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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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200/353

171、主役不在と、344の筋肉点数。

現場は混乱していると思われていたが、慌てているのはTENKAの関係者であり、撮影スタッフは静かに待っている状態だった。

その中でも監督は一人離れた場所で台本を見直し、KIRA抜きで撮れる部分を探しているようだが、どうやらそれも進んでいないらしい。


「いやぁ、これはなかなか酷い状態だね」


「どういう事ですか?」


「現場の雰囲気か」


「そうだね。これは良くないよ」


真剣な顔のヨイチをミロクは不安げに見る。それに気づいて安心させるように彼の頭にポンと手を置くと、ヨイチは離れた場所で唸っている監督の元へ向かう。

ヒヨコのようについて行くミロクとシジュ。フミは状況を把握すべくTENKA関係者の元に行った。


「ああ、ヨイチ君。とりあえず君達の撮影だけでもと思ったんだけどね」


「僕らはKIRA君と絡みますし、弥太郎に限っては付きっきりですからね」


「今日は中止にするかー」


監督とヨイチが話す中で、シジュがふと気づく。


「あれ?あの美少女どこ行ったんだ?」


「そういえば……」


周りを見回すミロクは、走ってくるフミに気づき相好を崩す。それどころじゃないだろうというシジュの視線もなんのそのだ。


「フミちゃん、何か分かった?」


「はい!KIRAさんは家にいたみたいで、インフルエンザにかかったと……」


「全員注目!!今日は中止!!スケジュールは追って連絡する!!」


フミの言葉に監督はすぐさま撤収を指示する。ヨイチはスマホを取り出しどこかに連絡をとろうとしており、シジュは天を仰ぐ。

息を切らすフミに、ミロクはよしよしと背中をさすりながら「じゃあ今日はオフかなー」などと能天気な事を言っている。


「何でインフルエンザなんだよ。予防接種してても……なる時もあるか」


「俺らも油断してたらダメですね。昨日会った美海さんは大丈夫ですかね」


「さすがに尾根江プロデューサーのことだから、受けさせているだろうよ」


「ですよね」


外せない仕事が多い彼らは、体調管理はもちろん、出来る予防はすべて行うようにしている。それは如月事務所だけではなく、多くの芸能事務所が行なっている事だろう。


「予防接種していれば、かかっても軽いみたいですから……ただ完治するまで来させないようにしないと」


「だな。それはさすがに分かってるだろう」


言ってて不安になるミロクとヨイチはだったが、そこに姿が見えなかった美海が戻ってきた。


「おう美少女。大丈夫か」


「はい。私に少しは原因があるかもしれませんが、インフルエンザならしょうがないですよね」


「そうだね。美海さんのせいではないと思うよ」


笑顔で話すミロクに、わずかに頬を赤らめる美海。それを複雑な表情で見るフミだったが、今はそれどころじゃないと頭をプルプルと振って気持ちを切り替えた。


「あの、それで今後の予定なのですが、とりあえず待機とのことです」


「事務所で待機かな」


「ケータイが繋がる場所なら大丈夫だろ。ミロクは家に帰ってもいいぞ」


「僕とシジュは事務所に泊まることにするよ」


「何で俺だけ仲間外れにするんですか!」


「フミは泊まらないよ?」


「えー……いやいや、そんなの当たり前じゃないですか!」


一瞬残念そうな顔をしたミロクは、フミの訝しげな視線を受けて慌てて背筋を伸ばす。それならば今日は台本と原作を読みあおうと決め、344(ミヨシ) の三人とフミは車に向かおうとして、はたと気づく。


「ええと、美海さんは……」


「私の事はお気になさらず。とりあえず一度実家に行って荷物整理を進めておきます」


基本的に如月事務所の寮にいる美海だが、父親と暮らすために引っ越しの準備を進めているらしい。手伝いは必要ないと言われてはいるものの、何か必要なものがあれば言うようにとヨイチは話をしていた。

生真面目な顔で「今日は失礼します」と頭を下げた美海に、ミロクはふと問いかける。


「そういえば、KIRA君に何を言ったの?」


「何がですか?」


「ほら、さっき自分のせいかもって言ってたでしょ?」


そういえばと大人達の好奇に満ちた視線に晒され、美海は思わず顔を赤くして俯く。そんな恥ずかしがる事を言ったのだろうかと身構えていると、ミロクの耳に近づきか細い声で彼女は言った。


「三十四点……」


「え?」


「あの、だから、KIRAという人の筋肉は、三十四点だと言ったのです」


一瞬ポカンとした表情でミロクは美海を見ると、さらに彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

それは一体どういう経緯で言うことになったのか小一時間ほど問い詰めたい気分になったミロクだが、とりあえずは「344の三人は90点台なので」という言葉に免じてそっとしておく事にした。

その間、苦笑しているヨイチの隣でフミはふくれっ面をしており、シジュはニヤニヤとその様子を見ている。

去って行った美海を見送ったミロクは、そんなフミの様子に気づく。


「どうしたの?フミちゃん」


「何でもないで、す!!」


ぷいっと顔を背けるフミの可愛い仕草に内心悶絶しながらも、ミロクは穏やかな笑みで彼女のポワポワ猫っ毛の頭を撫でてやる。あっという間に真っ赤に茹ったフミを見てヨイチとシジュは「チョロい」と思うも、大人の装いで黙っていた。


「ということは、今日は事務所でお泊まり会ですね!!」


「ミロク君は相変わらず、そういうのにテンション上げるよね」


「会社で寝泊まりするんだぞ。そんな良いものかよ」


「最近、三人で行動って中々無いじゃないですか。こういうの貴重だし嬉しいし、ワクワクしませんか?」


ミロクは白い肌をうっすら紅潮させ、目をキラキラさせて兄二人を見る。そんな真っ直ぐに慕う気持ちを向けられて、落ちない人間はいるだろうか、いやいない。

目尻を赤くして照れるヨイチとシジュを見てフミは「チョロい」と思うも、大人の女性の嗜みとして黙っていた。


「あ、事務所に原作ってありましたっけ?」


「以前ヨネダさんが出版社からだって、全巻持ってきてくれてたよ」


「俺二巻から読んでねぇから、読ませてくれ」


「じゃあ、夕飯の買い出ししてから事務所に戻りましょうか」


「ありがとうフミ」


走り出す車の反対の道を、美海は歩いている。

その方向は彼女の実家へ行く道ではなく、そして彼女の姿は美少女ではなく地味な三つ編み女学生の姿だった。


「まったく。世話が焼けますね」


彼女は小さくため息を吐き、スマホの地図アプリを見て確認すると、運良くすぐにつかまったタクシーに乗り込むのだった。



お読みいただき、ありがとうございます!


次回、お泊まり会パート2!

(需要があるのだろうか)



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