪になった愛しのマイダーリン『KIRA君』が中心に写っているドラマの特集が組まれていた。
「ああん! 楽しみ! 楽しみすぎて鼻水出そう!」
「汚いなー。落ち着きなよ」
シャイニーズ事務所でも、期待の若手と言われている『TENKA』。私と同じくらいの年齢の彼らは、三人とも個性的で、何と言っても可愛い。
その中でもメインボーカルのKIRA君は、歌もダンスも上手いし可愛いだけじゃなく格好良い。そこに私はメロメロになってしまったのだ。
そんなKIRA君が主演の連続ドラマが、今日、今から放送するのだ。
「ああん! もう! 待っていられない!」
「いや、待つしかないでしょうが。もう落ち着かなくていいから待て」
小学生の頃からの付き合いなのに、隣でポテチ食べながら冷静につっこんでくる親友。冷たいぞ親友。
そんな私の心の声が聞こえたのか、親友は続けて言った。
「そんな事ないよ。私が冷静だと思ったら大間違いだ」
「え? そうなの? ドラマ楽しみにしてたの?」
「うん。もちろん『TENKA』なんて子供に興味はないけどね。私は『344(ミヨシ)』目当てだから」
「何それ」
「ここ注目」
親友が指差すのは、私が開いているテレビ情報誌の写真の一つ。そこにはやたら色気のある男の人が小さく写っている。
「小さめだね。でもこの三人の中の若い人、え? マジで!? 三十代!?」
「ふふん。驚いたか」
「驚くよ! KIRA君と共演で、まぁ少し大人っぽいとは思ったけど……」
「こんな写真よりも、実際見た方がもっとびっくりするんだから」
「え? リアルで見た事あんの? いつ?」
「最初はお母さんの付き添いだったんだけどさ、もうダメ。あの色気。推しは保険医のシジュさんだけど三人とも好き。マジやばい」
あまり物事に熱くならない親友が、ここまで夢中になるのは珍しい。っていうか。
「私、知らなかったんですけど。なんでそんなどっぷりハマってるのに教えてくれなかったの」
「キラ〜キラ〜って、アンタうるさかったし。それにこれを機会に見るだろうから百聞は一見にしかずじゃよ」
「何で急に老いるの」
「心穏やかにしておかないと、後が危険だから」
何を言ってるんだと私は親友を笑い飛ばしたけど、私は数十分後に後悔することになる。
なぜか友人が用意していた箱ティッシュ、アイス枕、そして飲むタイプのプルーンドリンク……その全てを私は必要としてしまったのだ。
「うん。私はなんとか画面越しならいけた。アンタは大丈夫?」
「……だいじょばない」
今回の敗因は、がぶり寄りでテレビ画面を見てしまったこと。そして我が家のテレビが最新型だったこと。そして事前情報をKIRA君以外集めていなかったことだ。
なんだアレは。
圧倒的な視覚への暴力。
美と色という言葉は、彼らのためにあるのではないか。
主君の為に着た真っ白な着物の下にある引き締まった素晴らしい体。透きとおるような白い肌は滑らかに見えた。一瞬だけ映る割れた腹筋に、食い込む刃の銀色が思わず目を背けそうになる。でも頭とは別に目は画面に釘付けで動けなかった。
まだ一話だから出番があまり無いだろうKIRA君の担任の先生が出てくるだけで、興味のなかった「男性のスーツ姿」に萌え上がり、保険医の男性が血まみれの彼を腕に抱いている姿に、自分でも自覚なく熱いものを流していた。鼻から。
「親友殿」
「なにかね」
「今の拙者に必要な物を、明日までに大至急」
「愚かな」
「無理は承知の上」
「明日などとは水臭い。それくらい今、この場で渡してくれるわ」
「し、親友殿おおぉぉ!!」
親友が用意していたのは救護グッズ?だけではなかった。私がどっぷりハマることを予想していたかのように(実際予想していたんだろうけど)、彼らの載っているファッション雑誌やアニメのDVD、声優番組のDVDまであった。
そして、何と彼らはアイドルだった!
マジか! マジなのか! 結構オッサンだろうに!
