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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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174、家族の形と理想の大人とは。

 土曜日のせいか、スポーツジムでは普段より多く会員がいるように見えるも、ほとんどが顔見知りであるためミロクは気軽に話しかけたり挨拶をしていく。

 ヨイチは受付のインストラクターと話をしており、シジュは入り口に展示されている新しいアスリート用の健康補助食品に興味津々のため、ミロクは一人マシーンルームに向かう。


(フミちゃんも会員になれば良いのに)


 入り口で別行動になってしまったフミのことを思うミロクだが、彼女が会員にならないのはミロクのせいである。

 自分の好きな人が恐ろしいことを考えているとはつゆ知らず、フミはスポーツジムから程近い喫茶店にいた。

 ノートパソコンを持ち込み344(ミヨシ)メンバーのスケジュール、新規の仕事、CDなどの売れゆきを確認する。

 ドラマの放送当日に、朝の情報番組で番組の宣伝をしてもらうべく、そのスケジューリングも必要だと思い当たる。


(ミロクさんは主人公のKIRAさんと一緒に行動する事になるだろうな。ヨイチさんとシジュさんはベテラン俳優さんと一緒になるのかも)


 眉間にシワを寄せてパソコン画面を睨むフミ。真剣な顔をしているが、その女性らしい柔らかな相貌では迫力は出ていない。せいぜい餌の隠し場所に悩む子リスといったところだろう。

 そんな失礼な感想を抱かれているとはつゆ知らず、フミはひたすらキーボードを叩くのだった。


(餌の隠し場所に悩む子リスですね……)


 ノートパソコンと格闘するフミから離れた席にて先程の失礼な感想を抱いているのは、地味な服装で美少女オーラを完璧に隠している美海だった。

 通常であればフミに話しかけるのだが、今日は別件でここに来ていた。


「お姉ちゃん」


 薄茶色の髪を揺らし、おどおどと美海に話しかけていたのは、妹の由海だった。

 自分の憧れの存在だった『王子様』のミロクから殺気らしきものを受けて以来、今まで誰に対しても尊大な態度をとっていた由海は、すっかり大人しくなってしまった。

 ミロクの言葉や態度だけではない何かが動いたようだが、美海は気にしていない。これで母も妹も『相手の立場になって考える』ことが出来れば良いと思っている。これがもっと早く出来ていれば、父も離婚という選択を取らなかっただろうと思うが、父の様子から後悔はないようなので美海はこれで良かったのかなとも思う。

 とかく男女の関係とは複雑なものである。

 そんな年寄りめいた考えをする美海は、立っている妹に座ることを促す。今まで立つも座るも勝手にやっていた彼女の行動からは考えられないことだ。


「それで、私に何の用?私の荷物は少ないし、引越し業者の人に頼んでおいたから問題はなかったでしょう?」


 美海が芸能界、女優を目指しているのは自分の夢でもあるのだが、直近の望みとして独り立ちをしたかったというのがあった。

 それを決めてからの美海は、いつ家を出ても良いように極力自分のものを持たないようにしていた。

 母親が姉よりも妹を優遇していたのも幸いだった。服やアクセサリーを買ってもらっている妹は美海を見て優越感を抱いていたようだったが、彼女としては家を出ることを決めていたため何も問題はなかった。

 寂しくないといえば嘘になるが、代わりに父が色々やってくれていた。

 おあいこということで、由海には許してもらおうと思っている。


「その、荷物、少なかったね」


「まぁね。由海と比べたら少ないね」


「うん。いや、そうじゃなくて、お姉ちゃんが来ると思ったのに、来なかったから……」


「急用があって」


 由海の話す内容に驚く美海。話だけ聞くと、妹である彼女が姉の自分と会いたかったというように聞こえるではないか。


「会いたかったよ。これで終わりなのかと思ったから」


 なんと本当に会いたかったのかと驚く美海だが、そこまで感情を露わにしている妹に対し心を動かさない自分に苦笑する。


「そうだったんだ。ゴメンね」


 あっさり返すと、そんな姉に傷ついたような顔をする由海。相変わらずな妹の様子に、やはりダメかと美海はため息を吐く。

 母と妹と自分が分かり合えるのは、ずっと先のことになるだろう。

 自分勝手な人間に「勝手」をしている自覚はない。自分の行動はすべて正しいと思っているし、自分の感じている気持ちは相手も同じように感じていると「勝手」に思っている。

 相手がどう感じているのかなどと考えられるなら、そもそも自分勝手な人間にはならない。そしてそういう人間ほど、自分がやられたら嫌だと思うことを平気で他人に行うのだ。


「じゃあ、私忙しいから」


「お姉ちゃん、次はいつ会えるの?」


「時間が出来たらメールするよ」


 嘘である。

 今まで散々な思いをしていた母と妹に、何が悲しくて会いに行かねばならないのだろうか。そこまで大人にはなれないと、美海は自分の精神安定を優先させることにしたのだ。

 それは現在、美海が世話になっている事務所の社長であるヨイチから受けた助言だった。


(君は急いで大人にならなくても良いんだよ、ですか。子供の時間を大事にしないと自分の理想の大人になれないとも言っていましたね。ふふ)


 オッサンのくせに妙に子供っぽい三人。もしかしたら彼らは理想の大人なのかもしれない。

 妹と別れ、フミに声をかけようと美海は振り返る。そこではフェロモンダダ漏れな王子の笑顔で、無抵抗な状態で爆撃を受けている子リスという、見るも絶えない大惨事となっていた。


(これは、助ければミロクさんから恨まれ、助けなければフミさんから泣かれるという、究極の二択ですね!?)


 無表情で最大限の出力で思考を巡らせている美海は、究極の二択を迫らせることとなる。

しばらく悩んだ挙句、スマホを取り出し助けを求めることを選んだ美海であった。

そう。

 彼女は成長したのだ。

 大人を頼るというという事を。

 そして呼び出されたシジュが、二人っきりの時間を邪魔され怒るミロクを上手くいなすのを見る美海。自分の行動に対し、彼女は満足げに少しだけ頬を緩ませるのだった。







お読みいただき、ありがとうございます!

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