175、助言と謝罪と撮影と盛り上がり。
今や人気絶好調とうたわれる、シャイニーズ事務所の所属ユニット『TENKA』のメインボーカルであるKIRAは、マネージャーに付き添われながら撮影スタッフ一人一人に頭を下げていた。
笑顔の裏で、舌打ちをしているKIRA。それはスタッフに対してではなく、自分に対して生意気にも説教に来たあの少女に対してであった。
(あの女、顔に痕が残らないように計算した上で、思いっきり平手打ちしやがって……)
KIRAが頭を下げている行動。
迷惑をかけ反省していることを伝えるべく、誰よりも早く現場入りして来るスタッフに謝罪するこの行動こそ、あの少女の言いなりになっているようで気分が悪かった。
『とにかく頭を下げろ! 許されなくても頭を下げろ! 許してもらえるならそれくらい安いものだ! お前のやった事は、現場の空気と撮影の流れをぶち壊したんだ! お前がもう一度作り直せ! この勘違いナルシスト野郎!!』
一見儚げな雰囲気の美少女が、高熱で唸っている人間に対し言う事だろうか。
何とか起き上がり、やっとの思いでドアを開けるやいなや怒鳴りつけられるという、ある意味生まれて初めての経験をしたのだ。
KIRAは自分の住む場所をしっている彼女に疑問を持つも、その彼女の後ろで苦笑しているメンバーを見て「ふざけるな」と呟いた。
大方彼らは美少女を見て、KIRAの彼女とかそういう存在だと勘違いしたのだろう。それこそふざけるなとKIRAは言いたい。こんな女はゴメンだ。
「はぁ」
「疲れたのかいKIRA君」
「うるせー。そうじゃねー。これは俺が悪いから疲れるなんてねーよ。ちょっと思い出し怒りが」
「思い出し怒りって……」
「あの女。マジふざけんなっつの」
「女? 珍しいねKIRA君が女性の話題を出すの」
「そういうんじゃねぇよ。この前メインやってた女、共演した」
「えーと、ああ、あのアイドルっぽい美少女! 可愛い子だよねぇ」
「どこがだよ」
「え? そういうんじゃないの?」
一人盛り上がるマネージャーを放置し、現れた監督を見て気持ちを切り替えるKIRA。もう失敗は出来ない。
「監督!!」
自分から発する声が少し硬いのを意識しつつ、KIRAは小走りに監督の元へ走って行った。
「おうおう。頑張ってるぞ若者」
「こっちにも彼は来るのかな?」
「まずはスタッフに挨拶してる所が、好感度上げてますね」
復帰したKIRAを遠巻きに見るオッサンアイドル三人は、簡易椅子が並べてあるゾーンに座って台本を読み合わせている。
思った以上に早く復帰したKIRAだったが、とりあえず主人公抜きで撮れるところを撮影する予定だったため、かの若者は一人一人に謝る時間は充分にあるようだ。
「それにしても、ヨネダ先生の台本が粗方仕上がっていたみたいで、良かったですね」
「一時はスランプとか言ってたしなぁ」
「僕が行けなかった打ち合わせの時の話かい?」
「急きょ喫茶店を開業した甲斐がありました」
「ヨイチのオッサンも登場してたぜ?名前だけな」
「うっ、疎外感……」
高校生ラノベ作家の、ドラマ脚本家デビューは成功と言えるだろう。密かに彼女のファンであるミロクも嬉しく思っている。
台本では学校の教員の二人、ヨイチとシジュも転移してきたという事が判明したのを知る場面が書かれている。ミロク扮する弥太郎が主君と崇める主人公にも、何か秘密があるのではと視聴者に思わせるセリフが多い。
撮影場所は、人通りの少ない大学の構内だった。
そこに立つ三人の美丈夫に、学生達は遠巻きに撮影を見学していた。344(ミヨシ)を知る人間が居たようで、女性の黄色い声が上がるのをスタッフが慌てて注意しているのが見える。
