170、美少女と美少年の対決と、トラブル発生。
人間ウォッチングを趣味とする美海は、十代二十代の人間よりも三十代以降をメインとして観察をしている。
一見美少女である彼女が、喫茶店の窓際で物憂げに外を眺めている姿は、多くの人に注目される。その視線を利用して美海は自分に向けられる感情を分析し、その中で気になる男性の筋肉を服の上からイメージすることまでやってのけていた。
ちなみに、彼女の気になるは、あくまでも観察対象としての気になるである。
そんなお楽しみの時間を邪魔する人間が一人。
撮影の間だけ染めた黒髪に顔を顏を隠すように大きめのサングラスとマスク、細身の体にフィットするようなレザージャケットとジーンズ姿の十代の若者が、美海を見下ろすように立っていた。
「何やってんだ。アンタ」
「アンタではありません。共演者の名前くらいおぼえてはいかがですか」
「脇役なんか、いちいちおぼえてられるかよ」
「そうですか。それでは成長しないでしょうね」
「なんだっ……くそっ」
思わず彼女に怒鳴りつけようとした彼は、周りを見回して黙り込む。人気ユニット『TENKA』のメインボーカルであるKIRAが、か弱い美少女を恫喝する行為なぞ醜聞にしかならない。
美海に言われイラついたものの、シャイニーズ事務所のアイドルとしての自覚が、辛うじて彼の理性を繋ぎとめた。
彼に自覚は無いが、ドラマの撮影でミロクや344(ミヨシ)のメンバーと関わる事は、彼を精神的に大きく成長させていた。誰彼構わず咬みついていた子犬は成長し、我慢することをおぼえたのだ。
KIRAは仏頂面のまま、美海の座る二人席の空いてる椅子にどかっと座った。
「なぜそこに座るのですか」
「別にどこに座ろうと良いだろうが。それよりもアンタ何やってんだよ」
「人間観察ですが、何か」
「なんでオッサンばっか見てんの」
「オッサン? (観察対象として、主に筋肉が)好みだからですが」
「はぁ!?」
先程まで我慢していた大声をあっさり出してしまうKIRAは、慌てて口を押さえる。
「お前、ああいうのが好みなのかよ」
「ええ、まぁそうですけど。特に344(ミヨシ)の三人は、それぞれ(の筋肉美)が良いですね」
「マジかよ……なぁ、アンタ」
KIRAはサングラスとマスクを外し、その女性的な整った顔を美海に近づける。息のかかる距離まで顔を近づけると、彼は世の女性達が熱狂する笑顔を見せた。
「俺は?見てくんないの?」
「……」
彼の笑顔に美海は瞠目し、そのまま動かなくなる。近づけた顔を話して元の位置に戻ると、KIRAはニヤニヤと動かない美少女を眺める。やり込められたお返しが出来たとほくそ笑んでいると、彼女はゆっくり息を吐いた。
「三十四点。これ以上はさしあげられませんね」
「何だよそれ!!」
「その出来上がっていない筋肉。成長期ですよね。しっかり食べていますか?美少年のアイドルとして売り出されているのならば仕方がないのですが、私としては細マッチョの定義としても細すぎます。そんな状態では歌いながらダンスしても、どちらかが疎かになるでしょう。それにシャイニーズスマイルですか?某事務所の社長の笑顔を見て出直すべきですね。かの方は笑顔どころか目線一つで女性達が腰砕けとなっていますよ。
……まだ聞きますか?語って欲しいならまだいけますよ」
「……もういい」
「そうですか。残念です」
KIRAはよろりと立ちあがると、そのまま会計を済ませて店から出て行く。そんな彼の顔が真っ赤だったことに、美海が気づくことは無かった。
ドラマの撮影も中盤に入り、主人公の司の家臣となった弥太郎は、勘違いしながらも周囲の人々の悩みを解決していく展開になっている。
さらに担任と保険医も転移してきた人間だという展開に、主人公は自分がどういう家系なのか、何者なのかを探っていくのだ。
そして弥太郎達の話を聞き、この時代の歴史とは異なっていることが判明する。
彼らは本当に過去から来たのだろうか、それとも……
「やべぇ、これ面白いな。途中から読まないで最初からちゃんと読んどけば良かった。くそっ」
「だから言ったじゃないですか。ちゃんと最初から読んでくださいねって」
「ライトノベルって設定が似てたりするだろ?だから侮っていた」
「ヨネダ先生に限っては、あまりテンプレを期待しない方が良いですよ」
フミの運転で現場に向かうミロクとシジュは、車内でドラマの原作話について盛り上がっていた。話を聞いているフミも「ちょっと読んでみたくなりました」と言っていたが、ドラマを視てからにすると言った。
何も知らない視聴者の立場で344のメンバーがどう映っているのか、そっちが気になるようだった。マネージャーの鑑である。
「そのヨネコちゃんは、そのテンプレってやつじゃねぇのか?」
「本人曰く、テンプレな話を書いているつもりが、あさっての方向に向かってしまうとあとがきで言ってました。そこが俺は面白いと思うんですけどね」
「まぁ、個性的っていうのは良いことだよな」
確かに、高校生作家で経験が不足しているとはいえ、彼女は個性的ではあるなとミロクが思っていると車が停まった。
「叔父さん?」
フミが車を歩道に寄せて停めると車から出ると、珍しく慌てた様子のヨイチが駆け寄って来た。
「今日はもしかしたらだけど、撮影が中止になるかもしれないって」
「え?そうなんですか?何かあったんですか?」
「KIRA君が来ていないそうだよ」
「ええ!?」
驚く少女の声に、大人四名は聞こえてきた方向を一斉に見る。
そこには少し青ざめた顔の美少女、美海が立っていた。震えている彼女にフミは慌てて側に行く。彼女には色々思う所があるだろうに、こういう行動をサラリと出来るのがフミの良い所だ。
「何か知っているのかな?」
「あ、いえ、私は……」
「大丈夫だ。そういう顔が出来んなら大したことじゃねぇだろ。仮にもプロのアイドルだ。仕事とプライベートは関係ない」
シジュの言葉に力づけられたのか、美海の顔色が少し良くなる。ミロクは美少女を心配するフミの様子に、少し眉をしかめてからヨイチを見る。
「事務所にも連絡は無いんですか?」
「今マネージャーとメンバーが連絡をつけようとしているみたいだけど、返事がこないみたいだよ」
ヨイチはそこまで言うと、美海に笑顔を向けた。
「大丈夫だよ。君のせいじゃない」
「いえ、昨日私は彼に会ったのです。その時に色々言ってしまったので……」
「色々?」
首を傾げるミロクに、美海は涙目で訴える。
「私、彼に三十四点とか、まだまだだとか言ってしまいまして……!!」
「三十四点!?」
思わず声をあげたミロクだったが、そんな彼とフミは目が合い、ヨイチとシジュが顔を見合わせる。
そして美海を除く全員が一斉に吹き出し、この場は爆笑に包まれたのだった。
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