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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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167、先生な与一とオッサン二人の謎行動。

「先生! 先生!」

「先生はアイドルやってるって本当ですか!」

「元アルファって、私知ってます! めっちゃ格好良いやつ!」


「はいはい、撮影は終わったんだから僕は先生じゃないよ。ほら皆、次のシーンの邪魔になるからこっちで話そう」


 授業のシーンを撮り終え、教師役のヨイチは女子生徒役の子達に囲まれていた。四十代とはいえ絞った筋肉質なスタイルに、その切れ長な目を細め優しく穏やかに微笑む彼は、アイドルの名に相応しい魅力で女性達を惹きつけているのだ。

 そこに美海を連れたミロクがやって来ると、現場はさらなる盛り上がりをみせた。

 和系と王子系の美形が並ぶその様子は、先程まで騒いでいた生徒役達を黙らせるほどの素晴らしい絵面だった。


「ミロク君、ああ彼女を連れて来てくれたんだね。無事みたいで良かった」


「やっぱりヨイチさんは知ってたんですね」


「まぁ、一応ね。一回で引くとは思えないから、もうしばらくうちの事務所にいてもらうことになるかな」


「え! 美海さんは如月事務所にいるんですか!?」


「狭かった事務所内にある、サイバーチームのスペースの拡張と一緒に、上の階からあるマンションの一部を寮として借りているんだよ。うちの事務所の人間なら使えるようにしてあるんだ。サイバーチームのメンバーが事務所内で床とか椅子を並べて寝てるのを見ちゃってね……」


「ああ、彼らはそれが普通なんですよね。如月事務所は基本フレックス制だから、彼らとしては好きな時間に働いているだけなんですけど……ヨイチさんは優しいですね」


「無理をさせない事が利益を最大限に上げる方法だと僕は思っているよ。でもうちのスタッフってびっくりするくらい優秀な子が多いから、何だか申し訳なくなる時があるよ。うちは大きい事務所じゃないし」


 当たり前のように語っているヨイチだが、これを実際やっている経営者はほとんど存在しないだろう。そしてそんな彼だからこそ、下の人間は良い仕事をするのだろう。


(俺は本当に幸運だなぁ)


 ミロクは太っていた頃から、自分に目をかけていてくれたヨイチに心から感謝している。その感謝はヨイチもしていることだ。如月事務所はミロクの加入が切っ掛けで、飛躍的に大きくなったのだから。


「それにしても、ヨイチさんの先生役ハマってますね。すごい人気者じゃないですか」


「はは、ミロク君に人気者って言われると変な感じがするよ。シジュも騒がれていたけど……」


「白衣はヨイチさんも似合いそうですけど」


「ミロク君こそ」


 キャッキャ言い合うオッサン二人の横で、美海は台本も持たず静かに出番を待っていた。今回は彼女がメインとなるシーンが多く、地味なメガネ女子の生徒が主人公とのやりとりで自分を変えるという流れとなっている。

 ミロクがメイク直しをしてもらっている間、じっと出番を待つ美海にヨイチはヒソヒソ声で話しかける。


「美海さんは待ち時間に台本見ないの?」


「はい。頭に叩き込んでますから」


「へぇ、すごいね」


「待ち時間に台本を持っていても、それを開かないヨイチ社長に言われましても」


「僕はセリフが少ないからね」


「ミロクさんとシジュさんの為に、毎回台本を全部暗記されてますよね」


「……一応344(ミヨシ)のまとめ役で上司だからね」


 苦笑しているヨイチはふと真面目な顔になる。


「今回のドラマで君はある程度成果を残さなきゃいけない。そして君の所属する事務所内での地位を確立させるんだよ」


「はい。死力を尽くします」


「……程々にね」


「はい。身を捧げます」


「……うん、まぁ、そんな感じで」


 美海は軽口を叩きつつも、集中するべくまるで深い水の中に潜っていくように心を静めていく。尾根江の元でアイドル候補生をしていた美海だが、自身の夢のために勝負に出る一歩を踏み出した。








「シジュさん、お疲れ様です!」


「おお、俺らオッサン達の天使なマネージャー。そっちもお疲れさん」


「おしぼりです。お水いりますか?」


「ありがとな。頼むわ」


 身体にフィットした黒のTシャツとジーパンで白衣を肩にかけ、火の点いていないタバコを咥えているシジュは、フミの呼びかけにニヤリと笑みを浮かべて応えた。

 撮影が一区切りつき、少し疲れた様子でモニター前まで戻ってくる様子は何とも中年の魅力全開で、フミは自重せず色香を振りまく彼に苦笑する。


「タバコを吸う保険医なんですね」


「ああ、これな。何とか吸わねぇようにしてっけど、こうやってっと吸いたくなるよなぁ」


「実際吸うシーンはどうするんですか?」


「ヨイチのオッサンが監督に言ってくれて、持ってるだけでいいことにしてくれたから平気」


「良かったです」


 ペットボトルの水を受け取り喉を鳴らして飲む様は、フミにとって見慣れた風景でも周りには目の毒だろう。さすがの敏腕マネージャーも、ここまで注目されると少し居心地悪く感じる。

 そんなフミの様子を見て、シジュは苦笑した。


「悪いなマネージャー、ヨイチのオッサンと二人でミロクのフェロモンを誤魔化す、苦肉の策なんだ」


「フェロモン、ですか?」


「まぁ俺らがミロク並みにモテるわけじゃねぇけど、視線を分散させるってのは大事だろ?」


 年若く美形であるKIRAは、シャイニーズ事務所所属であるにも関わらず「色気」というものが少ない。そこが良いというファンは多くいるのだが、ミロクの場合「アイドルだから」という一言では済まない魅力に溢れた存在だ。

 ちなみに自分は一般人枠だと思っているらしいシジュも結構なイケメンなのだが、彼はそれなりに自分の外見を自覚している。らしい。


「視線を分散……」


「おう。あのKIRAってガキには無理だろう。いっぱいいっぱいだろうし、なぜかミロクに噛み付いてやがるからな。むしろこれはあのガキの為にもなるんだし」


「KIRAさんのですか?」


「そもそもこのドラマの主役は、あのガキだろう? ミロクも主役の一人だろうけど、主役食ったら元も子もないだろ」


「でも、ミロクさん達の居ない所で視線を分散させても意味ないんじゃ……」


「それは俺もヨイチのオッサンに言った」


「叔父は何て?」


「んー、『ドラマは現場にいる全員で制作するものだから」だと」


「全員……ですか」


 シジュから返ってきた言葉に頷いたものの、心の中でフミは叔父達の行動に首を傾げていた。






お読みいただき、ありがとうございます!



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