まだ昼間でも寒い中、ミロクは学生服、ヨイチは濃いグレーのスーツで、シジュは上着代わりに白衣を着ている感じだ。
「あの日、先生方と共に、あの合戦で戦った……?」
「そうだね。僕らはそこに居たんだと思うよ」
「気づいたらこの『日本』に居たからな。お互い同じ孤児院に入って、こうやって教員になった」
「ここは平和だよね。そして歴史として『戦国時代』と呼ばれる頃が僕たちの生きていた世界に近いような気がする。でも、どの歴史書を探しても自分が住む地名、主君の名前、多くの有名な武将の名でさえも見つからなかった」
「それは……どういう……」
「少なくとも俺たちが今ここに居る日本の過去から、俺たちは来た訳じゃないってことだろうな」
「そんな……それでは司殿は、殿の生まれ変わりではない、と?」
「少なくとも、生まれ変わりじゃなさそうだな」
「弥太郎君、自害しようとした時、司……いや、殿の最期は看取ったのかい?」
「いや、もう事切れる寸前ではあったが、まだ生きておられたと思う」
「それは本当に、殿だった?」
『カーット!!』
いつになく気合の入った声に、三人のオッサンは軽く息を吐く。
ここでは「真相に近づく」という緊迫した雰囲気が必要であり、いつもファンにはサービスするミロクも集中しているのか手を振ることはない。
モニターの前で監督と一緒に、一つ一つの動きやセリフを確認する。何度か映像を繰り返してOKが出たところで、三人はやっと安心したように笑顔で椅子に座った。
「お疲れ様です」
少し緊張していたせいだろうか。フミから受け取った温かいコーヒーを持つことによって、ミロクは自分の指先がひどく冷たくなっていることに気づく。
「ありがとう。温かいよ」
「とても良かったです。放送が楽しみです」
「ありがとう」
ふわりと微笑むミロクに、思わず見惚れるフミ。
いつものような王子然とした甘い微笑みではなく、何か少し違う雰囲気を感じた。そしてそれはフミだけではなく、ヨイチとシジュも感じたようだ。
「どうしたミロク。疲れたのか?」
「ミロク君、無理したらダメだよ。今日はこれで終わると思うけど、監督に言って早く帰るかい?」
「あ、いや、そうじゃないです。元気ですよ。ちょっと考え事してて……」
「考え事!? 大丈夫ですか!? 何か悩みですか!?」
「悩みじゃないよフミちゃん! 落ち着いて!」
なぜか急に過保護を発動するフミに、ミロクはそこまで変な態度をとっていたのかと少し反省する。
「マネージャーじゃねぇけど、悩みとかなら早く言えよ。こういうのは早いうちに言った方が軽く流して終われるんだからな」
「経験者は語るだね。シジュ」
「うっせ」
去年、元カノ問題で大騒ぎを起こしたシジュは、バツの悪そうな顔で唸っている。それを見てミロクは悪いと思いつつ笑ってしまった。
「はは、本当に大丈夫ですから。いや、なんか演技をすることが、難しいけど楽しいなって思ったんです。今この歳で始めたことが、こんなすごい事になっているのが現実感がないというか……」
ミロクはそこまで言うと、少し恥ずかしそうに目を伏せたまま続ける。
「でも、本当に毎日楽しくて、嬉しくて、俺すごく生きてて良かったって思うんです。こんなこと思うなんて、俺って変ですよね」
照れくさそうな笑顔で視線を戻したミロクは、うわっと声をあげて椅子ごと後ろに少し下がる。
フミだけではなく、ヨイチとシジュまでもが涙ぐみ、三人とも黙ったままミロクをじっと見ていたからだ。
その後。
ミロクがオッサン筋肉サンドイッチの犠牲者になってしまったのは、言うまでもないことだろう。
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