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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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169、遅れたバレンタイン・チョコレートの名前。

「さて、作るものは決まっているよね」


「え、そうなの?」


「フミ……まさか王子が食べたいって言ってたお菓子を、知らないとか言わないよね」


「え、えっと、その、あの」


 商店街の中ほどにある食料品専門店の前で、腕を組んだ真紀は真顔でフミに詰め寄る。茶色のポワポワ髪を震わせアワアワ慌てる彼女の様子に、真紀は大きくため息を吐いてみせた。


「マカロンでしょ! マカロン! なんでラジオで王子が言ってた事を覚えてないのよ!」


「今日の夜に、公式サイトの動画で視る予定だったの! それよりも真紀ちゃん344(ミヨシ)のラジオ聴いてくれてるんだ」


「当たり前でしょ。ナマモノの二次創作は鮮度が大事なの。こういうラジオとか出演しているテレビ番組とかで彼らの話す内容から情報収集して、創作に生かすんだから。あとリアルタイムでファンとやり取りしたりして妄想を滾らせるのよ!」


 話しながら次第に熱が入る真紀の様子に、フミは若干引きながらも笑顔を作る。これくらいの真紀の暴走は常であり、彼女の親友であるフミにとって深刻な事ではない。

 ただ、今まで真紀はどんな作品でもフミに見せてくれていたのに、344(ミヨシ)を題材にした作品は見せてくれなくなってしまった。少し寂しい気持ちにもなるが、本人が「そのうちね」と言っているので気長に待とうとフミは思っている。


「まだマイナーとはいえ、一部熱狂的なファンがいるのよ。これからの需要に期待大ね!」


「そ、そうなんだ。すごいね」


「もう、フミはのんびりしてるんだから……とにかく材料を買いに行くよ」


「うん。あのさ、真紀」


「なに?」


「ありがとね」


「うむ。苦しゅうない」


 凹凸の少ない胸を張る真紀を、微笑ましげに見るフミは「よしっ」と小さく気合を入れて店に入って行った。







 いつもの会議室に集まる三人。フミは休みなので、今日は344のメンバーだけだ。

 深刻な顔をしているのはヨイチとシジュだけで、ミロクは何故急に集まることになったのか分かっていない。


「ミロクは、マネージャーからバレンタインに何も貰っていないのか?」


「はい」


「お菓子じゃなくて、小物とかだった、とか?」


「いや、何も貰ってないですよ」


「うん。 ちょっと席を外すね」


 いそいそとヨイチは会議室から出て行き、残ったシジュは背筋を正し、ミロクを真剣な顔で見つめる。


「おい。本当に家族以外から貰っていないのか」


「はい。あ。アニメ番組のゲストの時に、弥生さんからチョコ貰いましたよね」


「そうじゃねぇだろ。それ俺もヨイチのオッサンも貰ったじゃねぇか。ミロクお前バレンタインを知らないとかねぇだろうな」


「知ってますよ! 女の子が好きな人にプレゼント渡して告白するイベントの日です!」


「じゃあ、何でマネージャーはお前に何もあげねぇんだよ」


「忙しかったんじゃないですか?」


 ミロクはドリップで淹れたコーヒーにミルクと砂糖を二つずつ入れて、スプーンで混ぜつつ唇を尖らせた。最初は気にしていなかったミロクだったが、貰ってないと何度も言われると落ち込んでしまう。


「まぁな。俺も貰ってないから一緒だな」


「ヨイチさんは姉さんから貰ったでしょう。これだからリア充は……」


「俺から見ればどっちもどっちだけどな。あ、そういや男友達から貰ったわ。チョコ」


「うわーい」


 ミロクの態度にシジュは怒り(?)のヘッドロックをかけてやる。不毛な会話の末にふざけ合う彼らを、戻って来たヨイチが呆れたように見ていた。


「今からフミが来るって。ミロクくん悪いけどシジュとプレゼントの整理をしてもらっていい?」


「おういいぞ」

「了解です」


 息がぴったり合っている弟達に苦笑しヨイチは再びデスクワークに取りかかる。シジュとミロクが事務所のスタッフと共にプレゼントの仕訳をしていると、フミと真紀が大荷物を持ってやって来た。


「フミちゃん!? どうしたのその荷物!!」


 息を切らし頬を真っ赤にしてやって来た可愛い人を見て、素早くミロクはフォローに入る。その重さにびっくりしていると、もう一人の大荷物を持つ真紀が「ひいきが過ぎる!」と不機嫌になりそうなところを、シジュが元ホストのエスコート力を存分に発揮し彼女の機嫌を良い状態でキープさせていた。流石である。


「バレンタインをすっかり忘れていたフミと、初めはお菓子を作ろうとしてたんだけど……」


「あの、こうやってたくさんプレゼントとかお菓子があるので、私達まで甘いもの作るのもどうかなって思いまして……」


「で。これを持って来たわけ」


 真紀が取り出したのはホットプレート……ではなく、黒く丸い凹みが均等についた鉄板である。


「これ、たこ焼き?」


「そう。甘いのよりもしょっぱいの。それで事務所には人がたくさんいる。それならばーって、たこ焼きパーティーしちゃおうかって」


 カットタコが安く売ってたのを見たフミが思い出したのは、真紀の家でやったたこ焼きパーティーだった。これならばホットケーキミックスで甘いバージョンも作れる。フルーツも買って色々作ろうとフミと真紀は大量に食材を購入したのだった。


「せっかくだから皆でやろうか」


 それを聞いた事務所スタッフやサイバーチームのメンバーは「倉庫にたこ焼きプレートがあった」と持ってきたり、追加の材料を買ってきたりと、何やらお祭り騒ぎの様相になってきた。


「そういえば、スタッフを含めたこういうイベントってやっていなかったね」


「そうだなーって、俺は新人みたいなもんだから知らねぇけど」


「俺、こういうの初めてです!」


 目をキラキラさせて言うミロクに、ヨイチとシジュは思わず目を潤ませて末っ子に抱きつく。押し付けられる胸筋プレスから息も絶え絶えに抜け出すと、笑顔のフミがいた。つられてミロクも笑顔になる。


「ミロクさん、これ。少しなら良いかなって思って」


 周りが騒がしい中、フミからそっと差し出されたのは銀紙に包まれた涙型のチョコレートが一粒。受け取ったミロクは「これ懐かしいね」と早速口に放り込む。


「うん。美味しい。ありがとうねフミちゃん」


「結局甘いの渡しちゃって、すみません」


「いや、嬉しいから。貰えると思ってなかったし……あ、フミちゃん。ちょっといい?」


「はい?」


 内緒話なのか小さな声で囁くミロクの顔に、フミはそっと耳を寄せる。

 ふわっとした甘いチョコレートの香りと、額に感じる柔らかな感触……その答えが頭に出ると同時に、顔がカッと熱くなる。


「ごちそうさま!」


 そう言って材料を用意している真紀達の元に戻るミロクを、涙目のフミは呆然とした状態で見送る。そんな彼女が沸騰したままの頭で考えていた事……


(あげたの一粒で良かった! あげたの一粒で良かった!! 良かったー!!)


 熱々たこ焼きは好評で、事務所スタッフ全員が楽しめた。

 その間フミの顔はずっと赤いままで、原因であるミロクはヨイチと真紀からしこたま怒られたのだった。




お読みいただき、ありがとうございます!

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