そのまま流れるように友人はミュージックDVDをデッキに入れる。ここで私達は痛恨のミスをしてしまう。
我が家のテレビは、最新型なのだ。
私達は二人仲良く鼻血を流して、帰ってきた弟に「スプラッタだ!!」と叫ばれ、慌てて覗きにきた両親も驚いて救急車を呼ぼうとしたりと、大騒ぎになってしまうのであった。
でも、KIRA君は別のところで好きなんだよね。
乙女という生き物は皆、欲張りなのさ。
「んー。そろそろかー」
夜勤明けの気怠い身体を、無理のない程度にゆっくり起こしていく。
若い時とは違って、二日くらい寝なくても大丈夫などとは言えなくなった。
録画予約はしているが、彼の友人でもあり一ファンでもある自分としては、リアルタイムでの視聴を逃すことはできない。
「俺の推しメンとしてはシジュなんだけど、最近ヨイチさんも捨てがたいんだよな。あの切れ長の目で見られた日には、落ちる自信がある」
男でありいい歳したオッサンが何を言っているのかと思われるだろうが、良いものは良い。
ここ最近、密かに話題となっているオッサンアイドル344(ミヨシ)は、一番若いミロクが三十六歳という、アイドルにしては高年齢の三人組だ。若いアイドルには出せない大人の色気と魅力がすごすぎると評判で、一度でも彼らのイベントに行けばファンになること間違いない……らしい。
ちなみに俺はノーマルだ。
344のメンバーの一人シジュは10年来の友人で、その彼と関わる人達を応援するのは当たり前だし、実際彼らにハマっている自分を自覚していた。
「シジュは舞台経験があるし、ヨイチさんは元シャイニーズ。となると、ミロク王子の演技がどうなのかが不安になるな」
なぜか兄のような目線で344のメインボーカルであるミロクを見てしまう。それは先日久しぶりにシジュと飲んだ時に、彼のミロクに対する兄っぷりに影響されたからかもしれない。
「うん。正直侮っていた。さすが王子だ」
ミロクはファンから『白い王子様 』と呼ばれている。白い肌に、ファンに対するフェミニストな行動がそれに拍車をかけていた。本人は王子と呼ばれたくないそうだが、あれは自業自得だとシジュも言っているので、彼は王子としてこれからも強く生きていって欲しいものである。
ライトノベル原作のドラマということで、そこまで期待していなかった。
それは『ライトノベル』だからではなくて、自分は原作のファンというのが理由だ。
友人であるシジュは弟分のミロクに触発され、最近になってラノベを読み始めたらしい。しかし自分はもう随分前からネット小説にある『ライトノベル』をよく読んでいた。
元々重度の活字中毒者というのもあって、ネットで気軽に読めるライトノベルにはかなりお世話になっている。それもあり、自分のラノベに対する思いは世間一般とは違うだろう。
「原作とはまた違う一面を見せる作りになっているな。原作者が脚本を手掛けているだけあって、良い内容になっている」
秘蔵という程でもないが、比較的値段の高いウイスキーの入ったグラスを片手に、ほろ苦いチョコレートを一欠片かじる。これはバレンタインに友人であるシジュに渡したものと同じものだ。
何度も言うが、俺はノーマルだ。
「ん。やっぱシジュは画面に映えるなぁ。うんうん」
身内?の欲目だろうか、シジュが画面に出ると思わずテレビにかじりつくように見入ってしまう。
こうやって見ていると遠い存在になったように感じられるが、彼はどんなに忙しくても定期的に飲みに誘ってくれる。忙しいなら休めと言ったら「お前と飲むとリセットされるんだよ」と言って笑うから、俺からはもう何も言えなかった。
「リセット、ねぇ」
それが何に対してのリセットなのか分からないが、彼がそれで元気になるなら良いだろうと思う。
彼とは付き合いが長い。どん底ではなかったが、ヤケになってホストという仕事をしていた時も、そこから少しずつ浮上して別の角度からホストという仕事に向き合った時も。
そしてその仕事を辞めてホッとしたような顔を見せた時も。
「俺は側にいたんだよな。側にいるだけだったけどな。それしか出来なかったから……」
彼の進む道は、彼が決める事だ。それは冷たいようだけれども、どうしようもない事だ。
だから。
つまづいて、よろけて、座り込んでいたら一緒に飲んでやる。それくらいの甘やかしは許されるだろう。
ほろ酔い気分で昔を思い出していたら、スマホの画面が光っている。メールを受信したらしい。
片手で操作しながら、グラスに残ったウイスキーを一気にあおる。
提示された時間に合わせるよう明日の仕事内容を脳内で組み立てつつ、俺は顔をニヤつかせながら早速メールに返信するのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




